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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第17話 大規模魔物討伐遠征の幕開け

 王太子アーサーが第一騎士団本部へ乗り込み、盛大な勘違いを晒して公開処刑されたあの日から、数日。


 第一騎士団の空気は、妙な意味でひどく落ち着いていた。

 というのも、あの一件を境に、王宮側からの露骨な干渉(嫌がらせ)がパタリと止まったのだ。


 まあ、当然といえば当然である。

 王太子自らが全騎士の前で「ルシアがいないせいで王宮が回らなくて迷惑している」と高らかに自爆自白し、しかも氷の副団長のガチ殺気つきで追い返されたのだ。宮務省のバシュレル伯爵も不正の証拠を握られている以上、うかつに手出しはできないだろう。


 そのおかげで私は、心置きなく副団長室と補給庫と事務室を行き来しながら、実に充実した日々を送っていた。


(はあ……平和ですわね……)


 朝は推しへ極上の深蒸し茶を淹れ、昼は帳簿と補給庫のUIを最適化し、夕方は訓練場の流れを見て必要なバフとタオルを差し込み、夜は翌日の動線スケジュールを組む。

 何という理想的な『推し活兼実務生活』なのだろう。


 しかも最近では、若手騎士たちがきちんと水袋の位置を固定し、補給棚の仕分けルールも崩さなくなってきた。自分の構築したシステムが現場へ完璧に根づくのを見るのは、なかなかに気分がいい。


「ルシア様! 予備紐、用途ごとに色を分けてナンバリングしておきました!」

「素晴らしいですわ」

「ルシア様! 討伐後の糖分補給、果実煮の代わりに干し果実でも代用可能かと!」

「ええ、悪くありませんわね。ですが水分が同時に取れませんから、夏場は果実煮優先です」


 うん。順調に育っておりますわね、第一騎士団。


 ……などと、そんな穏やかで尊い時間が続くはずだったのだが。


 それをぶち壊すように、本部正面からけたたましい伝令の声が響いたのは、その日の昼過ぎだった。


「急報! 急報です!!」


 会議室へ駆け込んできた伝令騎士は、土埃まみれのまま床へ膝をついた。


「隣国国境付近、グレイヴェル防衛線にて『大規模魔物暴走スタンピード』発生! 先遣隊の防衛線を突破され、周辺駐屯地より至急の増援要請です!」


 会議室の空気が、一瞬で凍てつくように張り詰める。

 団長が低く問うた。


「規模は」

「現時点で百を超えます! しかも単一種ではありません。牙猪、灰狼、さらには飛行型まで混じっております!」

「……スタンピードか」


 ローデン隊長が顔を険しくする。

 スタンピード(魔物暴走)。一定地域の魔素が乱れ、多種の魔物が群れごと狂暴化する、厄介極まりない災害だ。

 王都近郊の小規模討伐とは比べものにならない。しかも場所は隣国との国境付近。対応を誤り防衛線を抜かれれば、甚大な被害だけでなく外交問題にまで発展しかねない。


 団長は即座に決断した。


「第一騎士団、遠征編成に入る。第三、第四、第六隊を主力とし、補給班と医療班は最大規模まで拡大編成だ」

「はッ!」

「出立準備、最短で明朝だ!」


 会議室が一気に戦場のように動き始める。

 各隊長が立ち上がり、必要人員と装備を口々に確認する。広げられた広域地図の上で、街道距離、補給拠点、野営候補地が次々に割り出されていく。


 その喧騒の中で、私は一人、指先がすっと冷えるのを感じていた。


(……このイベント)


 前世の記憶が、脳裏で嫌な形に蘇る。


 乙女ゲーム『ルミナス・ロマンス』中盤の最大の山場。

 国境沿いで起きる大規模スタンピード。本来は攻略対象たちが一堂に会する合同イベントであり、ヒロインが安全な王都から“祈りを捧げる(何もしない)”名場面――などという体裁だったが。


 私にとって重要なのは、そこではない。

 この遠征イベントで、隠しキャラであるクライス様は『深手』を負うのだ。


 しかもルートによっては、その傷が後々までバッドエンドの要因として残る。

 無理な強行軍、兵站(補給)の遅延、過酷な夜営による疲労の蓄積、そして――想定外の『超大型個体』の出現。

 いくつもの悪条件が重なって、彼はいつも一番危険な前線で、一人で理不尽なダメージを背負わされていた。


(絶対に、絶対に止めますわ。推しの死亡フラグ(バッドエンド)なんて、私が全部へし折って差し上げます)


 胸の奥が、冷たく、そして熱く燃え上がった。


 私はもう、この世界を“ただのゲームだから”という目では見ていない。ここは現実だ。推しが血を流し、痛む世界だ。

 けれど、知っている危機なら未然に防げる。防げる可能性があるなら、王都で指をくわえて黙って見送れるはずがない。


 だが、その決意と同時に、一つの大きな壁が立ちはだかった。


 大規模遠征。国境付近。数日以上の野営が前提。

 つまり――当然、戦地だ。極めて危険だ。


 そんな場所へ、いくら有能とはいえ『ただの側仕え(元公爵令嬢)』である私が同行したいと言えば、止められるに決まっている。


 案の定、会議が補給と行程の話へ入ったところで、団長が真っ先にこちらを見た。


「ルシア嬢」

「はい」

「今回の遠征、お前の知恵と兵站スキルは借りたい。だが、同行はなしだ」

「……」

「本部に残れ。後方から補給案を回し、王都側の受け入れ・増援体制を整えろ。それで十分すぎるほど助かる」


 会議室の何人かが、ウンウンと深く頷いた。まあ、普通はそうなる。


 ローデン隊長も腕を組んだまま言う。

「今回は先日の小規模討伐とは次元が違います。国境まで数日、しかも相手はスタンピードだ。ルシア様の後方支援の重要性は痛いほど分かっていますが、危険が大きすぎる」

「ルシア様、安全な本部にいてくださった方が、俺たちも安心できます……」


 若い騎士まで、気遣わしげに口を開く。


 分かる。皆の言い分は痛いほど分かるのだ。

 むしろ、私を便利な道具としてではなく“守るべき非戦闘員”として気遣ってくれている時点で、王宮の連中とは大違いでありがたい。


 だが。


「お断りいたしますわ」


 私は、キッパリと言い放った。


 会議室が、シンと静まり返る。

 団長が、ゆっくりと眉を上げた。


「……何と?」

「私も、遠征に同行いたします」

「却下だ」

「承知できませんわ」

「ルシア嬢」

 団長の声音が、一段低く、厳格なものになる。

「これはピクニックでも遊びでもない」

「存じております」

「遠征だぞ。道中も、野営も、実際の戦場も、王都近郊の森とは勝手が違う」

「存じておりますわ」

「なら、なぜだ」

「推しの危機(死地)に同伴しない選択肢は、オタクの辞書には存在いたしませんの」


「…………」


 沈黙。


 しまった。

 決意が強すぎて、限界オタクの本音がそのままノーフィルターで出力されてしまった。


 会議室中の視線が、見事なまでに私へ集中する。

 若い騎士たちの何人かは「あっ、やっぱりそこなんだ……」みたいな生温かい顔をしていたし、ローデン隊長に至っては片手で顔を覆って天を仰いでいた。


 だが、私は気にしない。いや、少しは気にするべきなのだろうが、推しの命がかかっているのだ、体裁などどうでもいい。


 私はコホンと咳払いを一つし、氷の淑女の仮面を被り直す。


「……失礼いたしました。言葉が少々率直すぎましたわね」

「少々どころではないが?」

 ローデン隊長がツッコむ。


「正確な『戦術的理由』を申し上げますわ」


 私は迷いなく、卓上の広域地図へ歩み寄った。


「今回の遠征で最も重要なのは、前線の圧倒的火力ではなく、後方が“絶対に崩れないこと”です」

「何?」

 団長が目を細める。


「スタンピードは数が多い。しかも飛行型まで種が混ざっているなら、単純な殲滅戦ではなく、誘導、分断、補給、夜営、負傷者の搬送、全てが途切れることなく連続して噛み合わなければ、必ず前線が瓦解します」


 私は国境付近の地図を、スッと指でなぞった。


「道中の補給は、二日目で一度必ず崩れますわ。ここ、湿地帯を抜ける箇所で街道が細くなっておりますもの」

「……それは、そうだ」

「さらに、この辺りは夜霧が出やすい。暖を取るために火を焚けば飛行型を寄せる。焚かなければ、急激な冷えと疲労で翌朝の兵の動きが致命的に鈍る」

「……」

「本部で机上の空論プランを組むだけでは足りません。刻一刻と変わる現地で、その時々の消耗と流れを見て、リアルタイムで補給と野営環境を作り変える『現場監督マネージャー』が必要ですわ」


 誰も口を挟まない。私はさらに続けた。


「私は前線へ出るとは申しません。むしろ出ません」

「当然だ」

 団長が即答する。

「前線に出てもらっては困る」

「ええ。ですので、私は補給班と医療班の中間に位置取り、後方支援と野営管理の全権を担います」

「ルシア様……」

 若い騎士が心配そうに言う。

「それでも、野営地ごと襲われる危険はあります」

「危険は承知の上ですわ」

 私はハッキリと答えた。

「ですが、私が同行すれば、皆様の疲労と損耗デバフを確実に五割以上減らせます」


 その言葉は、もう感情論ではなかった。ただの冷徹な事実として、言った。

 小規模討伐で証明したはずだ。補給と整理(兵站)が完璧なだけで、騎士たちの生存率とパフォーマンスは見違えるほど変わる。

 ならばそれを、最も過酷な大規模遠征で使わない理由がない。


 ローデン隊長が、じっと私を見る。


「……そこまで言うなら聞くが、現地で具体的に何をするつもりだ?」

「まず、野営環境の完璧な整備ですわ」

 私は即答した。

「簡易防護結界の展開、乾燥床材の確保、温度管理、補給の効率的回転、負傷者動線の固定。あと」

 一拍。

「副団長が、お一人で無理(サビ残)をしないよう、私が24時間体制で見張ります」

「最後の私情が一番強えな!?」

「絶対に必要ですわ」

 私は真顔で言い切った。


 すると、会議室の端で誰かが「クッ」と息を詰めた。多分笑いを堪えたのだろう。

 笑い事ではない。あの人は本当に、自分の負担を最後回しにしてボロボロになるまで戦い抜いてしまうのだから。


 その時だった。


「ルシア」


 低い声が、真っすぐに落ちてきた。

 振り返れば、クライスがこちらを見ていた。会議が始まってからずっと無駄口を挟まず地図を見ていた彼が、ようやく口を開いたのだ。


「お前は残れ」


 胸が、ドクリと鳴る。

 ……来ると思っていた。一番そう言うだろう、私の安全を最優先にするだろうと分かっていたのも、この人だ。


「副団長」

「今回は違う」

 クライスは淡々と言う。

「道中も長い。王都近郊の任務とは危険度が別次元だ」

「承知しておりますわ」

「承知しているなら、本部に残れ」

「嫌ですわ」


 即答だった。

 クライスの綺麗な眉が、わずかに寄る。


「ルシア」

「申し訳ございません」

 私は一歩も引かずに言った。

「ですが、ここで安全な場所へ残るという選択は、私にはできません」

「……なぜだ」

「副団長の危機だからですわ」


 また本音が出た。いや、もういい。今さらだ。

 会議室の空気が微妙にザワつく中、私は真っ直ぐにあの蒼い瞳を見つめ返した。


「副団長は、きっと前線の一番危険な場所へ、誰よりも先に出られますわね」

「当然だ」

「だからこそ、その後ろは『完璧』でなければなりません」

「……」

「私は、そこでしかあなたのお役に立てませんもの」


 それは、飾らない私の本音だった。


 私は剣士ではない。前へ出て魔物を物理で殴る強さ(魔力)はあっても、それをするべきではない。

 けれど、背後を整え、流れを崩さず、消耗を極限まで減らすことなら誰よりも上手くできる。

 そしてそれが、クライスの剣を最も活かすのだ。


 そう信じている。


 クライスは、しばらく無言で私を見つめていた。

 その視線は相変わらず静かで、だがいつもより深く、何かを探るような色を帯びていた。


 やがて彼は、短く言った。


「……条件がある」

「はい」

「俺の指示から絶対に離れるな」

「かしこまりましたわ」

「前線へ出るな」

「もちろんですわ」

「無茶をするな」

「副団長も同条件でお願いいたしますわね」

「おい」

 ローデン隊長が思わず吹き出した。


 だが、クライスは笑わなかった。ただ数秒だけ沈黙し、それから小さく、仕方ないというように息を吐く。


「……同行を許可する」


 会議室が、どよめいた。


「副団長!?」

「本気ですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 騎士たちが一斉にざわつく。

 だが、団長だけは腕を組んだまま、じっとクライスを見ていた。


「……理由を聞こう」

「後方支援として、彼女の能力が必要だ」

 クライスが淀みなく答える。

「それに」

 ほんのわずかに間を置き。

「ルシアが現地うしろにいた方が、俺も動きやすい」


「…………」


 今度は、私の方が完全に固まった。


 今、何と?

『俺も動きやすい』?


 それはつまり。私の存在が。この人にとって。あの過酷な遠征先でも、不可欠だということ?


(む、無理ですわ……ッ!)


 心臓が大変なことになった。大気圏を突破して宇宙まで飛んでいきそうだった。

 だがここでニヤけて顔に出してはならない。私は死力を尽くして氷の淑女の顔面を保った。


「……恐れ入りますわ」

 声が少しだけ上ずったのは、多分気のせいである。


 団長はそんな私とクライスを交互に見て、それから「はぁ」と大きく息を吐いた。


「分かった」

「団長!?」

「条件つきだ。ルシア嬢は補給班・医療班・『副団長付き』の三重管理とする。位置は常に後方寄り。単独行動は一切禁止だ」

「承知いたしましたわ!」

「あと」

 団長がジロリと私を見る。

「絶対に無茶はするなよ」

「もちろんですわ」


 私はニッコリと微笑んだ。


 内心では、全力でサンバを踊りながら万歳三唱していた。

 やった。やりましたわ。

 推しの危機(死地)に、合法的に同行できる。しかも必要不可欠な仕事パートナーとして。


 最高である。

 いや、スタンピードという状況は全然最高ではないのだが、オタクとしての私の決意としては、この上なく正しい選択だった。


 ◇ ◇ ◇


 そこからの準備は、まさに怒涛デスマーチだった。


 遠征用補給表の完全再編。日数ごとの消耗・ロスの見積もり。野営資材の大幅追加。

 湿地対応の足元補助具、飛行型避けの魔力迷彩付き簡易天幕、夜霧対策の結界用魔石灯、負傷者移送用の軽量クッション寝台。


 私は猛烈な勢いで書き、指示し、走り回った。


「毛布は通常規定の一・五倍! 国境の夜の冷え込みを舐めないで!」

「保存食は硬すぎるものを除外! 咀嚼そしゃくに無駄な体力を使わせないで!」

「お湯用の大釜、絶対に必須ですわ! 野営の質(睡眠効率)は温かい湯の有無で劇的に変わります!」

「ル、ルシア様、それ全部荷駄に乗ります!?」

「乗せます! 乗らなければ削るのは副団長の着替えではなく、他の無駄な装飾品です!」


 若い騎士たちが半泣きで走り回る。

 だがその顔に不満はない。むしろ皆、妙に気合が入っていた。


「何か今回は、出発前から異常なほど整ってるな……」

「ルシア様が同行してくれるってだけで、安心感が段違いだ」

「いやまだ王都出てないんだけどな」

「でも違うんだよ!」


 その頼もしい会話を聞きながら、私は最後の荷のチェックリストへ目を通した。


 そして、そっと一枚の紙へ『特別追記』する。


 ――副団長用、予備の温熱布。

 ――苦味を抑えた深蒸しの携帯茶葉。

 ――夜間任務後用の、喉保護用の特製糖キャンディ


 ええ。遠征ですもの。推しのケアセットは当然必須ですわね。


「……また何か足したな」

「ひゃッ」


 本日二度目の不意打ちである。

 振り返れば、やはりクライスが背後にいた。本当にこの人は、どうしてこう足音という概念が存在しないのか。


「副団長……」

「俺の荷が、また増えている気がするが」

「必要不可欠な物資ですわ」

「俺の欄にだけ異常に偏っていないか」

「気のせいです」

「嘘をつくな」


 だが、その低い声に強い咎める色はなかった。

 むしろ、少しだけ呆れたような。世話焼きのオカンを見るような、困った響きだ。


 私はふんす、と胸を張る。


「遠征ですもの。最大火力である副団長の消耗管理(HP/MP維持)は、私の最優先事項でございます」

「俺だけではないだろう」

「もちろん皆様の分も完璧に計算済みですわ」

「ならいい」

「はい」


 ……結局、私の特別扱いは否定なさいませんのね。


 それが少し嬉しくて、でもやっぱり心臓には悪くて。

 私は荷札を結ぶふりで、赤くなった頬を隠すように視線を逸らした。


 ◇ ◇ ◇


 そして翌朝。


 まだ日が昇りきる前の王都東門前には、遠征用に最大編成された第一騎士団が整列していた。


 重装騎士、補給車、医療班、荷駄隊。

 空気はヒヤリとしていて、出陣前特有の重い緊張が満ちている。


 私はいつもの優雅なドレスではなく、遠征用に仕立て直した『実務特化服』を着ていた。

 動きやすい濃紺のロングスカートに、防刃補強入りの短外套、泥に強い革の編み上げ靴。腰には多数の小型魔道具を仕込んだポーチ。髪も邪魔にならないよう高めにキッチリと結い上げてある。


 鏡で見た時、自分でも少し驚いた。

 思った以上に“側仕え”ではなく、“従軍の特級補給官”みたいなガチの見た目になっていたからだ。


 若い騎士たちがチラチラとこちらを見ながら囁く。


「ルシア様、遠征仕様も似合うな……」

「いや、普通に格好いい」

「でも本人は多分、兵站ルートのことしか考えてないぞ」

「それがまた女神なんだよ……」


 聞こえておりますわよ。

 だが今はそれどころではない。


 私は東門の向こう、果てしなく続く街道を見た。


 この先に国境がある。

 百を超えるスタンピードがある。

 そして、ゲームのシナリオ通りなら、クライス様が深手を負う死地がある。


(絶対に、私が守り抜きますわ)


 その決意を胸へ深く刻み直した、その時。


「ルシア」

「はい」


 クライスが、立派な軍馬の馬上からこちらを見下ろしていた。

 朝の光を浴びる怜冽な横顔が、今日も今日とて目に悪いほど美しい。


「お前の位置は、俺の補給車のすぐ後ろだ」

「承知いたしましたわ」

「何かあれば、勝手に判断するな」

「必ず副団長へ確認します」

「そうしろ」


 短い言葉。

 けれど、その確認の一つ一つが、まるで私の存在を『自分の背中を任せる相棒』として当然に編成へ組み込んでいるみたいで、胸が熱くなる。


 先頭で、団長が高らかに号令をかけた。


「第一騎士団、大規模魔物討伐遠征! 出るぞ!!」


 一斉に、馬が動き出す。

 荷駄が軋み、車輪が石畳を重く鳴らす。

 王都の巨大な門が、ゆっくりと開いていく。


 私は補給車の横へつき、前を行くクライスの大きな背中を見た。


 遠征の始まりだ。

 危険な道のりだろう。厳しい戦いにもなるだろう。

 それでも。


 推しの危機に、同伴しない選択肢など、オタクには最初からなかった。


 こうして、第一騎士団の大規模遠征は幕を開ける。


 その先に待つ過酷な野営も、魔物の群れも、そして――ゲームの知識すら超える『想定外の脅威』の存在も、この時の私はまだ知らなかった。


 ただ一つだけ、確かなのは。

 私はもう、推しの背中を安全な王都から見送って祈るだけの、無力な女ではないということだった。



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