第四話 櫻の過去、櫻の今
「なあ、柳生。アンタどうして獣医になろうと思ったんだ?」
それとなく気になっていたことを聞いてみた。
「そうね……。昔のことだけどね、飼っていた猫がいたのよ」
「ああ、知ってる。あの写真だろ?」
「ええ。今から……十年以上も前に、凄く可愛がっていた猫よ。本当に、目に入れても痛くないくらいに」
「溺愛って奴か」
ふふっ、と笑う柳生。
「ええ。そうね。……でも、ある日病気にかかってしまった」
「……それで?」
「後はご想像通りよ」
「だよな……」
やっぱりあまり聞くべき会話ではなかったな。
「あの子は救えなかったけど、せめて他の子は救いたい。あの時、何もできなかった私にできる唯一の罪滅ぼしだから……」
柳沢は、外の風景を見ていた。
憎たらしいほど、澄み渡っていた。
「なあ、一つだけ聞いていいか?」
「どうぞ」
「その猫が死んだのは……、いつだ?」
「私がちょうど中学生になった頃よ。……そういえば、美咲ちゃんはちょうどその時に産まれたのよ」
「そっか、ありがと」
……まさか、な。
「……私は、あの子にちゃんと向きあえていたかな……」
「ん、どうした?」
「いいえ、何でもないわ」
柳沢はこっちを振り向き笑顔で答える。
「今日も、頑張るわね。旅人くん」
「ああ……」
傷を負った心が見えた気がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なあ、櫻」
「何ですか?」
「前の心理テストの話なんだけどさ。あれって何で俺に聞いたんだよ?」
「え、えーと。なんとなく、です」
「そっか」
「あ、わたしこれから学校なんで」
「ああ。わかった」
玄関まで見送って、彼女の姿が見えなくなるまで彼女の背を見つめていた。
「…………まさか、な」
ふと、気になったことができた。……さて、ちょっくらあの友人に相談してみるか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もしもし。弓弦か?」
「ん、そだよ〜」
やけに間延びした声が受話器越しに聞こえた。
弓弦は昔からの友達で、今でもこんなやりとりをしている。
「旅人から電話なんて珍しいな〜」
「まあ、そうだな」
大抵、弓弦から電話が来る。
内容はいたって普通。
面白かったアニメや漫画の話とか、近況報告とか、その辺り。
まず、俺からかけることはない。
「で、相談って何〜?」
「話が早くて助かる。そういや、お前って霊能力とかにも詳しかったよな」
弓弦は多彩な才能を持つ人間。
霊能力もその一つ。
他にはマインドリーディングとか使えるらしい。(本人曰わく)
……もしかしたら、今のがそれかもしれない。
「そうだよ〜。なんで〜?」
「ちょっと気になることがあってさ」
「人の前世を知りたいとか言うんでしょ?」
「心を読むのは止めてくれないかなぁ!!」
「うん、わかった。そんなことがあろうかと君のリュックに『前世探査機』を仕込ませておいたよ」
「何それ!?」
弓弦は変な開発をすることでも有名である。
今回もビックリな発明を、ありがとうございます。
「わ、本当に入ってるし……」
「レンズ越しに人を見ると、その人の前世が浮かび上がって見えるよ〜」
「へー」
「ちなみに旅人の前世はテレビ」
「はあっ!?」
衝撃的事実発覚だ!!
「僕はテレビのリモコン」
「何この関係性!!」
「僕が命令すれば、君はその通りに動く……。まさに今の僕らの関係」
「いやいやいやいや、違うだろ!?」
「君がそう思うんなら、そうなんだろうね。……君の中だけでね」
「ああっ、もう!! うるさい!!」
「あ」
電話を強制終了。
……疲れた。
それにしても、これが、『前世探査機』か。
ま、試してみる価値はあるか。
なんだかんだで、弓弦の発明品は性能高いし。
とりあえず、あの人が来るまで待つことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「来たか……」
標的は櫻美咲。
柳沢の話と、櫻の心理テスト。
もしかして、とは思ったが、果たしてどうなのか。
「レンズ越しに見えるのは……」
じっと、目を凝らす。
「な、何してるんですか?」
こっちを振り向かれた。
「いや、何でもない」
気付かれた。
何て奴だ!!
「……そのレンズは?」
いぶかしげに見つめてくる櫻。
なかなか、鋭い。
すぐに隠したんだけどな。
「えーと、これは……。そう、光を使ってお前の後頭部をジューっと……」
それを聞いた櫻は頭を抑える。
「そんなことしたんですか!?」
「…………嘘です」
「そ、そうですか……」
首を傾げながらその場を後にした櫻を俺は見届ける。
見るなら、今だな。
再度、レンズ越しに彼女の姿を見る。
「…………やっぱり、な」
ぼんやりと、猫の影が写っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、どうしもんかな……。
話をまとめると、だ。
昔に柳沢が飼っていた猫が死んでしまった。
その生まれ変わり、つまり転生したのが櫻、といったところだ。
ちょうど柳沢の猫が死んだ直後、櫻が産まれた。
そして櫻は猫の時の記憶を持っていて、柳生を悲しませてしまったことに負い目を感じている。
自分が先立ってしまったが、転生して今の自分がいる。
だから、あんな古いオモチャと作り直された、いや、新しいオモチャの話をしたんだな、櫻は。
……さて、俺はどうすればいいんだろうな。
もう一回弓弦に相談してみるか。携帯電話を取り出す。
「もしもし? 俺だけど」
「あ、旅人〜。どうだった〜?」
「ああ、俺の予想通りだった」
「そう……。で、どうするか分からないから僕に相談しに電話したでしょ〜?」
「まあ、そうだな」
相変わらずだな、弓弦は。
人の心を読みやがる!!
まったく、なんて奴だ!!
「まあ、僕ならまずその美咲ちゃんっていう娘に言うけどねぇ」
「……ふーん」
「まあ、彼女が望むなら、できる限り助けようと思うけどねぇ」
「…………そう」
「僕ならそうするけどね」
ヤロウ…………。
「俺が言おうとしたことを何で先に言うんだよ!?」
やっぱりこの子……!!
恐ろしい子!!
「僕に聞くまでも無かったね〜。そこまで考えてるなら」
「まあ、ちょっと意見を聞きたかっただけだしな」
「そっか。まあ、頑張って〜」
「……まー、何ともやる気の無い応援」
そうして、通話が切れた。
……さて、聞いてみるか。
前世で悔いを残してしまい、今なお後悔しているあの少女に。
弓弦に言われたけど、彼女の力になれるなら手を貸したい。
……それで、彼女が幸せになれるなら。
新展開キタコレ