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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第78話 帰還後のご褒美。子供たちが寝た後の、大人だけの甘い夜

 神聖教国を物理的・社会的に完膚なきまでに叩き潰し、愛するフェルド辺境伯爵領へ戻ってきたその夜。


 屋敷の空気は、ひどく静かであたたかかった。


 静かで。

 安全で。

 その平和な静けさが、逆に胸へジンと沁みるほど、私は親として、限界オタクとして、神経をすり減らして疲れていたのだと思う。


「おかえりなさいませ!」


 無事に帰還した私たちを、玄関のホールで真っ先に迎えてくれたのはリリアだった。

 小さな足でバタバタと大理石の床を駆けてきて、そのまま私のドレスへ勢いよく飛びついてくる。


「まあ」

 私は思わずしゃがみ込み、ふかふかの娘を力いっぱい抱きしめた。

「ただいま、私の天使」

「おかあさま、おそかったです!」

「ええ、ごめんなさいましね。お掃除(教国解体)に少しだけ時間がかかってしまって」

「でも、ぶじにかえってきた!」

「もちろんですわ」

 私はそのやわらかい頬へ、何度も愛おしく口づける。

「帰ってきますとも。だって、ママの宝物たちがここで待っていてくださるのですもの」


 少し遅れて、エルもやって来た。

 こちらは妹のように無邪気に駆け寄ることはしない。

 でも、足早に近づいてきて、私たちのすぐ手前でピタリと止まり、その小さな肩を震わせた。


「母上」

「何かしら、エル」

「……ご無事で、本当によかった」

「ッ……」


 ああ。

 だめですわね。


 その、強がっていた長男の安心しきった声と一言だけで、もうオタクの涙腺が崩壊しそうになってしまうではありませんか。


 私は空いている方の腕を伸ばし、愛する息子もそっと抱き寄せた。

 エルは少しだけ「子ども扱いしないでください」と戸惑ったように身を固くしたが、母のあたたかさには勝てなかったらしく、すぐに諦めた。

 小さくホッとした息をついて、私の肩へ不器用な額を預ける。


「ただいま、エル」

「はい」

「立派に良い子でお留守番、ありがとうございました」

「……当然です。ぼくは長男ですから」

「ええ。とても立派で格好よかったですわ」

「……」


 その銀灰の髪に隠れた耳が、ほんの少しだけ照れて赤い。

 ああもう。

 本当に、このクーデレの遺伝子、どこまで可愛いのでしょうね。


 そして、その少し後ろでは。

 クライス様が、剣の帯革を外しながら、そんな私たちを静かに、ひどく優しい目で見ていた。


 帰還の馬車の道中もそうだったけれど、この人は神聖教国の件が完全に終わってから、纏う殺気が消えて少しだけ空気がやわらかい。

 “親の逆鱗”としての怒りが抜けて、ようやく本来の落ち着きを取り戻したのだろう。

 けれど同時に、こうしてあの子たちの顔を直接見るまでは、どこかで「刺客の残党が屋敷を狙っていないか」と張り詰めてもいたのだと思う。


「おとうさま!」

 リリアがようやく私から離れ、今度はクライス様の方へピョンと飛びついた。

「おかえりなさい!」

「ああ」

 クライス様は、愛娘を片腕で軽々と抱き上げる。

「ただいま、リリア」

「もう、こわいひとたち、こない? だいじょうぶ?」

「大丈夫だ。俺たちが全部終わらせた」

「ほんとう?」

「本当だ。俺が保証する」

 エルもまた、少しだけ尊敬の視線を上げた。

「父上」

「何だ、エル」

「……お疲れさまでした。格好よかったです」

「……ああ。お前もよく留守を守った」


 短い。

 でも、その短い男同士のやり取りの中に、不器用な信頼の全部がある。

 親子というのは、本当に不思議ですわね。

 多くを語らずとも、目線だけでちゃんと伝わる尊い瞬間があるのだから。


 ◇ ◇ ◇


 その夜の夕食は、事後処理の報告を聞いていたため、いつもより少しだけ遅い時間になった。


 けれど、それでも誰一人「お腹が空いた」と急かさなかった。

 無事に帰ってきた。

 家族四人が、あたたかい食卓にみんな揃った。

 それだけで、今夜は十分すぎたのだろう。


 食卓には、有能な料理長が腕を振るった子どもたちの好物が並んでいた。

 エルの好きな、肉の香草焼き。

 リリアの好きな、甘い南瓜のポタージュスープ。

 そして、私とクライス様のためには、疲労回復に効く少しだけ濃いめに煮込まれた肉料理と、食後の絶品の雪花菓子。


「おかあさま」

 リリアが、頬いっぱいに甘い南瓜を含んだまま言う。

「こんどは、もっとはやくかえってきてくださいね」

「まあ」

 私は苦笑する。

「ええ、努力いたしますわ。出張カチコミはこれで最後にしたいですもの」

「やくそく!」

「……」

 そこで、隣からクライス様が低く、真面目な声で言った。

「安易な約束はするな、リリア」

「えっ? おとうさま?」

「守れないかもしれない約束は、相手を悲ませるからさせない」

「……」

「だが」

 クライス様は、真っ直ぐに娘を見る。

「必ず、お前たちの元へ無事に帰る。俺の命に代えても」

「……!」

「世界中のどこへ行っても、だ」

「うん!」

「……父上、ずるい」

 エルがポツリと、少し悔しそうに呟いた。

「何がだ」

「その格好いい言い方。ぼくもいつか言いたいです」

「事実を言ったまでだ。お前にはまだ早い」

「……」

「だが、お前にも言っている。俺はお前たちを絶対に置いていかない」

「ッ……」

 ああ、いけません。

 息子の顔が一瞬で、嬉しさと照れで真っ赤になりましたわね。


 私は思わず、限界を迎えて扇で口元を押さえた。

「本日も、家族の尊さの供給過多で息ができませんわ……」

「母上」

「何ですの、エル」

「ごはん中です。オタクの顔をしまってください」

「ええ、存じております」

「じゃあ、落ち着いてください。恥ずかしいです」

「無理ですわ」

「でしょうね」

 エルが「うちの母はブレないな」と諦めたように言う。

 その呆れた言い回しが、また少し不器用な父親に似ていて、私はまた尊さで胸を押さえる羽目になった。


 ◇ ◇ ◇


 そして、子どもたちが安心してベッドで眠った後。


 屋敷はようやく、本当の大人だけの静けさを取り戻した。


 エルは最後まで「もう少し起きていたい」と長男の意地で粘ったが、安心感からくる眠気には勝てなかったらしい。

 リリアに至っては、私が絵本を二頁読んだところで、私の膝へスリスリと頬をつけたまま幸せそうに寝落ちした。


 二人をそれぞれの寝台へ運び、あたたかい毛布をかけ、額へ優しく口づける。


「おやすみなさいませ、私の宝物たち」

 小さく囁いてから子ども部屋を出ると、暗い廊下の先に、クライス様が壁に寄りかかって静かに立っていた。


 月明かりが薄く差し込む、静寂の廊下。

 重い剣と外套はもう脱いでいる。

 いつもの黒の、少し胸元がはだけた室内着姿。

 でも、たったそれだけなのに、どうしてこうも破壊的な色気があるのかしら、この方は。


「寝たか」

「ええ」

 私は小さく、母の顔で笑った。

「とても安心しきった、幸せそうな顔で」

「そうか」

「可愛かったですわ」

「だろうな」


 クライス様が、壁から背を離してゆっくりと歩み寄ってくる。

 その足音が、ひどく静かに、私の心音と重なるように響く。


 私も一歩、彼の方へ近づいた。

 近づいて。

 そこで、ふと気づく。


 ああ。

 この数日。

 いえ、神聖教国のあのキモい使者が来て、バタバタとカチコミの準備へ発つ前からずっと。

 私たちは、こうして『夫婦二人だけで向き合う時間』を、ほとんど持っていなかったのだと。


 もちろん、常に隣にはいた。

 作戦の言葉も交わした。背中も預けた。

 でも、それはいつも“愛する家族を守るため”とか、“教国を社会的に抹殺するため”とか、そういう『戦士としての時間』だった。


 だから今、この完全な平和な静けさの中で、一人の『男と女』として向き合うと、妙に心臓がドクドクと高鳴って落ち着かない。


「ルシア」

「はい」

「顔が赤いぞ」

「……照明のせいの、気のせいではなくて?」

「違う」

「そうですの?」

「そうだ。誤魔化すな」


 ああ。

 やめてくださいまし。

 無事に帰還したその日の夜に、そうやって大人の色気で真っ直ぐ指摘なさるのは、オタクの心臓にはだいぶ火力が致死量なのです。


 私は照れ隠しで、誤魔化すように視線をスッと逸らした。

 だが次の瞬間、大きな手でそっと顎を持ち上げられ、強引に視線を合わされる。


「ク、クライス様」

「何だ」

「お顔が、近いですわ」

「そうだな」

「そうだな、ではなく」

「俺から逃げるな」

「……ッ」


 その声は低い。

 静かで、少し甘く掠れていて。

 それだけで、私の胸の奥がジワリと熱く、甘く溶けていく。


「俺も」

 クライス様が、私の瞳を真っ直ぐに射抜いて言う。

「随分と、お前に触れるのを我慢したんだが?」

「…………」


 ああ。

 はい。

 来ましたわね。夜のご褒美タイムが。


 でも、分かります。

 分かってしまいますとも。


 神聖教国での一件は、私にとっても精神的に相当堪えた。

 可愛い子どもたちを不当に狙われた怒り。

 領地を揺らされた苛立ち。

 そして何より、絶対に失敗できないと、ずっと気を張っていた。

 クライス様も、同じだったはずだ。


 その全部の重圧を終えて。

 ようやく無事に帰ってきて。

 子どもたちの平和な寝顔を見て、安堵して。

 それで今、こうしてようやく二人きりになっている。


「……ズルいですわ」

 私は小さく、甘えるように呟いた。

「何がだ」

「そういう反則的な台詞を」

「……」

「こんな、二人きりの静かな夜に言うなんて」

「俺に抱かれるのが嫌か」

「嫌では、1ミクロンもございません」

 私は正直に、真っ赤になって答えた。

「むしろ」

「むしろ?」

「大変、嬉しくて困っておりますの」

「どう困る」

「心臓の音がうるさすぎて」


 クライス様の目が、ほんの少しだけ、この上なく甘くやわらぐ。

 でも、私の顎に触れる手は離れない。

 むしろ、そのまま私の細い腰へ腕が回って、当然みたいに強引に引き寄せられた。


「あっ」

 思わず、小さな吐息が漏れる。

 広い胸。

 熱い体温。

 触れられた場所から、ジワジわと身体の力が抜けていく。


「ルシア」

「はい」

「無事でよかった」

「……」

「本当に。俺の隣で生きていてくれて、よかった」


 その絞り出すような一言が、思っていた以上に深く私の心に沁みた。


 ああ。

 そうだ。

 私だけではない。

 この人も、無敵の氷の騎士でありながら、ずっと怖かったのだ。

 たった二人で神聖教国へ乗り込むことも。

 教皇庁の大軍を相手にすることも。

 全部、自分のことなら何でもない顔で片づけられるくせに、私のことになると急に慎重で、過保護で、失うことをひどく怖がる。


「クライス様」

「何だ」

「私もですわ」

「……」

「あなたが、無傷でご無事でよかった。本当に格好よかったですわ」

「……ああ」


 その返事は短い。

 でも、私の腰を抱く腕の力が、少しだけ痛いほど強くなる。

 それだけで、どれほどの重い愛が込められているか分かってしまうから、この人はズルいのだ。


 ◇ ◇ ◇


 寝室へ戻る頃には、私はもう限界化して、だいぶ言葉が少なくなっていた。


 別に、恥ずかしがっているだけではない。

 いえ、恥ずかしいのも事実だけれど。

 それ以上に、私を見つめるクライス様の視線が、砂糖を煮詰めたように甘すぎるのだ。


 パタン、と重い扉が閉まる。

 夜の空気が、完全に二人分だけになる。


 私はその場で立ち止まり、なんとなく緊張して自分の指先をギュッと握った。

 すると、すぐにクライス様がそれへ気づく。


「緊張しているのか」

「……少しだけ」

「今さらだな。俺たちは夫婦だぞ」

「今さらですけれど」

 私は彼を上目遣いで見上げた。

「何度こういう甘い夜を迎えても」

「……」

「推し(あなた)の色気には、慣れるものではございませんの」


 クライス様は何も言わなかった。

 ただ、ゆっくりと私の前へ立つ。

 大きな指先が、私の火照った頬へ優しく触れる。

 銀の髪を梳くように耳の後ろへ流され、そのまま敏感な首筋へ、熱い吐息が落ちる。


「ッ……」

「嫌なら、今すぐ言え」

「嫌では」

「……」

「ございません」

「そうか」

「ええ」

「なら」

 低い声。

 静かなのに、ひどく、ひどく甘い。

「今日は朝まで、徹底的に甘やかす」


 ああもう。

 その宣言だけで、オタクとしては十分すぎるほど甘いのですけれど。


 あたたかい唇が重なる。

 一度。

 優しく離れて、もう一度、深く。

 キスが深くなるたびに、胸の奥までドロドロに熱が落ちていく。


 私は自然と、その広い胸元へ手を置いた。

 薄い服越しでも分かる、確かな力強い心音と体温。

 この人がここにいる。

 無事に帰ってきた。

 全部の脅威が終わって、今、私だけのためにここにいる。


 そう思った瞬間、どうしようもなく安心してしまって。

 張り詰めていた糸が切れて、目の奥が少しだけ熱くなった。


「……泣くな」

 唇が離れた隙間で、クライス様が低く囁く。

「泣いておりません」

「嘘だな。目が潤んでいる」

「少しだけです」

「……」

「だって」

 私は笑いながら、でもその声を少し震わせた。

「本当に、私たちの家に帰ってきたのだと、やっと実感しましたもの」

 クライス様の目が、ほんの少しだけ揺れる。

 それから、何も言わずに私を、壊れるほど強く抱きしめた。


 強く。

 でも、世界で一番大切な宝物へ触れるみたいに、丁寧に。


「遅い」

「何がですの」

「実感するのが」

「仕方ございませんわ」

「……」

「だって、私はずっと、今日一日」

 私はその胸へ顔を赤くして埋めた。

「あなたが、格好よすぎて、それどころではありませんでしたのよ?」

「今それか」

「今だから言えるのです」

「……」

「教皇庁の神獣にまで、殺気だけで圧勝するし」

「圧勝はしていない。アイツが勝手に腹を見せただけだ」

「怯えさせておりましたわ」

「……」

「数万の群衆の前でも、一歩も引かないし。最強でしたわ」

「……」

「そのくせ、こういう夜の時だけ、私に優しすぎるのですもの」

 クライス様が、長く、照れ隠しのように息を吐いた。

 それから、私の銀髪へ何度も深く口づける。


「お前もだ」

「何がですの」

「俺を、あそこまでブチギレさせておいて」

「……」

「よく、拡声魔法で楽しそうに、平然としていられる」

「平然ではございませんわ」

「……」

「内心では、かなりオタクとして怒りでギリギリでしたのよ?」

「俺には、生き生きとプレゼンしているようにしか見えんかったが」

「でしょうね」

 私はクスリと笑う。

「でも、私が限界を超えずにいられたのは」

「……」

「最強の盾であるクライス様が、隣にいてくださったからですわ」


 その言葉に、私を抱きしめる腕が、また少しだけ限界まで強くなる。


 ◇ ◇ ◇


 その後のことは、誰にも見せる必要のない、夫婦二人だけの濃厚な時間だった。


 言葉は少なくて。

 でも、その少ない言葉の一つひとつが、妙に甘く響く。


 大きな手で触れられるたびに、私の中の張りつめていた緊張の糸が解けていく。

 神聖教国への怒りも。

 教皇庁のジジイたちへの苛立ちも。

 神託だの御子だのという胸糞の悪い言葉の残滓も。

 全部、クライス様のキスの熱で、少しずつドロドロに溶けていく。


「……ルシア」

「あ、はい」

「こっちを見ろ」

「……」

「目を逸らすな」

「無茶をおっしゃいます」

「無茶ではない。夫婦だろう」

「だって」

 私は熱くなった顔を隠したくて、つい彼の広い肩口へ額を押しつける。

「今のクライス様、だいぶ私にとって危険ですもの」

「危険?」

「色気が」

「……」

「致死量ですわ。直視したら灰になります」

 ほんの少しだけ、喉の奥で彼がクスッと笑う気配がした。


「お前は」

「何ですの」

「こういうベッドの中でも、ブレずにそういうオタクの言葉を言うんだな」

「本音ですもの」

「……」

「しかも」

 私はそっと、上目遣いで顔を上げた。

「少しだけ、余裕ぶっていて意地悪ですわね」

「そうか」

「そうです」

「なら」

 クライス様の指先が、私の腫れた唇へ色っぽく触れる。

「今日は、そのオタクの口が塞がるくらいで勘弁しろ」

「勘弁」

「俺にも我慢の限界がある」

「まあ」

「……」

「それは」

 私は、胸の奥がまたドクンと熱くなるのを感じながら幸せに笑った。

「少し、嬉しいですわね」

「そうだろうな」

「ええ」

「だから、もう黙って俺に抱かれろ」

「……はい」


 その“はい”が、最後にちゃんと声に出して言えたかどうかは、少し自信がない。


 ただ確かなのは、その夜の私たちは、ようやく全部の緊張と任務から解き放たれていたということだ。

 戦いも。

 怒りも。

 権威の解体も。

 完璧なざまぁも。

 全部、全部終わった、その平和な後で。


 ただ、愛する夫婦として。

 一番大切な人へ触れ、触れられ、互いの無事を確かめ合う夜。


 それは、激しく甘くて。

 でもどこか、涙が出るほどひどく優しい夜だった。


 ◇ ◇ ◇


 深夜。

 ようやく二人の荒い息遣いが落ち着きを取り戻した頃。


 私は、クライス様のあたたかい腕の中で、小さく満足げに息を吐いた。

 身体が芯から熱い。

 でも、心の方は不思議なくらい、凪ぐように穏やかだった。


「……クライス様」

「何だ」

「今回の件」

「……」

「だいぶ親として腹が立ちましたわ」

「ああ」

「でも」

 私は少しだけ、幸せに目を閉じる。

「最後に、ちゃんと最高のご褒美があってよかったですわ」

「ご褒美?」

「ええ」

 私は彼の胸元へスリスリと頬を寄せた。

「こういう、甘い夜のことです」


 しばらく沈黙。

 それから、頭の上で少し照れたような低い声がした。


「俺もだ」

「……」

「随分、不安にさせて我慢したからな」

「存じております」

「ならいい」

「はい」

「次にまた、教国みたいな面倒ごとが来たら」

「……」

「今度は、夜になる前にもっと早く片づける」

「なぜですの?」

「このご褒美の夜に、お前を待たせたくない」

「ッ……!!」


 ああもう。

 本当に。

 最後の最後まで、不器用なくせに火力が致死量なのですから。


 私は思わず、その胸元へ真っ赤になった額を押しつけた。

 逃げるみたいに。

 でも、逃げられるはずもなく。

 頭の上へ、またひとつ優しい口づけが落ちる。


 その愛の熱が、ひどく心地よかった。


 帰還後の、最高の推しからのご褒美。

 可愛い子どもたちが寝た後の、大人だけの甘い夜。


 それは、ただ甘いだけではなく。

 私たちが命がけで守り抜いた日常の先にある、確かな『家族の幸せの時間』だった。



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― 新着の感想 ―
こりゃあ3人目も時間の問題ですな。 ベビーベッドで眠る弟or妹を、エルとリリアがベッドの柵に手をかけてじっと見つめているスチルを想像して、ルシアが限界オタクぶりを発揮している画が容易に目に浮かぶ。
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