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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第32話 一生、あなたの特等席で

 春の柔らかな陽光が、王都全体を祝福するように照らしていた。


 空はどこまでも高く青く、街路には色とりどりの花が飾られ、王都中の大聖堂の鐘が朝から晴れやかに鳴り響いている。

 窓辺には祝いの白いリボンが揺れ、広場には即席の屋台が立ち並び、大通りには早くから人が集まり、誰も彼もが笑顔でお祭り騒ぎだった。


 なぜなら今日は。


 第一騎士団副団長クライス・フェルドと、グランツ公爵令嬢ルシア・フォン・グランツの、歴史的婚礼の日だからである。


 しかも、ただの貴族同士の婚礼ではない。

 元・王太子の婚約者にして、腐敗した王宮を裏で回し続けた最強の実務令嬢。

 国境遠征で地竜型アース・ドラゴンを一撃で空間ごと消し飛ばし、今や“白銀の聖女”だの“騎士団の勝利を呼ぶ女神”だのと、国民から好き放題に崇められている女。


 そんなルシアが、王太子妃の座を蹴り捨てて、国を守る武の象徴たる『氷の騎士』の妻となる。


 物語カタルシスとして出来すぎている。王都の民が熱狂して浮き立たないはずがなかった。


 そして、その当の主役たる私はというと。


「…………無理ですわ」


 グランツ公爵邸の豪華な花嫁部屋で、大きな姿見の前に座ったまま、わりと本気で絶望的な声を出して呟いていた。


「お嬢様、朝一番でそれを三十回目でございます」

 専属侍女が慣れた(呆れた)声で返す。

「百回は言う自信がございますわ」

「本日はご結婚式なのですから、もう少し前向きなお言葉を」

「無理ですわよ! だって見てくださいまし、この物理的火力を!」


 私は、鏡の中の自分を指差した。


 今日の婚礼衣装は、王家からの『最大限の正式な謝罪と祝意』もあって、非常に、ものすごく、これでもかというほど国宝級に豪華だった。

 純白を基調とした最高級シルクのドレスは、銀糸と淡い青銀の魔力刺繍で光を含み、長く引くヴェールの縁には細やかな星の意匠が散っている。

 胸元には、あの日クライス様が選んでくれた、彼の瞳と同じ色をした青白いサファイアの首飾り。

 袖口から裾にかけてのドレープの流れも完璧で、立てば風に光が揺れ、座れば月光のように柔らかく広がる。


 つまり、要するに。


「盛りすぎですわ!!」

「花嫁衣装とはそういうものでございます。お嬢様の美しさが極限まで引き出されておりますよ」

「ここまで来ると、もはや兵器ですわよ!?」

「何の兵器ですか」

「私の推し(新郎)の理性を削り取る、致死量の精神攻撃兵器です」

「……お嬢様」


 侍女が、心底疲れたように深くため息をついた。

 だが仕方がない。そんなもの、限界オタクとして気にするに決まっているではないか。


 だって今日の私は、花嫁なのだ。

 クライス様の。あのクライス・フェルドの。

 孤高の氷の騎士で、前世からの私の最推しで、今や甘やかしてくる恋人で、婚約者で、そして――今日から『夫』になる人の。


(夫……)


 その甘すぎる単語を頭の中で反芻した瞬間、私は両手で真っ赤になった顔を覆った。


「やはり無理ですわ」

「ですから、お嬢様。もう馬車が参ります」

「だって、だってですわよ!? ついこの前まで“副団長付きの側仕えとして生涯お傍に”で大喜びしていたのに、今や“妻として一生隣に”ですのよ!? 私のオタクとしての処理能力サーバーの限界を超えておりますわ!」

「大丈夫でございます」

「何を根拠に」

「クライス様も、お嬢様と同じくらい……いえ、それ以上に限界ポンコツになっておられるそうですので」

「…………はい?」


 私は、ピタリと動きを止めた。


「今、何と?」

「先ほど、第一騎士団の方から早馬で報告が」

 侍女が、ちょっとだけ口元を意地悪く緩める。

「礼装の最終確認中、あの氷の副団長様が、珍しく剣帯を『逆』へかけかけたそうで」

「…………」

「ローデン隊長様が“うわっ、副団長も人間だったんだな……”と感慨深くドン引きされたとか」

「…………」

「あと、襟元を整えようとして、無意識に同じ箇所を三十回くらい触っていたとか」

「…………」

「団長様が“おい、誰かあいつのバグを直してやれ”と」

「…………ッ」


 私は、突然、椅子の上で尊さに耐えきれず小さく丸くなった。


 何それ。

 何ですのそれ。あまりにも尊すぎるではないか。


 クライス様が。あの、何事にも動じない氷のような顔をしている私の推しが。

 私との結婚式で、そんな分かりやすく極限まで緊張してポンコツになっている?


(無理ですわーーーーーッ!! 愛おしすぎますわ!!)


 嬉しすぎて、挙式前に昇天して死にそうだった。


「……お嬢様、生きておられますか」

「ええ、少々、萌えの致死量を浴びて心の整理を」

「今なさってくださいませ。旦那様がお見えです」


 その時、部屋の扉が開き、父――グランツ公爵が入ってきた。


「ルシア、支度はどうだ」

「お父様」

 私は慌てて居住まいを正す。

「どうにか、形にはなっておりますわ」

「顔はどうにかなっておらんな。真っ赤だぞ」

「晴れの日の娘の緊張へ、厳しすぎませんこと?」

「むしろ平常運転オタクムーブのようで安心した」


 公爵はそう言って、鏡越しの私を見た。

 普段は厳格で冷徹な父が、今日ばかりはどこか柔らかく、少しだけ寂しそうな顔をしている。


「……綺麗だ、ルシア」

「……ありがとうございます」

「あのバカの王太子妃の衣装より、よほど、お前らしくて似合っている」

「お父様」

「事実だ。お前は、自らの手で最高の男を勝ち取ったのだ」


 その一言に、胸の奥がジワリと温かくなった。


 ああ。

 本当に、ここまで来たのだ。


 不当な婚約破棄を突きつけられ、王太子妃の座を捨てた日。

 鬱陶しい夜会用ドレスを引き裂いて、王宮を飛び出した日。

 あの日の私は、サビ残から解放された自由と歓喜に酔っていただけだった。

 でも、その先で、こんな最高に幸せな未来が待っているなんて、さすがに想像していなかった。


 推しの側仕え(現場の最前線)になって。

 役に立てる場所(兵站)を得て。

 恋をして。想いを告げられて。

 そして今日、世界で一番愛する人の、花嫁になる。


 人生とは、本当に何が起こるか分からないものである。


 ◇ ◇ ◇


 婚礼の場は、王都中央大神殿だった。


 本来なら、これほど巨大な式は王族かそれに準ずる者に限られる。

 だが今回は、王家からの正式な祝意(という名の贖罪)、第一騎士団の絶大な功績、そして何より『白銀の聖女を祝いたい』という国民人気という得体の知れない力が全部噛み合い、結果として国家級の祝祭になっていた。


 重厚な扉が開かれる。


 眩い光。高い天井。

 祝福の花で飾られた、長く美しい純白の通路。

 左右に並ぶ高位貴族たちと、そのさらに奥には、礼装でビシッと決めた第一騎士団の面々。

 そして最前列には、国王レオニードとグランツ公爵。


 ざわめきが、スゥッと波を打つように静まる。


 私は父にエスコートされて、一歩ずつ進んだ。

 ヴェール越しでも分かる。

 数え切れないほどの視線が集まっている。祝福の気配が、まるで温かな光の波みたいに押し寄せてくる。


 けれど。

 私の目は、ただ一人だけを探した。


 祭壇の前に立つ、漆黒の礼装に身を包んだ、私の推し(クライス様)を。


「……ッ」


 見つけた瞬間、呼吸が止まりそうになった。


 格好いい、という陳腐な言葉では全く足りない。

 普段の騎士服でも目に悪いほど美しい人が、婚礼用の特別仕様の礼装など着た日には、もはや視覚的暴力である。

 濃い黒に銀の緻密な刺繍。一切の無駄がない、引き締まった長身の立ち姿。

 そして、真っ直ぐに私だけを見つめている、あの熱を帯びた蒼い瞳。


 だめだ。

 これで歩調を乱さず、優雅に進めという方が無理な注文なのではないか。


「前を向け、ルシア。転ぶぞ」

 父の小声が飛んだ。

「分かっておりますわ……ッ」

「分かっておらん、限界の顔だ」

「うるさいですわね、お父様」


 それでも私はどうにか公爵令嬢のステップで歩みを進め、祭壇の前へ辿り着く。


 父の大きな手が離れる。

 次の瞬間、クライス様が一歩前へ出て、私の手を取った。


 その手が、ほんの少しだけ、震えるように熱い。


 あっ、と思った。

 緊張している。

 やっぱり。本当に。私と同じように。


 私は思わず、ヴェールの下で小さく、愛おしさに笑った。

 クライスの目がわずかに細まる。

 そしてそのまま、誰にも聞こえないひどく静かな声で言う。


「……笑うな」

「だって」

 私は同じくらい小さな声で返す。

「クライス様も、ガチガチに緊張していらっしゃるのでしょう?」

「……」

「少し安心いたしましたわ」

「お前は」

「何ですの」

「……綺麗すぎる。理性が飛ぶ」

「……ッ」


 何をサラリと。

 何をこんな神聖な場所で。

 何を婚礼開始の数秒前に。


 私は完全に顔が沸騰した。ヴェールがなければ、致死量の赤面を全貴族に晒して即死だったかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 誓約の儀は、ひどく厳かで、美しかった。


 大司教の問いかけに答え、誓いの言葉を述べ、神への祝福の祈りが捧げられる。

 その一つ一つが、現実感のないほど夢のようで。


 だが、その中で私の意識を一番強烈に奪ったのは。

 やはり、クライス様の真っ直ぐな声だった。


「我、クライス・フェルドは」

 低く、よく通る確かな声が神殿に響く。

「ルシア・フォン・グランツを妻とし」


 妻。

 その単語を、この人の口から何度聞いても慣れない。

 どころか、毎回心臓へクリティカルヒットして新鮮に刺さる。


「生涯、その身を守り、尊び、ただ一人だけを愛し、共に歩むことを誓う」


 守り。尊び。愛し。共に歩む。


 その言葉の途方もない重さと熱に、私は思わず目を閉じた。

 前世で、ゲームのルートの向こう側に見ていた人。どれだけ願っても、モニター越しで絶対に手の届かなかった人。

 その人が今、現実の目の前で、私と生涯を共に歩むと誓っている。


 泣くな。ここで泣いたら、誓いの言葉がグシャグシャになる。

 そう必死に堪えるのに、涙腺は容赦なく熱く緩む。


「ルシア・フォン・グランツ」


 今度は、私の番だった。

 私は深く息を吸う。震える声をどうにか気力で整えて、クライス様を見る。


「我、ルシア・フォン・グランツは」

 目が合う。蒼い瞳が、逃げ場のないほど真っ直ぐに私を見つめている。


「クライス・フェルドを夫とし」


 夫。ああもう、本当に無理ですわ。尊い。

 それでも、続ける。ちゃんと。今度は泣かずに。


「生涯、その傍に立ち、支え、愛し、共に歩むことを誓います」


 言い切った瞬間、クライスの目がほんの少しだけ、泣きそうに揺れた。


 多分、私も同じ顔をしている。

 嬉しくて、信じられなくて、それでもとても静かに、完全な幸福で満たされているような顔。


 指輪の交換。

 ヴェールアップ。

 そして、誓いの口づけ。


 ここで私は、最後の最後まで往生際悪く極限の緊張をしていた。


 だって、皆の前だ。大神殿のど真ん中だ。

 国王も、公爵も、むさ苦しい騎士団も、王都の貴族たちも、全員が固唾を呑んで見ている。

 そんな中でクライス様と口づけなど、羞恥で蒸発して原子分解してもおかしくない。


 だが、クライス様は一切迷わなかった。


 そっとヴェールを上げ、大きな片手で私の頬へ優しく触れる。

 その仕草があまりにも自然で、あまりにも愛おしげで。

 恥ずかしいのに、絶対に逃げたくないと思ってしまう。


「ルシア」

 ごく小さく、甘く名前を呼ばれる。

「……はい」


 次の瞬間、誓いの口づけが落ちた。


 祝福の鐘が一斉に鳴り響く。

 割れんばかりの拍手が湧き起こる。純白の花びらが舞う。


 私はただ、あまりの幸福に頭が完全に真っ白になりながら、そのあたたかい音の渦へ包まれていた。


 ◇ ◇ ◇


 その後の祝宴は、もはや国を挙げた『お祭り(フェス)』だった。


 第一騎士団の面々は全員どこかタガが外れて浮かれているし、王都貴族たちはやたらと機嫌が良いし、国王まで珍しく上機嫌で杯を重ねていた。

 何より、若い騎士たちの盛り上がり方(オタク特有の早口)がすごい。


「副団長、本当に結婚したんだな……あの氷の騎士が……」

「当たり前だろ、目の前で見ただろ!」

「いや、でもあの副団長だぞ!? ルシア様を見る目が完全にデレてただろ!」

「ルシア様、ついに正式な奥方か……」

「もう“副団長付きの側仕え”じゃなくて、“副団長の妻”だもんな……」

「いや待て、ルシア様の魔法の火力と兵站能力を考えると、“妻”の方が権力強すぎないか?」

「分かる。完全に副団長が尻に敷かれてる」


 何が分かるのですの。不敬ですわよ。


 私は祝宴会場の端で、クライス様の隣に立ちながら、そのヒソヒソ声を聞いて少しだけ頬を膨らませた。

 だがクライスは気にした様子もなく、私の腰へ自然に、ガッチリと独占欲丸出しで手を添えている。


 ……そう。自然に、である。


 もう最近、この人はこういう密着した距離感で平然としているのだ。

 婚約後から特に。そして今日の私は公式に『妻』なので、尚更遠慮という概念がない。


「クライス様」

「何だ」

「皆様が、ニヤニヤ見ておりますわ」

「見せつけている」

「そういう重いことをサラッとおっしゃる」

「俺の妻だ。何が問題だ」

「問題しかございません。心臓がもちませんわ」


「…………」


 その一言で、私はまたしても処理落ちしかけた。

 いけない。耐えなさい、ルシア。限界オタクの精神力を見せなさい。

 今日は何度目か分からないが、もう少しで最後まで持つのだから。


 その時、国王レオニードが杯を片手に近づいてきた。


「二人とも」

「陛下」

 私たちは揃って一礼する。


 国王は私とクライスを見比べ、どこか心底満足げに頷いた。


「改めて言おう。心から祝福する」

「恐れ入ります」

 クライスが答える。

「ありがとうございます、陛下」

 私も深く頭を下げた。


 レオニードは少しだけ笑った。

「しかし、ルシア」

「はい」

「結局、お前の望みは、最初から最後まで一貫して全くブレなかったな」

「そうですわね」

「窮屈な王太子妃の座より、一介の騎士の妻か」

「はい」

 私は、誇らしげに胸を張った。

「そちらの方が、私の人生にとって何万倍も幸せですもの」

「ははッ」

 国王が珍しく声を立てて豪快に笑う。

「正直で大変よろしい」

「陛下」

 クライスがやや低い声で牽制するように言う。

「俺の妻を見て、笑いすぎです」

「すまんすまん、独占欲が強いことだ」


 だが、笑いたくもなるだろう。

 何しろこれは、もともとバカ王太子のせいで追放されかけた令嬢が、最終的に最強の騎士の妻となり、しかも本人が誰より幸せそうに笑っているのだから。


 ◇ ◇ ◇


 そして、祝宴の終盤。


 大広間の中央へ進み出た私は、花嫁としての最後の挨拶を求められた。


 ざわめきが静まり、すべての視線が集まる。

 けれど、不思議ともう緊張はしなかった。

 だって、すぐ隣にクライス様がいる。

 その揺るぎない事実だけで、私はもう十分すぎるほど強くなれたから。


 私は一歩前へ出て、会場中を見渡す。


 王都の貴族たち。第一騎士団の愛すべき仲間たち。王家の方々。公爵家の人々。

 皆、あたたかく笑っている。


 ならば、最後はやはり。

 私らしく、限界オタクとして完璧に締めるべきだろう。


「皆様」

 私はニッコリと、この世で一番の微笑みを浮かべた。

「本日は、このように盛大で素晴らしい祝福を賜り、誠にありがとうございます」


 温かい拍手が起こる。私は続ける。


「理不尽に婚約破棄されたあの日、まさか自分がこのような最高の幸せを得るとは、夢にも思っておりませんでしたわ」

 会場のあちこちで、クスリと笑いが漏れた。

「王太子妃の座を失った時は、確かに一つの道が閉ざされたのでしょう」

 私は隣に立つクライスを、愛を込めて見上げる。

「ですが、その代わりに私は、もっと大切で、もっと尊い場所へ辿り着くことができました」

 クライスの目が、静かに、ひどく甘く和らぐ。


 私は正面を向き直った。


「これからも私は、妻として、第一騎士団の兵站の要として、そして何より――」


 ここで、ほんの少しだけ悪戯っぽく笑う。


「一生、私の『推し』を、特等席で愛で続けますわ!!」


「「「ブフッ!!」」」


 会場のあちこちで、見事なまでに何人かがワインを吹き出した。

 ローデン隊長は腹を抱えて顔を覆い、団長は声を立てて爆笑し、若い騎士たちは「やっぱり最後のオチはそれか!」という顔をしている。

 国王でさえ杯を口元へ運んだまま、肩を震わせていた。


 だが。

 その横で、クライスだけは笑わなかった。


 ただ、深く、ひどく優しい、愛に満ちた目で私を見て。

 誰も聞こえない声で、小さく言った。


「好きにしろ」

「もちろんですわ」

 私は即答する。

「生涯、最前線の特等席で堪能いたします」

「……覚悟しておく。俺も、お前を逃がさないがな」

「今さらですわね」

「ああ」


 そして次の瞬間、会場を揺らすほどの割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。


 笑い声。祝福の声。鳴り止まない鐘の音。楽団の華やかな演奏。

 その全部に包まれながら、私はクライスの手をギュッと握る。


 半歩後ろではない。

 もう“副団長付きの側仕え”の影の位置ではない。


 ちゃんと、隣。


 前世でどれだけ願っても届かなかった場所。

 今生では、もう迷わず堂々と立てる場所。


 クライスがそっと私の手を、力強く握り返す。

 その確かなぬくもりを確かめながら、私は思う。


 ああ、本当に。

 ブラックな王太子妃なんて、1ミクロンもいりませんでしたわね。


 だって私は今。

 この世界で最強の氷の騎士の『妻』として。

 一番近くで。

 一番尊い特等席から。

 一生、この人を愛で続けられるのだから。


 婚約破棄から始まった、限界オタク令嬢の全力推し活&激重溺愛のざまぁファンタジーは、こうして最高のハッピーエンド(大団円)を迎える。


 そしてその先もきっと。

 ルシア・フォン・グランツの『推し活』は、妻として、最強のパートナーとして、家族として、ますます盛大に、そして幸せに続いていくのだろう。


 ――めでたし、めでたし。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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