櫻美咲という少女
それにしてもこの主人公、他人に敬意を払わないのである。
「ふう、こんなもんかな」
思ったより、この病院の掃除は大変だ。
動物の毛がいっぱい落ちていたし……。
と、言うほど汚くはない。
とりあえず、待合室は完璧だ。 次は、あっちの廊下でもやっとくかな。
しかし、イマイチ分からないな。見ず知らずの男をいきなり泊めてもいいだなんて。
柳生って変わった奴だな。
「あ」
櫻だ。
「っておい!! 何故逃げる!!」
すぐにどこかへ行ってしまった。ここまで如実に避けられるとな……。
はぁ、とため息をつく。
はやいとこ終わらせて、別なバイトも探してみよう。
「……」
「あのさ、櫻。さっきから見つめてきてどうしたんだよ」
「い、いえ。何でもないです……」
顔だけをひょっこりと出している。
まあ、初対面の時に叫んじゃったからな……。
怯えられても仕方ない。
「……悪かったよ。あの時は叫んじゃってさ」
「あ、いえ…………。気にしないでください……」
最後の方なんかかすれてよく聞こえなかったけど、ま、いいか。
「そうか。ならよかった」
俺は掃除を再開した。
それにしても、汚れてるところなんてほとんど無いから掃除しようがないな……。
ちょっと休憩しよ。
俺はソファーに座った。
……暇だし、櫻と話してみるか。
「なあ、櫻。アンタと会ったあの桜なんだけどさ。何で誰も見に来ないんだ?」
「そ、それは、今日咲いたばかりだったから……」
「へー……。まだみんな気づいてなかっただけか」
「はい、そうだと思います……。昨日はまだ蕾が多かったので。……多分今頃、みんなビックリしてると、……思います」
「ま、後でゆっくり見ていこうかな」
ま、ちょっとくらいならいいかな。
「あの……。わ、わたしもご一緒して、よろしいでしょうか……?」
「ん、別に構わないけど?」
「あ、ありがとうございます……!!」
櫻は頬を赤らめ、えへへと笑った。
……笑ってみると、案外可愛かったりするんだな。
俺も思わず笑顔になった。
「じゃ、行く時に声かけるよ」
「はい、お願いします……!!」
期限良さげにその場を立ち去っていった。
まだ昼だし、余裕はあるかな。
さて、バイトでも探しに行くかな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「では、失礼しました」
俺はバイト先の店長に頭を下げ、その場を後にした。
ま、無理か。
そこまでうまくいくわけ無いか。
さて、今は……。
3時くらいか。
そろそろ、かな。
一旦戻るとするか。
櫻を迎えに行こう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「櫻……。何故そんなに距離を開ける?」
「す、すいません……」
謝ってばっかりだな、コイツ……。
「……俺ってよく威圧的とか偉そうなとか人に言われるけどさ、お前はどう思うよ?」
「え、えと、あの……」
「やっぱり、怖いか?」
「そ、そんなこと無いです!!」
首をぷるぷると振った櫻は瞳にうっすら涙を浮かべていた。
「じゃあ何でさ……」
俺はさっきからツッコミたかったことを叫んでみることにした。
「何で50メートルも離れたとこにいるんだよ!!」
「す、すいません……」
むしろ、嫌われてる気がしてきてならない……。
いくら馴れ初めがアレだからってこれはちょっと酷い。
振り返り、櫻に声を掛ける。
「いい加減にしてくれよ、櫻」
ビクッと震える櫻。
構わず続ける。
「そうやって怯えられると凄くイライラするし、落ち着かない」
「うぅ…………」
言葉が悪いかもしれないが、気にしていられない。
この性格をどうにかしないと、な。
「せめて、普通にいてくれよ」
「で、でも……」
それでも、オドオドしている。
「……ま、すぐにとは言わないからさ」
「…………はい」
世話のかかりそうな少女だな、まったく。
ま、頷いてくれただけでもいいとするか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わー……、人がうじゃうじゃいるな」
朝と比べれると、一目瞭然。
圧倒的に人が多い。
ま、これだけ立派なら人も集まるだろうけどさ。
「座る場所、ねぇな……」
「あの……、それならいい場所、知ってます」
櫻がそう言った。
ちなみに今は2メートルくらい離れてる。
まあ、彼女なりに努力してくれてるんだろう。
「……こっちです」
彼女はくるりと俺に背を向け、桜のある方向とは違う方向へ足を進ませた。
俺はそれに黙って従った。
まあ、話すことが無かったんだけどさ。
数分間、右に曲がったり左に曲がったりでなかなか着かないので「まだなのか?」と聞いてみたところ、
「……あと、少しです」
と返してきたので、「そうか」と、俺は頷いた。
櫻はいい場所と言っていた。
それに期待してみるかな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これは……、すごいな」
「よかったです。喜んでもらって」
ニコニコ顔の櫻。
なんだ、コイツもちゃんと笑えるじゃんか。
ちょっとしか笑わなかったから根暗なのかと思った。
「しかし、よく見つけたな」
「芳子さんが、教えてくれました……」
「へー……」
俺たちはボーッとその風景を見つめた。
朝に見たが、桜は満開、と言ったところだ。
なお、美しさを放っている。
「あら、先客がいたみたいね」
「あ、芳子さん」
いつの間にやら、柳生は櫻の隣に座りこんだ。
「いつ見ても綺麗ね……」
感慨深そうに桜を見つめる。
「そういえば、名前聞いていなかったわね。貴方の名前は?」
「俺の名前は木更津旅人。『たびびと』って書いて『たびと』って読むんだ」
「そう。変わった名前ね」
「よく言われるよ」
「わ、わたしはそんなこと、ないと思います……!!」
櫻は少々テンパりながらも言ってくれた。
「そ、そう? ありがと」
そう言われるのは初めてだな。
続いて、柳生も続けてきた。
「あと、旅してるとか聞いたけど、どうしてかしら? ……言いたくないなら、それでいいから」
「んー……。住んでた所から早く逃げたかったから、かな」
「逃げたかった?」
「ま、あんまりいい思い出がなかったしね」
「そう……」
それ以降、柳生は何も話してこなかった。
「そういや、何で俺を泊める気になったんだよ?」
普通なら絶対ダメだろうに。
「手伝ってくれる人がいなくてね。まだ創業して間もないし……」
「そこでちょうど俺が来たわけか」
「そういうことになるわね」
まったく、タイミングがいいのやら悪いのやら。
俺たちはその後しばらく桜の風景を見ていた。
櫻はというと、疲れたのか柳生の肩に頭を預けて寝ていた。
柳生は嫌がる素振りを全く見せず、むしろ、愛しそうに頭を撫でていた。
すると櫻は気持ちよさそうに柳生に頬擦りした。
…………猫みたいな奴だな、おい。
その後、日が暮れても、ずっと俺たちは桜を眺めていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「遅いわよ? 旅人くん」
「当たり前だ!!」
「美少女を背負えるありがだみを知りなさい」
「知るかっ!!」
何故か俺が運ぶことになった。
櫻は思ったよりも軽く、運びにくいことはない。
何だか寝息が首筋に当たってくすぐったい。
「やっと着いたわ」
「へー、ここが柳生ん家か」
「じゃ、あとは私に任せて。今日はもう遅いからこの子は私が預かるわ」
「ああ」
櫻を柳生に渡した。
それにしても、お姫様だっことは……。
「じゃ、お留守番お願いね」
「はいよ」
柳生から鍵を受け取る。
留守番まで頼まれたが、まあ、そんなに苦にはならないから問題ない。
そして、二人は家の奥に消えてしまった。
「さて、と」
俺は病院へと向かった。
それにしても、年が離れてるけど仲良しだよな、櫻と柳生。
そんなことを考えながら、俺は桜のある場所を振り返った。
……言うまでも無いな。
そっと微笑んで、俺は帰路についた。