第12話 小規模な魔物討伐と、後方支援の極意
「王都北東、三番街道沿いの森にて、群生型の牙猪が確認されました」
朝の会議室で、若い伝令騎士が地図を広げながら報告した。
「数はおよそ十五から二十。まだ小規模ですが、このまま放置すれば街道へ下りてくる可能性があります」
「住民被害は?」
クライスが短く問う。
「現時点ではなし。ただ、商隊が二つ足止めされています」
「討伐だな」
ローデン隊長が腕を組んだまま言った。
「数だけ見りゃ大した相手じゃないが、森に散られると面倒だ」
私はそのやり取りを聞きながら、机上の簡易地図へスッと視線を落としていた。
牙猪。
突進力が高く、群れで動く中型魔物。一体一体はそこまで厄介ではないが、森の中で散開されると追撃に手間がかかる。
しかも、討伐自体より厄介なのは“帰り”だ。
第一騎士団なら勝てる。そこは微塵も疑っていない。
だが、『勝つこと』と『疲弊せずに勝つこと』は、現場運用において全くの別問題である。
「副団長、本部詰めの人数は?」
「最低限を残す。第三隊、第四隊から選抜」
「負傷想定は軽傷中心、補給は半日分で足りるかと」
ローデン隊長が地図の上へ指を置く。
私は、そこで静かに口を開いた。
「いいえ。補給は一日分。いえ、正確には“半日で終わっても余る設計”にすべきですわ」
会議室の視線が、一斉にこちらへ集まる。
ローデン隊長が片眉を上げた。
「半日で足りる任務だぞ?」
「ええ。ですが“足りる”と“快適に戻れる”は違いますもの」
私は地図へ歩み寄った。
「森へ入るなら、帰りは足元が荒れます。牙猪は追い込み時に必ず散りますし、回収班の動きも鈍るでしょう。討伐後の現場確認と事後処理まで含めれば、予定より一刻ほど遅延するリスクが高いですわ」
「……まあ、なくはないな」
「その時、空腹と水切れが始まった状態で帰路につくのと、余裕を残して戻るのでは、翌日の疲労回復度が桁違いです」
私は地図上の『森の入口』を指先で軽く叩いた。
「それに、街道沿いなら避難商隊への最低限の配給も視野に入れた方がよろしいかと。王都防衛の要として、民衆へのアピール(印象)も悪くありませんわ」
「印象まで考えるのか」
ローデン隊長が妙な顔をする。
「当然ですわ。騎士団は魔物に勝つだけでなく、民に安心を届ける組織でしょう?」
「……ルシア様、たまにものすごく真っ当なこと言いますよね」
「たまにとは失礼ですわね。常に真っ当ですわ」
若い騎士たちが小さく笑った。
クライスは地図を見たまま、短く言う。
「ルシア」
「はい」
「その補給案を組めるか」
「もちろんですわ。一瞬で」
「同行しろ」
「……はい?」
思わず聞き返した。
同行。
今、確かにそうおっしゃいました?
つまり、小規模とはいえ、討伐任務(野外活動)に。私が。推しと。一緒に?
(推しと、野外任務……!?)
危うく顔に出しかけた限界オタクの歓喜を、私はどうにか丹田へ呑み込んだ。
落ち着きなさい、ルシア。これはピクニックでもデートでもない。れっきとした騎士団の任務である。そう。そうなのだけれど。
「補給と現地での兵站整理を任せる。できるな」
「……かしこまりましたわ」
推しからの直々の同行命令。断る理由など、宇宙のどこを探しても一ミリもない。
◇ ◇ ◇
出発までの二刻。私は騎士団本部を文字通り縦横無尽に走り回った。
「水袋は人数分プラス六!」
「え、六も増やすんですか?」
「現地の商隊への配給分ですわ! あと傷の洗浄用に予備を二つ!」
「は、はいッ!」
「保存食は乾きすぎたものを避けてくださいまし! 塩気の強いものばかりだと無駄に喉が渇いて水分の消費が早まります!」
「こっちの干し肉は?」
「それは帰還後用ですわ! 現地では薄焼きパンと柔らかい燻製肉、あと果実煮を!」
「果実煮まで!?」
「当然でしょう! 疲労時の脳と筋肉に糖分は必須ですわ!」
さらに私は、簡易治療箱、浄水用の魔道石、予備の手袋、捕縛用の縄、負傷者搬送用の折り畳み式布担架まで、完璧な導線で荷車へ積み込ませた。
若い騎士たちは最初こそ目を丸くしていたが、途中からは完全に私(現場監督)の指示へ従う流れになっていた。
「ルシア様、野営じゃないのにここまで必要です?」
「必要ですわ。日帰りだからこそ“まあなくても何とかなる”という油断が後で致命的に響きますの」
「こ、細かい……」
「兵站(後方支援)とは、ミクロな細かさの積み重ねでマクロな勝利を掴むものですわ」
私はふんす、と胸を張った。
ええ、分かっておりますとも。今の私は若干張り切りすぎている。
だって初の正式同行任務なのだ。しかも推しの役に立てる。さらに推しが率いる騎士団全体の生存率とパフォーマンスを底上げできる。
これを全力でやらずして、オタクの存在意義がどこにあるというのか。
(推しの剣の冴えは、後方の整い具合でさらに圧倒的に輝きますもの……!)
前世で散々学んだ。優秀な人間ほど、インフラと補給が整えば爆発的に伸びる。
そしてクライス様のような“自分の負担を後回しにしがちな孤高の天才”は、なおさら外側から環境を強制的に整えてやる必要があるのだ。
出発前、私は副団長用の荷へ、こっそり薄手の外套を追加した。
朝は暖かくとも、森の影は冷える。多分、言わなければあの人は軽装のまま行く。
その時。
「何を入れた」
「ひゃッ」
真後ろから低い声がして、私は文字通り飛び上がった。
振り返れば、クライスが立っている。いつの間に。相変わらず足音が仕事をしていない。
「ふ、副団長……」
「俺の荷に、何を足した」
「薄手の外套ですわ。森の影は冷えますもの」
「なくてもいい」
「副団長は絶対にそうおっしゃると思いましたので、先に入れておきましたの」
「……」
クライスは一瞬だけ荷袋を見、それから私を見た。
「お前は本当に、余計なところまで気が回るな」
「余計ではございません。必要なところですわ」
「そうか」
「はい」
私はニコリと淑女の微笑みを浮かべた。
内心ではもちろん大カーニバルである。
推しに至近距離で話しかけられた。しかも手荷物チェック。何それ日常感がすごい。尊い。
だが、それ以上に嬉しかったのは。
クライスが結局、その外套を荷から抜かなかったことだった。
◇ ◇ ◇
王都北東の森までは、馬で一刻少々。
小規模討伐とあって全体の空気は張りつめすぎてはいないが、それでも出動となれば騎士たちの顔つきは鋭い。
私は補給車の横へつき、道中ずっと物資の最適化と進行速度の調整を指示していた。
「第三隊は行きのペースが早すぎますわね! 帰りの脚力を少し残してくださいまし!」
「え、今のうちに距離を詰めた方が」
「早く追いつくことより、戻る時に陣形が崩れないことの方が重要ですわ!」
「……なるほど」
途中、小休止を入れた時には、すでに水袋を取り出しやすい位置へ展開させておいた。
騎士たちは最初こそ「そこまで?」という顔をしていたが、休憩終わりに『誰も荷の紐を探してもたつかなかった』のを見て、揃って衝撃を受けた顔になった。
「すげえ……」
「何がどこにあるか一目で分かるぞ……」
「しかも荷物を探す時間がない分、休憩時間いつもより短く済んだ」
私は当然のように答えた。
「休憩とは、休むための時間であって、荷物を探すための時間ではありませんもの」
ローデン隊長がブフッと吹き出した。
「騎士団全員に百回聞かせたい台詞だな!」
「今までは違ったんですか?」
若い騎士が聞く。
「だいたい皆、疲れてるから適当に置いて、出発時に適当に探して時間食ってた」
「ええい、だからそういう無駄が多いのですわ!」
思わず声が大きくなった。
いけない。つい前世の社畜魂が表へ出た。
だがその時、少し離れた位置で馬を降りていたクライスが、こちらへ視線を向けた。
私は反射的に居住まいを正す。
「……失礼。少々、熱くなりましたわ」
「いや」
クライスが短く言う。
「その通りだ」
(今、推しが全肯定してくださいましたわね!?)
危ない。頬がだらしない形に緩みそうになる。
私は咳払いひとつで、鉄面皮を再構築した。
◇ ◇ ◇
森へ入ってからは、私の仕事はさらに細かく、システマチックになった。
主戦力が前へ出る以上、後方は絶対に乱れてはならない。
私は森入口の少し開けた場所へ簡易補給拠点を展開し、水、治療箱、回収用縄、予備武器を『即座に出せる順(アクセス順)』で並べた。
「水は右! 治療箱は左! 回収班の縄は後ろですわ!」
「了解!」
「負傷者が出たらまずここへ! 森の奥で立ち止まらないで!」
「はッ!」
さらに、支援魔法をかけるにしても、前線へ出過ぎては私が足手まといになる。
私は一定距離を保ちながら、魔力の波長で騎士たちの位置座標を把握し、必要に応じてピンポイントで軽い補助を飛ばしていく。
「第三隊、左へ二歩下がって! 牙猪が右へ抜けようとしています!」
「森で見えないのに、見えてるのか!?」
「感じておりますの!」
実際、魔力反応と地面の揺れ(ソナー)で大体分かる。
やがて前方から、甲高い魔物の咆哮と剣戟、そして地面を蹴る重たい音が響いた。
始まったのだ。
私は胸の前で指を組み、深く息を吸う。
「《軽身(アジリティUP)》《集中補助・低出力》《疲労緩和》」
銀の光が、前線へ散った。
今回は“うっかり高出力(リミッター解除)”など許されない。あくまで低出力で、広く、乱れず、全体に持続する最適な補助。
群れ相手の小規模戦では、個人の爆発力より全体の足並み(シナジー)が重要だ。
前方で、騎士たちの動きが見違えるように揃う。
追い込みが早くなる。無駄な連携ミスが減る。
ローデン隊長の笑い混じりの声が飛んできた。
「ははッ、これだよこれ! 今日は羽が生えたみたいに脚が軽ぇ!」
「調子に乗らないでくださいまし!」
「了解、ルシア様!」
そのやり取りに、周囲の若い騎士たちが妙に元気よく応じる。
よろしい。完全に統率が取れてきましたわね。
そして、前線中央。
クライスの剣は、今日も圧倒的だった。
森の影を裂くような踏み込み。牙猪の突進を最小限でずらし、そのまま首筋へ正確無比な一閃。
二体目、三体目。
速いだけではない。静かだ。必要以上に騒がず、暴力的なまでの美しさで場を支配していく。
(尊い……無理……眼福……)
こんな状況でも、私は思わず見惚れてしまう。
だが見惚れているだけでは終わらない。彼が次にどこへ動くかを完全に先読みし、その進路上の騎士へ軽い補助を飛ばして邪魔な魔物を散らす。
推しの剣が最大限に活きるよう、周囲の流れを整える。
そう。私は今、推しの戦場を完璧に最適化している。
何これ。オタクとして最高では?
「ルシア様! 一体抜けました!」
「左手の茂み、回り込みます! 第二隊、前へ!」
「了解!」
私は声を飛ばし、同時に補給拠点の『水』を一つ前方へ回した。
抜けた一体はすぐに処理されたが、その時すでに息が上がりかけていた若手騎士の手元へ、ドンピシャのタイミングで水が届く。
「え、もうあるんですか!?」
「戦闘中に水を探す時間はありませんわ! 飲んだらすぐ陣形へ戻りなさい!」
「は、はいィッ!」
こうして戦いは、予定よりもずっと整然と進んだ。
結果だけ見れば、ただの小規模討伐だ。だが、その“ただの討伐”を気持ちよくノーダメージで終わらせるのがどれだけ至難の業かを、私は前世のデスマーチ経験で骨の髄まで知っている。
◇ ◇ ◇
討伐自体は、一刻もかからず終わった。
最後の一体が倒れた後、騎士たちが息を整えながら戻ってくる。
大きな怪我はなし。かすり傷と打撲が数名。上出来だ。
だが、本当に兵站の差が出るのは『ここから』である。
「はい、こちら水ですわ! 一気に飲みすぎないでくださいまし!」
「うま……ッ、生き返る……」
「甘味はこちら。果実煮を一口入れてから塩気へ移ってください」
「え、何ですこれ、疲れた身体にめっちゃ染みる……!」
私は次々に補給を回した。
さらに簡易布で泥を落とさせ、負傷箇所を洗浄し、回収班へ縄と袋を渡し、避難していた商隊への配布分もすぐにまとめる。
騎士たちの顔色が、目に見えて違った。
いつもなら討伐後はどっと疲れが出て座り込む者が続出するはずなのに、今日はそれが極端に少ない。誰も水袋を探してもたつかない。誰も「何がどこだ」と怒鳴らない。
若い騎士の一人が、果実煮入りの小さな器を手にしたまま呆然と言った。
「……何これ」
「補給ですわ」
「いや、そうじゃなくて。何でこんな、討伐が終わった瞬間に全部『ある』んです?」
「必要だからですわ」
「そんな、魔法みたいに当然みたいに……」
別の騎士も深く頷いた。
「普段、討伐後ってもっと泥みたいにぐったりするのに」
「今日は不思議なくらい身体が楽だ……」
「ルシア様、後方支援って、ここまで劇的に違うものなんですか?」
私は少しだけ肩をすくめた。
「違いますわよ。皆様が無駄に消耗しないよう動線を整えれば、その分だけ余力が残る。ただそれだけですわ」
「いや、それを完璧に整えるのがバケモノじみてるんですって……」
ローデン隊長が、グイッと水を飲んでから大きく息を吐いた。
「これは……あれだな」
「何ですの?」
「ルシア様、もう第一騎士団の『生命線』では?」
「大袈裟ですわ」
「いや全然大袈裟じゃねえ」
その時だった。
「ルシア」
低い声に振り返ると、クライスが戻ってきていた。
剣は収められ、外套の裾に少し泥がついている。だが呼吸はほとんど乱れていない。
さすが推し。今日も圧倒的に格好いい。
「はい」
「補給を」
「こちらに」
私は待っていましたとばかりに、最適な温度の水と果実煮を差し出した。
クライスは無言で受け取り、一口水を飲み、それから小皿の果実煮へ怪訝そうに視線を落とす。
「……これも必要か」
「必要ですわ」
「甘いものだぞ」
「だからこそです」
「……」
「副団長は、戦闘後ほどご自身の消耗を軽視なさいますもの」
クライスは一瞬だけ私を見た。
その蒼い瞳に、若干「よく分かっているな」という色が混じる。
ええ、もちろんですとも。あなたの生態は、公式設定資料集の隅から隅まで可能な限り観察しておりますので。
やがてクライスは果実煮を一口食べ、短く言った。
「悪くない」
「恐れ入りますわ」
内心の私は当然大喝采である。
推しが補給を受け入れてくださった。しかも評価つき。生きていてよかった。
◇ ◇ ◇
帰り道、環境整備の違いはさらに明確になった。
いつもの討伐帰還なら、誰かしら足を引きずり、全体が重たく沈黙して歩く。
だが今日は違った。
「おい、思ったより全然元気じゃないか俺たち?」
「確かに。まだ剣振れそう」
「それはフラグだからやめておけ」
騎士たちの声が明るい。
疲労はもちろんある。だが、“完全に潰れる疲れ方”ではないのだ。
補給車の横を歩きながら、若い騎士がしみじみと言った。
「今まで俺たち、終わった後のこと適当すぎたんですね……」
「ようやくお気づきになりましたの?」
「はい……」
「結構ですわ。学びとは、気づいた瞬間から価値になりますもの」
「何か今日、ルシア様の言葉が全部やたら刺さる……」
失礼ですわね。私はいつだってそれっぽいのではなく、真理を申し上げております。
その時、前方を歩いていたローデン隊長がクルリと振り返った。
「よーし、今後の討伐任務、補給と後方は全部ルシア様監修な!」
「異議なし!」
「なしです!」
「むしろ一生お願いします!」
ちょっと待ちなさいませ、と思ったが。
騎士たちの目が妙に真剣だったので、私は口をつぐんだ。
……なるほど。
これはもう、信頼というより。
(若干、宗教的な崇拝が混じっておりますわね……?)
いや、まあ。推しの組織の役に立っているなら結構なのだけれど。
私は少しだけ苦笑し、それから前方のクライスを見た。
彼は歩みを緩めず、だがこちらの会話は聞こえているらしい。
「副団長」
「何だ」
「今後も、私が同行補給案を組ませていただいてよろしいかしら」
「そうしろ」
「……はいッ」
即答だった。
それだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
必要とされること。頼られること。
それが、こんなにも嬉しいなんて。
本当に、ここへ来てよかった。
◇ ◇ ◇
王都へ戻った頃には、夕暮れが落ち始めていた。
本部前で馬を降りた討伐隊の騎士たちは、いつもより明らかに足取りが軽い。
その異常さに気づいた本部詰めの騎士たちが、目を丸くしていた。
「え、もう戻ったんですか?」
「しかも皆、全然ボロボロじゃないぞ!?」
「何があった?」
すると、真っ先に答えたのは若い第三隊の騎士だった。
「何って……ルシア様が全部完璧だったんだよ」
「全部?」
「補給、支援バフ、陣形整理、帰りの配給、全部!」
「討伐終わった瞬間に水と甘味が出てきたんだぞ! あり得るか!?」
「負傷処置も、道具の位置も、何も探さなくてよかったんだ!」
言葉が熱を帯びていく。
気づけば他の騎士たちまで、口々に興奮気味に語り始めていた。
「森の入口に完璧な補給拠点作ってたんだよ!」
「しかも俺たちが戻る前提で、並び順までミリ単位で組まれてた!」
「副団長の神速の動きに合わせて、全体支援も入ってたぞ!」
「本当に……女神だった……」
私は本気で少し居たたまれなくなった。
やめてくださいまし。そんな大声で持ち上げられると、私がまるで何かの救世主みたいではないか。ただの事務処理の延長です。
だがその時、本部詰めの騎士が真顔で言った。
「……つまり、ルシア様がいれば討伐の質までハネ上がる?」
「上がるどころじゃない」
ローデン隊長が断言する。
「俺たち、今日びっくりするくらい消耗してない」
「は?」
「後方支援が完璧だと、こんなに世界が違うのかってくらい違う」
「ええ……」
本部詰めの面々が、ゆっくりとこちらを見た。
その目が、なんだか妙に血走ってキラキラしている。
(あっ)
これは駄目な流れだ。
「ルシア様!」
「今度の巡回再編の導線も見ていただけませんか!?」
「南門交代時の補給マニュアルも!」
「あと訓練後の軽食案とかも……!!」
一斉に押し寄せてきた。
私は思わず半歩引きかけたが、その前に。
スッ……と横へ、一つの大きな影が立つ。
クライスだった。
「群がるな」
低い、短い、だが圧の強すぎる一言。
それだけで騎士たちは見事にピシャリと口を閉ざした。本当にこの人の統率力はすごい。
クライスはそのまま、前を見たまま告げる。
「ルシアは、俺付きだ」
「……ッ」
胸が跳ねた。
いや、もちろん事実だ。事実なのだけれど。
そんな風に、皆の前で独占欲めいた響きで改めて言われると、少々心臓へ悪い。
騎士たちは一瞬シュンとしたが、次の瞬間には妙な納得顔になった。
「まあ、そうだよな……」
「副団長専属だもんな……」
「むしろあの副団長が手放すわけないか」
「それはそう」
やめてくださいまし。その納得の仕方は、私の精神衛生上、大変よろしくないですわ。
私は軽く咳払いをして、限界オタクのパッションを整えた。
「皆様のご要望は、順次『書面』で受け付けますわ」
「書面なんだ!?」
「当然です。口頭は言った言わないの混乱の元ですもの」
「やっぱりルシア様だ……」
「むしろブレなくて安心した」
また妙な信頼が積み上がった気がする。
◇ ◇ ◇
その夜、副団長室で討伐報告の整理をしていると。
クライスが、ふと書類から手を止めた。
「ルシア」
「はい」
「今日の後方支援だが」
「はい」
「よく機能していた」
私は思わず、顔を上げた。
推しからの、静かな称賛。しかも今回はかなり具体的だ。
「ありがとうございます」
「討伐後も、全員の動きが落ちなかった」
「補給と順路が整っておりましたから」
「……そうだな」
クライスは少しだけ視線を落とし、それから続けた。
「お前がいると、全体が崩れにくい」
その言葉に、私はしばし返事ができなかった。
『全体が崩れにくい』。
それは多分、裏方にとって最高の評価だ。
私は戦場の主役ではない。剣を振るうわけでも、前に立つわけでもない。
けれど、全体を崩れにくくできるのなら。あの人の、騎士団の戦いを支えられるのなら。
それは、私にとって何より誇らしいことだった。
「……副団長のお役に立てたなら、光栄ですわ」
「俺だけではない」
クライスが言う。
「騎士団全体だ」
だめだ。その言い方は、嬉しすぎる。
私は完璧な微笑みを保ちながら、机の下でそっと小さく拳を握った。
その頃、第一騎士団の若手騎士たちの間では。
「ルシア様、もはや後方支援の神では?」
「いや聖女だろ」
「書類の聖女で、補給の女神で、しかも副団長専属……」
「属性盛りすぎじゃないか?」
などという、だいぶ好き勝手な会話が交わされ始めていた。
そしてその認識は、翌日にはさらに一歩進み。
気づけば私は、一部団員からひそかに“騎士団の勝利を呼ぶ福の女神”のような扱いで、ガチで拝まれ始めることになるのだった。




