第26話 国王からの謝罪と、ルシアの望み
「陛下が、こちらへ向かっておられます」
その報告が第一騎士団本部にもたらされた瞬間、事務室の空気は見事なまでに凍りついた。
「……はい?」
私は思わず、手元の羽ペンを止めて間の抜けた声を漏らした。
報告に駆け込んできた若い騎士は、緊張で背筋を鉄板のようにしながら繰り返す。
「国王陛下です! 王宮から正式な先触れが入りました! 本日午後、第一騎士団本部へご来訪とのことです!」
「陛下が!?」
「本当に!?」
「何で野蛮な騎士団の本部に!?」
周囲の騎士たちが一斉にパニックを起こしてざわつく。
そりゃそうだ。王が直接、しかも予告なしで武闘派の騎士団本部へ来るなど、前代未聞どころの話ではない。
しかも今は、遠征から戻ってまだ数日。国境での圧倒的な戦果報告は上がっているが、王がわざわざ足を運ぶ理由となると――。
(……私ですわよね)
嫌な予感しかしない。
いや、予感も何も、ほぼ確信である。
玉座の間で恐ろしい『公開断罪』があったという噂は、すでに騎士団本部にも流れてきていた。
王太子アーサーの廃嫡と幽閉、ミレーヌの平民落ちと追放、バシュレル伯爵の全財産没収と失脚。
あのバカ王太子一派が完膚なきまでに物理的・社会的に消し飛ばされた、その流れの先にあるのが“最大の被害者への正式な謝罪”だろうことは、火を見るより明らかだ。
分かるのだが。
「いやですわ」
私は0秒で即答した。
「即答ですね!?」
ローデン隊長が額を押さえる。
「いやですわよ、そんな大仰な……」
「でも国王陛下来るんですよ。絶対君主ですよ」
「存じております」
「謝罪しに?」
「多分」
「何で嫌なんです?」
若い騎士がキョトンと聞く。
私は両手で自分の頬を押さえた。
「だって気まずいではありませんか!」
「理由がそこ!?」
「そこですわ! バカ王太子や王宮の文官どもにあれこれ嫌味を言うのは構いませんけれど、陛下ご本人に面と向かって頭を下げられるなど、何と反応すればよろしいのか分かりませんもの! 胃が痛いですわ!」
「普通に、寛大に受ければいいんじゃ……」
「私のような一般オタクにとっての『普通』って何ですの!?」
思わず叫ぶと、事務室の端で誰かが「ブフッ」と笑いを噛み殺した。
笑い事ではない。私は今、本気で困っているのだ。
だが、そんな私の限界パニックをよそに。
部屋の奥で、静かに書類へ目を通していたクライスが口を開いた。
「受けろ」
「副団長」
私はすがるように振り返る。
「簡単におっしゃいますけれど」
「簡単なことだ」
「簡単ではありませんわ。国王陛下ですよ? 国家のトップですよ?」
「だから何だ」
「だから、ですわ!」
「謝罪に来るなら、堂々と受けるべきだ。お前にはその権利がある」
その声はいつも通り低く、淡々としていた。
けれど、そこに一切の揺らぎはない。
私は少しだけ口をつぐんだ。
そう。多分、その通りなのだ。王家が過ちを認めて、自ら足を運んで頭を下げるというのは、それ自体が政治的に大きな意味を持つ。
それを私個人の「気まずいから無理」という感情で無視するのは違う。理屈では分かっている。
分かっているのだけれど。
(副団長がずっと隣にいてくださるなら、まだしも……)
その甘えた考えが頭をよぎった瞬間、私は自分で自分に呆れた。
何だというのだ私は。国王との対面ですら、推しが傍にいるかどうかで安心度が変わるなど。
……変わるのだから仕方がないのだけれど。
「ルシア様」
若い騎士が、なぜかキラキラした目で言った。
「大丈夫です! 俺たちもいますから!」
「そういう数の暴力の問題ではございませんわ」
「副団長もいますし!」
「……(それは心強いですわね)」
「それに、陛下が直々に謝りに来るなんて、歴史に残るすごいことじゃないですか!」
「それはそうなのですけれど」
本当に、真っ直ぐで眩しい子たちですこと。
ローデン隊長が肩をすくめる。
「まあ、腹を括るしかないですね。どうせ逃げられませんし」
「うう……」
「大丈夫ですよ」
「何がですの」
「陛下相手でも、ルシア様はルシア様(通常運転)でしょうから」
「それ、励ましになっております?」
「かなり」
……何だか複雑な評価ですわね。
◇ ◇ ◇
午後。
第一騎士団本部正面は、いつになく異常なほど整然としていた。
騎士たちは礼装とまではいかないまでも、チリ一つなく整えられた制服で並び、団長とローデン隊長は正面へ。
私は“副団長付き側仕え”として、クライスの半歩斜め後ろへ控えていた。
控えていたのだが。
(無理ですわ、緊張で胃が捻れそうですわ……!)
手袋越しの手のひらが少し冷たい。外面は『氷の淑女』を完璧に保っているつもりだが、内心ではなかなかの大騒ぎ(アラート鳴りっぱなし)である。
そんな私の限界な緊張を見抜いたのか。
不意に、すぐ前から低い声が落ちてきた。
「ルシア」
「は、はい」
「震えているぞ」
「震えておりません。武者震いです」
「右手が」
「……」
完全にバレていた。
私がそっと右手を握り込むと、クライスがほんの少しだけ、身体の位置をズラした。
外からは分からない程度に。だが確かに、私へ向かう視線や風のプレッシャーを『自分の広い背中』で遮るような位置へ。
「……副団長」
「何だ」
「ありがとうございます」
「何の話だ」
「そういう、さりげなく庇ってくださるところですわ」
クライスは返事をしなかった。
だが、耳がほんの少しだけ赤い気がしたので、それ以上は言わないでおいた。尊い。
今はそれより、目の前へ停まった豪奢な王家の馬車だ。
扉が開く。
最初に降りたのは老執事。次いで、近衛を二人だけ伴った国王レオニードその人だった。
圧倒的な威圧感がある。
けれど、あのバカアーサーのような“自分が無条件に上だと信じて疑わない虚勢の威圧”とは違う。
それはもっと静かで、もっと重い。立っているだけでその場の空気が支配されるような、真に人の上に立つ者の覇気だった。
団長以下が一斉に最敬礼を取る。
私もそれに倣い、完璧なカーテシーで深く頭を下げた。
「面を上げよ」
国王の声は落ち着いていた。
私はゆっくり顔を上げる。
その鋭い視線が、真っ直ぐこちらへ向いた瞬間、胸がドクリと鳴った。
「ルシア・フォン・グランツ」
「……はい」
「少し、話がしたい」
「承知いたしましたわ」
声はどうにか裏返らずに済んだ。多分。
国王は本部玄関前ではなく、団長の案内で奥の応接室へ向かう。私はその後に続いた。
クライスも、まるでそれが当然の権利であるかのように私の斜め後ろへついてくる。
ああ、よかった。ものすごく、よかった(HP回復)。
◇ ◇ ◇
応接室へ入ると、国王は余計な前置きや貴族特有の腹の探り合いを一切しなかった。
席へ着くなり、レオニードは私を正面から真っ直ぐに見た。
その目には王としての厳しさがあった。だが同時に、自らの非から逃げる気のない、強烈な誠実さもあった。
「まず、結論から言おう」
「……はい」
「王家として、お前に対し、深く謝罪する」
室内が、シンと静まり返る。
私は息を止めた。
やはり来た。来ると分かっていたのに、実際にその言葉を『王の口から』直接聞くと重みがまるで違う。
レオニードは続ける。
「愚息アーサーによる事実確認なき理不尽な婚約破棄。公衆の面前での断罪。ミレーヌ・バルセの虚言に基づく冤罪の黙認。そして何より――お前の異常なまでの実務能力へ過度に依存し、搾取し続けた王宮の腐った体制」
国王の声は、一つひとつの罪状を明確に区切って告げた。
「その全てにおいて、こちらが完全に誤った」
「……」
「お前の自己犠牲を当然とし、負担を正しく見ず、守るべき時に守れなかった。一国の王として、心から詫びる」
そう言って。
国王は、深々と、ハッキリと頭を下げた。
「……ッ」
私は思わず息を呑んだ。
老執事も、団長も、ローデン隊長も、室内の空気が一瞬完全に停止する。
絶対権力者である王が、一介の令嬢に向かって頭を下げる。
それはやはり、歴史書に載るレベルのただ事ではない光景だった。
どうしよう。どう反応すれば。
そんなことを考える前に、私の口が勝手に動いていた。
「お顔をお上げくださいませ、陛下」
私の声は、思ったよりもずっと静かで平坦だった。
「……お詫びのお言葉、確かに頂戴いたしました」
「ルシア」
「ですが」
私はスッと目を細め、ハッキリと言った。
「謝罪を受けたからといって、私が背負わされたサビ残(苦労)や冤罪が、なかったことになるわけではありませんわ」
「当然だ」
国王は顔を上げる。
「そのつもりで言ってはいない。免罪符にするつもりはない」
「……はい」
そこに誤魔化しはなかった。
王家の都合で私を丸め込むつもりも、恩着せがましい温情を売るつもりもない。
ただ、誤りは誤りとして潔く差し出している。そのことだけは、痛いほどよく分かった。
私は小さく息を吐いた。
「でしたら、十分でございますわ」
「……許すのか」
「許す、とは少し違いますわね」
私は苦笑した。
「ただ、今さらあの無能な方々を恨んでいても、私の人生のプラス(得)にはなりませんもの。リソースの無駄ですわ」
「得、か」
「ええ。それに私はもう、今の環境で十分すぎるほど幸せですので」
その言葉に、国王の目がわずかに細まる。多分、少し驚いたのだろう。
「王宮(中枢)を去り、未来の王妃という立場も失い、それでも幸せだと?」
「はい」
私は迷わず、最高の笑顔で答えた。
「むしろ、あんなブラック企業(王宮)から婚約破棄という形で解雇していただいて、清々しているくらいですわ」
「ブフッ」
ローデン隊長が思わず背後で吹き出しかけ、団長に脇腹を肘で強打されて黙らされた。
だがレオニードは、怒りも笑いもしなかった。ただ真っ直ぐに私を見る。
「……そうか」
「はい」
短い応答。けれど、それで十分だった。
国王はしばし黙り込み、それから静かに、重々しく言った。
「もう一つ」
「はい」
「お前が過日の国境遠征において示した圧倒的な功績は、王家としても看過できぬ」
「……」
「兵站の完全な再編、後方支援、戦場整理、そして何より――地竜型災厄個体の単独撃破」
その場にいた騎士たちが、わずかに息を呑んで背筋を伸ばす。
「あれは疑いようのない国家規模の特大の功績だ。ゆえに、王として最高の形で報いる必要がある」
「……」
「望むものを言え」
私は目を瞬いた。
「望むもの、ですの?」
「ああ」
レオニードはハッキリと言った。
「地位でも、爵位でも、金でも、領地でも、特権でもいい。お前が望むものを一つ、王家として必ず叶えよう」
室内の空気が、また劇的に変わった。
団長も、ローデン隊長も、老執事でさえ、ほんの少しだけ私を見る目が「ゴクリ」と変わる。
当然だ。国王が“白紙の小切手”を渡したに等しい。
普通の貴族令嬢なら、一生に一度あるかないかの最大のチャンスだろう。
たとえば、公爵家を飛び越えて独立した当主になる権利。
王都の一等地に豪邸を。
国政に関わる正式な役職を。
あるいは、二度と誰にも傷つけられぬだけの絶対的な不可侵の権限を。
色々、選び放題なのだろう。
だが。
私の中では、問いが落ちた瞬間に答えは完全に決まっていた。
迷いなど、1ミクロンもなかった。
「では、お言葉に甘えまして」
私は背筋を伸ばし、国王を真っ直ぐに見た。
「生涯、クライス・フェルド様のお傍(専属側仕え)に仕える権利をいただきたく存じますわ」
「…………」
沈黙。
室内が、完全にフリーズした。
国王が目をパチクリと瞬く。
老執事も、団長も、ローデン隊長も、見事なまでに石像のように固まっていた。
そしてその中心で。
「……は?」
とても珍しい、完全に素の間の抜けた声が横から聞こえた。
言うまでもなく、私の推し(クライス様)である。
私はふんす、と胸を張った。
ええ、何も間違っておりませんとも。
「副団長――いえ、クライス様のお傍が、今の私にとって一番望ましく、尊い居場所ですもの」
「……」
「他の地位も名誉も財産も一切不要ですわ。王宮へ戻るつもりもございませんし、どこかの家へ正妻として嫁ぐ気もございません」
「…………」
「ですので、王家より正式に“クライス・フェルド付きとして生涯仕える権利(お墨付き)”を認めていただければ、それで十分でございますわ」
もう一度、深い静寂。
それから。
「……ッ、ははッ!」
最初に耐えきれずに吹き出したのは、ローデン隊長だった。
続いて団長が肩を震わせ、ついには老執事まで「ゴホン」と咳払いで誤魔化しきれなくなる。
「いや、ルシア様」
ローデン隊長が涙を拭いながら言う。
「そこは普通、もうちょっと何かあるでしょ……!」
「何か、とは?」
「もっとデカい、国を動かすような望みとか!」
「これ以上大きくて重要な望みが、私の人生にございます?」
私は本気で首を傾げた。
だってそうだろう。
『推しの傍に合法的に生涯いられる(しかも王家の許可済みで誰も手出しできない)』。
限界オタクにとって、それ以上の究極の褒賞など、この世に存在するわけがない。
「……ッ、くく」
団長がとうとう笑いを漏らした。
「いや、なるほど。実にお前らしいブレなさだ」
「そうですわよね」
「そうだなあ……これは一本取られた」
一方で、国王はまだ少しばかり呆気に取られた顔をしていた。
だがやがて、深く息を吐いて心底おかしそうに苦笑する。
「地位も金も権力も望まず、ただの一介の騎士の傍に仕える権利を望むか」
「はい」
「……つくづく、変わった令嬢だ」
「よく言われますわ」
「だろうな」
そこで、レオニードの視線がゆっくりとクライスへ向いた。
「クライス・フェルド」
「……は」
珍しく、少しだけ反応の遅い、戸惑った返事だった。
国王の口元が、ほんのわずかに面白そうに、意地悪く歪む。
「お前は、それでよいのか」
「…………」
「ルシア・フォン・グランツを、生涯『お前付き』として王家が公式に認める。彼女への他家からのすべての縁談を王命で弾く。そういう意味になるぞ」
「…………」
クライスは、完全に固まっていた。
いや、固まっているというか。
表情は普段通り必死に無表情を装っているのだが、耳から首筋にかけてが明らかに真っ赤に染まっている。
すごい。あの氷の騎士が。ここまで分かりやすく動揺しているのも珍しい。
私は横目でその様子を見て、内心で少しだけ悶えて転がりたくなった。
推しが困惑して照れている。しかも原因は私。大変尊い。ごちそうさまです。
だが当の本人は、しばらく必死に沈黙した後、ようやく絞り出すように低く答えた。
「……異論、ありません」
「異論って」
ローデン隊長がまた肩を震わせる。
「いや副団長、その言い方。もっと喜べよ」
「ローデン、黙れ」
「はいはい」
クライスの声は低いままだったが、その耳の赤さは全く誤魔化せていない。
ああもう。何ですのこの状況。
私への最強のファンサすぎでは?
国王はそんな二人を見比べ、やがて静かに、深く頷いた。
「よかろう」
「……!」
「ルシア・フォン・グランツには、王家の名において、第一騎士団副団長クライス・フェルド付きとして生涯仕える権利を正式に認める。誰も邪魔はさせぬ」
私は思わずパッと顔を上げた。
「本当ですの!?」
「王の前で撤回を期待するな」
「ありがとうございます!!」
さすがに声が弾んだ。いけない、淑女らしさが吹き飛んだ。
だが仕方ない。これはオタクとして嬉しすぎる。
レオニードはさらに念を押すように続ける。
「ただし、“生涯”の意味は重いぞ」
「承知しておりますわ」
「途中で泣きついて別の道を求めることは許さぬ」
「その心配は1ミリもございません」
私はキッパリと言い切った。
「むしろ今後、誰に何を言われようと、この特等席から退くつもりはございませんもの」
「……そうか」
国王はそこで、ほんの少しだけ優しく笑った。
それは初めて見せる、人間味のある笑みだった。王としてではなく、一人の年長者のような。
「ならば、好きに生きるがいい」
「……はい」
「王家はもう、お前の生き方へ一切口を出さぬ。自由に羽ばたけ」
「恐れ入りますわ」
私は深く、心からの感謝を込めて頭を下げた。
その瞬間、胸の奥からドロドロとした重い鎖が、スルリとほどけていくのを感じた。
もう戻らなくていい。もう、あの王宮の理不尽な期待やサビ残の義務へ縛られなくていい。
王自身が、私の自由を認めたのだ。
そして私は。
自分の最大の望みを、ハッキリと手に入れた。
クライス様の傍に、一生いられる絶対的な権利(外堀の完全埋め立て)を。
◇ ◇ ◇
国王たちが去った後。
応接室には、しばらく妙な静けさと生温かい空気が残った。
「……いやあ」
最初に口を開いたのはローデン隊長だった。
「最後の最後で、マジで全部持っていきましたねルシア様」
「そうかしら」
「そうですよ。普通、あの重い流れで“生涯、推しの傍に”って言えます? 鋼のメンタルかよ」
「言えますわよ?」
「即答なのが本当にブレなくてすごいんだよなあ……」
団長も腕を組んだまま笑っている。
「まあ、ある意味一番ブレてないな。俺たちの兵站の女神は」
「でしょう?」
「褒めてるぞ」
「ありがとうございます」
そのやり取りの横で、クライスだけがまだ沈黙していた。
私はそろそろとその方を見る。
副団長――いえ、クライス様は、相変わらず無表情を装って壁際を見つめている。装っているのだが、耳がまだ少し赤い。
(かわいい……)
いけない。思考が非常に危険で不敬な方向へ飛んだ。
私は咳払いを一つして気持ちを整える。
「副団長」
「……何だ」
「私の身勝手な願いで、ご迷惑でしたかしら」
その問いに、クライスはピタリと止まった。
それから、ゆっくりと私を見る。
「本気で聞いているのか」
「え?」
「……いや」
彼は少しだけ目を伏せ、それから絞り出すように低く言った。
「迷惑なはずが、ないだろう」
そのたった一言の破壊力で、私はまたしても心臓を的確に撃ち抜かれた。
何ですの。
そんな風に、そんな真面目で不器用な顔で、そんな熱い返しをなさらないでくださいまし。
嬉しすぎて私が死にますわ。
「……そう。でしたら、よろしゅうございました」
顔から火が出そうになりながら、やっとそれだけ返すのが精一杯だった。
クライスは少しだけ口元を緩める。
ほんの一瞬だけ。けれど、確かに優しく笑ったように見えた。
その頃、応接室の扉の外では。
「聞いたか?」
「聞いた」
「ルシア様、“生涯副団長付き”を王命で勝ち取ったぞ」
「強すぎないか? つまり他からの縁談、全部王命でブロックできるってことだろ」
「いやもう、そこまで行くと求婚より激重だろ」
「副団長、完全に外堀埋められて逃げられないな」
「誰があの氷の副団長が逃げたいって言った? むしろ一番喜んでるだろ」
「確かに」
そんな囁きが、あっという間に本部中へ広がっていった。
一方その渦中で、私はというと。
国王の正式承認を得たという事実と。
クライス本人から「迷惑なはずがない」と(半ばデレながら)言われた事実が。
胸の中でひたすらに反芻されていて。
(生涯……お傍に……)
気づけば、口元がどうしようもなくデレデレに緩んでいた。
その限界オタクの様子を見たローデン隊長が、ひどく生温かい目で言う。
「ルシア様」
「何かしら」
「今の顔、副団長には見せない方がいいですよ」
「どうしてですの?」
「副団長の理性が危ないので」
「……はい?」
意味が分からず小首を傾げた私の横で。
クライスが、低く「ゴホン」と咳払いした。
その耳が、またほんの少しだけ真っ赤に染まっていることに。
この時の私は、心臓が爆発しそうだったため、まだ気づかないふりをしていたのである。




