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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第25話 王太子の断罪

 玉座の間に、氷のように張りつめた空気が満ちていた。


 高く伸びる白亜の柱。血のように赤い絨毯。壁際に整然と並ぶ近衛騎士たち。

 そして、その最奥――玉座に座す国王レオニードの御前へ、本日の『主役』たちが一列に並ばされている。


 王太子アーサー。

 男爵令嬢ミレーヌ。

 王宮文官、書記官、宮務省会計監督官バシュレル伯爵。

 さらに、重々しい表情で立つグランツ公爵と、王立学園の教員数名。


 そしてその場には、すでに王宮の異常事態の噂を聞きつけた高位貴族たちも多数列席していた。

 表向きは“王太子周辺の政務混乱に関する聴取”。

 だが、この場に集められた面々と、国王が纏う絶対零度の覇気を見れば、誰もが直感で分かっている。


 これはもう、聴取などという生ぬるいものではない。


 完全なる『裁き(断罪)』だ。


「始める」


 レオニードの静かな一言で、玉座の間の空気がさらに一段冷えた。


 アーサーは青ざめた顔で唇を引き結び、ミレーヌは震えながら俯いている。

 昨日まではまだ、王太子の権力で何か言い逃れができると思っていたのかもしれない。だが今、この場に揃えられた証言者と、机に積まれた『裏付け書類の山』を見れば、それが不可能だと嫌でも悟ったのだろう。


 国王は老執事から書類を受け取り、一切の感情を交えずに口を開いた。


「まず確認する。王太子アーサー」

「……はい」

「お前は過日の卒業夜会の場において、ルシア・フォン・グランツへ“ミレーヌ・バルセへの継続的な陰湿な嫌がらせ”を理由に、公衆の面前で婚約破棄を宣言した。間違いないな」

「……その通りです」

「その重大な判断は、十分な事実確認と裏付け調査の上でなされたか」

「……目撃証言が、ありました」

「質問に答えろ」

「……十分、だと……考えておりました」


 “考えていた”。


 その主観的で無責任な言葉選びに、何人かの列席貴族がわずかに眉をひそめた。

 だが国王は流さない。


「つまり、客観的証拠をもって『十分であった』とは断言できぬのだな」

「……ッ」

「次だ。ミレーヌ・バルセ」

「ひ、ひぃッ……!」

「お前は、ルシアから教科書を破られ、ドレスへ泥水をかけられ、階段から突き落とされかけたと訴えた。相違ないな」

「……は、はい」

「ならば、その正確な日時と場所を述べよ」


 ミレーヌの肩が、ピタリと止まった。

 玉座の間が、痛いほど静まり返る。


「い、いつ、とは……」

「自国の言葉が難しかったか」

 国王の声音は冷酷だった。

「いつ、どこで、誰が見ていたかを言え、と聞いている」

「そ、それは……学園の……」

「学園の、どこだ」

「……廊下、とか……お庭、とか……」

「“とか”などという曖昧な記憶で、国家の重要事項である婚約は破棄できぬ」


 ミレーヌがビクゥッと震え上がった。

 国王は手元の別紙へ視線を落とす。


「お前たちの曖昧な証言をもとに、王立学園の出席記録、王宮側からの召喚記録、学園教師の補講記録、王宮文官からの照会書類、その全てを照合させた」

「……」

「ルシア・フォン・グランツは該当する期間、学園・王宮・公爵家の厳しい教育日程により、ほぼ寸分違わぬ分刻みの行動記録アリバイが残っている」


 ザワッ……と、列席貴族たちの間に波が広がる。


「夜会前の一週間に限っても、王太子の執務補助(丸投げされた書類整理)、外交文書の照合、祭礼警備案の再整理、学園の補講出席が重なり、他者に嫌がらせなどする『自由行動の余地』は皆無だ」

「……ッ」

「これほどの激務を抱える女に、“陰湿な嫌がらせを他人の目につかないよう継続的に行う時間”があったというのなら、逆に私が見てみたいものだな」


 失笑が、あちこちで小さく、だがハッキリと漏れた。


 アーサーの顔が屈辱で真っ赤になる。ミレーヌは完全に俯いたままだ。


「つ、つまり!」

 アーサーが苦し紛れに口を挟んだ。

「ルシアは、自分の手を汚さず、誰か別の者に命じてやらせたのかもしれません!」

「命じた証拠は」

「それは……」

「ないのだな」

「……ッ」


 国王は、年配の学園教師へ視線を送る。


「証言せよ」

「はッ」


 前へ出たのは、王立学園の女性教師だった。彼女は緊張した面持ちながらも、ハッキリと言った。


「ミレーヌ嬢からは確かに何度か『いじめられている気がする』と相談を受けました。ですが、調査の結果、具体的加害場面を示す物証も、第三者の証人も、ただの一人も見つかっておりません」

「なぜ夜会前に、それを王宮へ報告しなかった」

「……王太子殿下ご自身が、“もう十分だ、ルシアの性悪な本性は知れている。これ以上の調査は不要”と握り潰されたからです」

「違う!」

 アーサーが叫ぶ。

「私は、あくまでミレーヌの迅速な保護を優先して――」

「『迅速』と『拙速』は違う」

 レオニードが一刀両断に切り捨てた。

「お前は事実確認の義務を放棄し、自分の都合の良い、信じたいものだけを信じた。それがすべてだ」


 アーサーが、ぐっと言葉に詰まる。

 その無様な黙り方が、すでに答えだった。


 ◇ ◇ ◇


 だが、断罪はそれで終わらなかった。


「次だ」

 国王はさらに分厚い書類を取り上げる。

「王太子執務の『実態』に関する証言を確認する」


 今度前へ出されたのは、王宮の年配文官と書記官たちだ。彼らは皆、地獄を見てきたようなひどく疲れた顔をしていた。だが、もう迷いや王太子への忖度はないらしい。


「王太子の執務において、ルシア・フォン・グランツが裏で担っていた実務の範囲を述べよ」

「殿下のお目通し前資料の整理、優先順位付け、外交草案差分確認と修正、国家予算案の再計算、御前会議前論点整理、各部署からの照会内容の即時精査、祭礼と視察の事前調整、騎士団関連資料の抽出……」

「それらは、誰の名で処理されていた」

「多くは『王太子殿下名義』で。または、裏方処理としてルシア様個人の裁量にて」

「実際の『判断者(脳)』は誰だ」

「……ルシア様でございます」


 玉座の間のあちこちで、ヒュッと息を呑む音がした。


 高位貴族たちが信じられないものを見るように顔を見合わせる。

 中には、明らかに“あそこまで無能だったのか”と王太子を見て愕然としている者もいた。


 国王は静かに問う。


「王太子アーサー」

「……ッ」

「お前はこれらを、どこまで把握していた」

「それは、あくまで補佐として彼女が自主的に……」

「どこまで把握していた、と聞いている」

「……全てでは、ありません」

「何割だ」

「……」

「答えろ」

「……三割、ほど」


 その場にいた文官の何人かが、反射的に「は?」と顔をしかめた。

 それを見て、国王がさらに冷たく、嘲るように言う。


「自分への見積もりが甘いな。実際は『一割』にも満たぬだろう」

「父上!」

「違うと、今ここで論理的に証明できるか」

「…………」


 できない。

 それはもう、誰の目にも明らかだった。


 レオニードはそこで、別の文書をドン、と重い音を立てて机へ置く。


「ルシアを失った後の、王宮内滞留案件の被害一覧だ」

 アーサーの顔色が土気色に変わる。

「不可侵条約更新、遅延寸前。祭礼警備未確定による貴族からのクレーム多数。橋梁補修滞留。医務局からの催促三通放置。第一騎士団再編予算、差し戻し理由空欄(私怨)」

「……」

「加えて、エルトラーデ使節との会談では、同席させたミレーヌ・バルセの失言により条文齟齬と王室の機能不全を露呈し、相手国へ致命的な不信を抱かせた」

「それは……」

「それは何だ」

「一時的な、引き継ぎの混乱で……私が本気を出せば」

「一時的?」

 国王は目を細めた。

「その“混乱”が、ルシアというたった一人の令嬢の不在によって生じたという時点で、お前の統治能力は王族として致命的だ」


 玉座の間に、死のような重い沈黙が落ちる。


 アーサーはもう、反論の形すら取れていなかった。何か言い訳をしようとしても、全部客観的な証言と記録で退路を塞がれる。

 彼自身が今まで『何もしてこなかった(ルシアに寄生していた)』という事実が、あまりにも明確に浮き彫りになってしまったからだ。


 ◇ ◇ ◇


 だが、もう一つ。

 この場には、別の腐った膿も呼ばれていた。


「宮務省会計監督官、ヘルムート・バシュレル伯爵」

「……はッ」

 顔面蒼白の伯爵が一歩、震えながら進み出る。


 国王の前には、すでに別の裏帳簿の束が積まれている。

 王都西区街路補修特別費。王家儀礼用装飾布調達費。臨時人員手当。


「お前には、軍属組織予算の厳正な監督責任がある」

「は、はい」

「だが実際には、第一騎士団の納入業者による長期的な不正請求を見逃し、さらに自らの管轄である補助金からも、継続的な不正流用が確認された」

「ご、誤解でございます! それは事務上の手違いで――」

「証拠はある」

 国王は淡々と、だが決定的に告げる。

「架空人員四名分の振込先照合、倉庫台帳との数量の不自然な一致、そして差額の『伯爵家関連口座への経由』」

「そ、それは偶然の――」

「偶然が三度重なれば、それはもう偶然ではない。必然(横領)だ」


 伯爵の膝が、ガクリと大きく揺れた。


 列席貴族たちの視線が、一斉に汚物を見るように冷たくなる。

 王太子派の中核にいた会計監督官が、これほどあからさまに国庫の金を抜いていたのだ。しかも、それを第一騎士団側ルシアに先に完全に掴まれていたとなれば、もはやどんな言い逃れも通じない。


「加えて」

 国王の声がさらに一段低くなる。

「第一騎士団へ不当な予算凍結をチラつかせ、私怨で圧力をかけようとしたな」

「そ、それは通常監査の範疇で……!」

「自らの不正を棚に上げた側が、よくも国家の防衛の要にその口を利けたものだ」

「……ッ」


 バシュレル伯爵は、もはや立っているのがやっとの様子だった。

 レオニードは冷ややかに、一切の慈悲なく言い渡す。


「ヘルムート・バシュレル伯爵。宮務省会計監督官の任を即時剥奪。全資産凍結の上、王宮監査室預かりとする。追って厳罰に処す」

「へ、陛下……ッ!」

「異論は聞かぬ。連れて行け」


 伯爵が崩れるように膝をつく。近衛騎士がすぐに左右から荒々しく両腕を押さえ、引き摺るように連行していった。


 だが、これで終わりではない。

 まだ『本命』の裁きが残っている。


 ◇ ◇ ◇


「ミレーヌ・バルセ」


 名を呼ばれた瞬間、ミレーヌはビクゥッと肩を震わせた。

 頬は涙で濡れ、今にも可憐に泣き崩れそうだ。

 だが、誰も同情はしない。少なくとも、真実を知ったこの場においては。


「お前の証言は終始不明瞭で、具体性に乏しく、裏づけもない」

「……ッ」

「加えて、王太子執務室において重要文書(条約案)へ紅茶をこぼして損傷を与え、外交の場で不適切極まりない発言をし、交渉へ致命的な悪影響を与えた」

「そ、そんなつもりじゃ」

「結果が全てだ」

 国王は冷然と言う。

「そして最も重いのは、お前が事実でない可能性の極めて高い被害を訴え、それが『王太子の婚約破棄判断』に都合よく利用されたことだ」

「わ、私は……怖かっただけで……ッ」

「怖かった?」

 国王の目が、わずかに細くなる。

「では問う。ルシア・フォン・グランツが、自らお前へ直接手を下した場面を、ただの一度でも見たか」

「……」

「見たのか」

「……ッ、見ては、いません……」

「だが、お前はあたかも確信しているように泣いて訴えた」

「だって、皆が……!」

「皆が?」

「ルシア様は冷たくて、いつも完璧で、私なんかよりずっと立派で……だから、絶対に私を疎ましく思ってやっているんだって……!」


 そこで、ミレーヌはハッとして自分で口を塞いだ。

 遅い。


 その場にいた全員が、今の決定的な失言を聞いた。


 羨望。劣等感。そして、都合のいい被害妄想(思い込み)。

 つまり彼女は、“実際にやられた事実”ではなく、“ルシアならやりそうに見えた(やっていてほしい)”という浅はかな感情だけで、公爵令嬢を貶めていたのだ。


「……なるほど」

 国王はただ一言、そう言った。


 その一言に、底知れぬ軽蔑の全てが詰まっていた。


「ミレーヌ・バルセ」

 レオニードは淡々と告げる。

「男爵令嬢位を剥奪。平民籍へ落とし、王都外へ永久追放とする」

「え……」

「王宮・王立学園への永久立入禁止」

「え……?」

「今後一切、王族および中央政務へのいかなる関与も許さぬ。連れ出せ」


 ミレーヌの瞳が、限界まで大きく見開かれる。

 ようやく自分のしでかした事の意味(破滅)を理解したのだろう。

 次の瞬間、彼女は床に這いつくばり、醜く泣き叫んだ。


「い、いや……! そんな、嫌ですッ! 私は真実の愛で結ばれた……アーサー様、アーサー様ぁッ!! 助けて!!」


 だがアーサーは、その声へ一切応えなかった。

 応えられなかった、という方が正しいかもしれない。


 なぜなら。

 次に自分へ下る『裁きの鉄槌』が何か、もう絶望と共に分かっていたからだ。


 ◇ ◇ ◇


 玉座の間は、恐ろしいほど静かだった。


「王太子アーサー」


 その名を呼ばれた瞬間。

 アーサーは、反射的にビクッと背筋を伸ばした。


 まだだ。まだ自分は王太子だ。

 父は厳しいが、まさか自分の血を分けた実の息子を本当に――。


 そんな甘い希望が、瞳の奥に一瞬だけよぎる。

 だが、レオニードの口から出た言葉は、一切の情け容赦のないものだった。


「お前は、為政者としての事実確認を怠り、己の浅薄な感情で婚約破棄を断行し、王宮実務の要を失い、外交を危うくし、国家戦力の多大なる損失を招いた」

「父上、私は……!」

「聞くに値しない」

「違います! 私はただ、王太子として毅然と――」

「王太子として?」

 レオニードの声が、初めて明確な『王の怒気』を帯びた。

「王太子であるならば、なおさら絶対に許されぬ」

「……ッ」

「自分の職務も把握できず、有能な補佐の価値も見抜けず、女の虚言を見抜く目もなく、王宮をただの混乱へ陥れた」

 一語ずつ、断頭台の刃のように重く落ちる。

「加えて、王都防衛の要である第一騎士団へ乗り込み、王命を盾に私物化同然の身勝手な要求をした」


 アーサーの顔が完全に凍りついた。

 騎士団でのあの無様な一件まで、もう正確な報告が上がっているのだと悟ったのだ。


「お前に、この国の次代を預ける価値はない」

「父上……」

「よって」

 玉座の間の全員が息を止める。

「本日この時をもって。王太子アーサーの王位継承権を、永久に剥奪する」

「……!!」


 その場にいた誰もが、ハッキリと聞いた。


『廃嫡』。


 王太子ではなくなる。

 それはつまり、彼のこれまでの傲慢な人生を根底から完全に覆す、死刑宣告にも等しい一言だった。


「う、そ……」

 アーサーの震える唇から、かすれた声が漏れる。

「父上、待ってください……! 私は、私は王太子です!」

「違う。今、違うと言った」

「一度の失敗です! たった一度の!」

「一度ではない。積み重なった無能の果てだ」

「やり直します! 今度こそ、ちゃんとルシアを呼び戻して……!」

「お前は、失ってからでなければ、他者の価値を理解できなかった」

 国王の目に、一切の揺らぎはない。

「その時点で、上に立つ者(王)には絶対に向かぬ」


 アーサーはその場に崩れ落ちた。

 膝が絨毯へ落ち、両手がガタガタと震えている。その姿に、以前の王太子としての威厳は微塵もない。


「いやだ……」

 彼は子どものように、見苦しく首を振った。

「いやだ、いやだ……私は、まだ……ルシアを……」

「『元』王太子アーサー」

 国王は最後に告げる。

「王宮北塔へ幽閉とする。外部との接触を一切禁じ、今後の処遇は追って定める。引いていけ」

「父上ェェェェッ!!」


 絶叫が響いた。

 だが、その叫びを受け止める者は、この広い玉座の間に誰一人としていない。


 近衛騎士が二人、無言で前へ出る。

 アーサーは腕を振り払おうとしたが、もはや以前のような気力も体力もなかった。


「離せ! 私は王太子だぞ!!」

「『元』、でございます」

 近衛が冷ややかに静かに訂正する。


 その言葉が、最後の冷たい楔だった。


 アーサーの顔が、絶望でぐしゃりと歪む。

 ようやく、本当の意味で理解したのだろう。


 終わったのだと。

 自分は、すべてを失ったのだと。


 ◇ ◇ ◇


 こうして、玉座の間での断罪は完全に終わった。


 ミレーヌは泣き崩れたまま引き摺るように連れ出され。

 バシュレル伯爵は蒼白な顔で拘束され。

 元王太子アーサーは、近衛に両脇を固められながら、光の差さない北塔へと消えていった。


 最後まで、彼は何度も何かを狂ったように喚いていた。

 父上、違う、やり直せる、ルシアがいれば、ルシアさえ戻ってくれば――と。


 だが、その都合の良い名を口にするたび。

 列席していた貴族たちの視線は、汚物を見るようにどんどん冷えていった。


 今さら。

 今さら何を、という視線だ。


 玉座の間に残されたのは、嵐が過ぎ去った後のような重い静寂だけだった。


 しばらくして、レオニードが老執事へ言う。


「グランツ公爵を」

「はッ」


 前へ進み出た公爵は、深く一礼した。

 その顔には娘の復讐を果たした安堵も、怒りもなく、ただ大貴族としての厳しい静けさだけがある。


「ルシア・フォン・グランツに対し、王家として正式に謝罪が必要だ」

 国王はハッキリと言った。

「冤罪、不当な婚約破棄、実務の搾取。全てにおいて、こちら(王家)が誤った」

「……お言葉、確かに承りました」

「望むものがあれば聞こう」

「それは、娘自身の口から直接聞いていただければと」

「そうだな」


 レオニードは静かに頷いた。


 ルシア本人は、この場にいない。

 国境遠征での圧倒的な功績と、第一騎士団での兵站任務のため、まだ王宮へ呼び戻していないからだ。

 だが、それがかえって良かったかもしれない。

 こんな醜く汚い断罪の場へ、あの有能な令嬢を立たせる必要はない。


 国王はゆっくりと立ち上がる。


「明日、私が直接、第一騎士団本部へ向かう」

 老執事が目を見開いた。

「陛下ご自身が、でございますか?」

「ああ」

「……承知いたしました」


 王が直接、一介の令嬢のもとへ謝罪に赴く。

 それは異例中の異例だ。


 だが、それでもまだ足りないくらいだと。

 レオニード自身、痛いほど分かっていた。


 王宮は、あまりにも大きな宝を軽んじてきた。

 見えない場所で国を支え続けていた令嬢を、便利だからという理由で当然視し、最後には冤罪まで着せて追い出した。


 その報いは、もう十分に出ている。

 だが、それと謝罪は別だ。


 玉座の間の重い扉が、ゆっくりと開く。


 断罪は終わった。ざまぁは完了した。

 けれど物語は、まだ終わらない。


 なぜなら次に待っているのは。

 全てを失った愚か者たちの末路ではなく。

 失われかけた『国家の至宝』へ、王自らが頭を下げに行く番だからだ。


 そしてその先で、ルシア・フォン・グランツは。

 王の謝罪と“何でも望みを叶えよう”という最大の恩赦に対して。


 王宮の誰も予想しなかった『斜め上の願い』を、ただ一人の男のために、一切の迷いなく口にすることになるのである。



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