第5話 一難去ってまた一難
「さて、一件落着な雰囲気だが、実はぜんぜん落着していないんだ」
夜明けの前に、一旦エカード先生の自宅に戻り、私たちは改めて向き合った。
いくらか雰囲気が柔らかくなった先生だけど、そのピリッとした口調に私は思わず背筋を伸ばす。
先生の家は平屋で、寝室と居間が一緒になっている。奥にも部屋はあるみたいだけど、ほとんど物置になっていて使ってないらしい。
私とエカード先生は、居間のテーブルについている。ちなみに、お互い服がズタボロになってしまったので着替えている。
先生は自前の服を。私は先生に借りたシャツとズボンに身を包んでいる。ぶかぶかだ。
「カトリーナ。君のおかれている状況は、だいたい把握している。継母のハリエット夫人が勝手に持ちかけた縁談を、あろうことかそのパーティで婚約破棄して宮殿を飛び出したと。間違いないな?」
「はい……」
「顔をうつむけるな。君がしでかしたことだろ」
おっしゃるとおりです。私は猫背になった背中をピンと伸ばした。
先生が咳払いする。
「その噂は昼間に聞いたんだ。君を探すために騎士団まで発動したらしく、王都のあちこちにそれらしき連中がうろついていた」
「うーわー……そんなことになっていたとは」
苦笑混じりにつぶやくも、少し違和感を覚える。
「あら? 先生、王都にいらっしゃったのですか?」
「え? あぁ……まぁ。商売の手を広げようとしてな。でも騎士団がいたからすぐに退散したんだ」
先生は腕を組み、気まずそうに目を閉じて言った。
「そうでしたか」
なるほど。奇しくも先生の悪行を止めることに成功したのね。
「君のおかげで商売上がったりだよ」
「そうですか」
「おかげで王都で待ち合わせていた業者との約束をすっぽかす羽目になり、せっかくの大金を逃した。わかるかい? 君のせいで僕のこれからの生活が風前の灯なんだ」
なぜ私が責められるのでしょうか……。
チクチクとしたエカード先生の言葉に私は納得がいかない。
「その大金をはたく業者というのは合法なのでしょうか? どうにも非合法なニオイがプンプンするんですが」
私も目をすがめて言ってみると、先生はムッとした顔つきになった。
「子どもはそんなこと知らなくていい」
「私、もう十八ですけど」
「……え、そうなの?」
虚を突かれたように驚くエカード先生。指で数えはじめ、うろたえている。
天才錬金術師がそんな簡単な計算もできないのは嘆かわしいですよ。
「十八っていったら、もう成人?」
「えぇ、そうですよ。立派な大人です」
「えー……嘘だろ。あの小さかったおこちゃまが……はぁ、僕も歳をとったわけだ」
「よしてください。先生はまだ二十きゅ」
「あー! うるさい! 聞こえない! 僕の年齢はもういつからか数えてません!」
耳をふさいで抵抗するエカード先生。
そんなの威張って言うことじゃないでしょうに。
「ともかく、大人なら君が責任をとれ! 僕の仕事の邪魔をしたんだから!」
「あいにく私はもう家出した身ですから、びた一文も出せません!」
大人げなく怒る先生に対し、ふんぞり返って言う私。
言ってることはどっちもどうしようもない。我に返ると、言いようのない虚しさを覚え、私たちは同時に椅子に深く沈んで項垂れた。
「君はどうして僕のとこに来たんだ?」
やがてエカード先生が疲れた声で訊く。
「そりゃ、実家の外で知り合いといえば先生しかいませんから」
「だからって、こんな怪しげな商売している独り身の男のもとへ来ようとは。考えなしに突っ走ってるな」
「はい。でも、エカード先生は私をそういうふうには見ないでしょう? おこちゃま扱いしてるようですし?」
「根に持つな。悪かったよ。立派なレディに失礼だった」
先生は片手を上げて真剣に謝る。悪ぶっててもこういうところが真面目なのよね。
私はおかしくなり、笑いを押し殺しながら思案した。
「単純に会いたかったんです。私のことを理解して、好きなようにさせてくれる人……お父様以外には先生しか思いつきません。きっと私はもう一度エカード先生に会って、自分の道を示したかったんですよ」
自分のことだけど、明確になりたいものがあるわけじゃない。
でも、自分の能力を活かせることがしたい。思いっきりやりたい。もっともっと自由になりたい。
私の底知れない欲求は不透明でしかもワガママ。令嬢にはふさわしくないことだろうけど、自分が選んだ道ならきっと後悔はしない。それがどんなにいばら道だとしても。
「そうか……」
エカード先生は静かに言うと、指を組んで小さく笑った。
「君には、僕と同じ道を歩ませたくなかったのになぁ……そうなってしまったか」
「そんなことを考えてらしたんですか?」
「あぁ。これでも君の子守を三年間勤めてたんだ。君の危うさはわかってるつもりだよ」
やっぱり子ども扱いするのね。
「なぁ、カトリーナ」
穏やかな声音のエカード先生に、私はムスッとした顔で「はい」と返事する。
「君のその能力と、僕の錬金術ですごいものを作らないか?」
「へ?」
思いもよらない提案に、私は間抜けな声を返してしまう。
すごいもの? 私の鍛冶スキルと先生の錬金術で、なにを作るの?
「君のスキルは、錬金術で素材を生成したものを使えば、もっといいものができると思うんだ。さっき君が言ってたように魔力の安定ができるような道具で作成すれば……そうだな、魔道具や魔剣なんかも」
「魔剣!?」
すぐさま食いつく私。前のめりになって顔を近づけると、先生は驚いたように少し引いた。
「うん。そういえば、ライデンシャフト伯爵は魔剣を所有していただろ。あれも見事なものだった。造形はもちろん細かい刻印もされて、かつ精錬された魔力が込められていて、実に惚れ惚れする……って、どうした、カトリーナ」
私はなぜか顔から火が出そうになっていた。
先生に褒められるのは嬉しいけれど、なんかこう、別の違う感情がこみ上げてくる。
なんだろう、これ。言葉にするなら……ええと、そう、羞恥心!
「カトリーナ? 熱でも出たのか?」
「ち、違います……あの、その魔剣のことを思い出すと、妙に胸の内がゾワッとするというか、恥ずかしさに耐えられないといいますか」
「なんで君が恥ずかしがるんだよ」
「わかりません! でも、むず痒い気持ちが出て……その、あの魔剣を、手直ししたくて仕方なくなるんです!」
私は顔を両手で覆って訴えた。
でもこの気持ちは先生には伝わらない。首をかしげて怪訝そうにしている。
「うーん……そういえば、昔もそんなことを言ってたっけな。お父上の魔剣を見て、恥ずかしくなるから手直ししたいと」
私も思い出した。まだ小さかった私は石と小枝でハンマーまがいのものを作って、お父様の魔剣をぼんやり見ていた。それを不思議に思ったエカード先生が訊ねたことがある。
「そうか。あの頃から君の気持ちはそこにあったわけだ。じゃあ、なおさらこの提案は君にとって最善じゃないか?」
「う……うーん」
恥ずかしさに耐え、真剣に考えてみる。
確かに魔剣は作りたい。むしろお父様の魔剣よりももっと造形も細部までこだわって、納得のいく一品を作り上げたい。それが鍛冶職人としての最大の誉れ──!
って、また私は変なことを考えてる。
鍛冶職人としての最大の誉れってなによ。私はライデンシャフト家の令嬢、カトリーナ。鍛冶職人だったことは一度もないわ!
でも、この令嬢らしからぬ奇妙なスキルを活かせるなら、その手を取らない手はない!
「エカード先生のお力になれるでしょうか?」
「もちろん。僕の夢も君の夢も同時に追いかけることができるだろう」
「先生の夢、ですか?」
「あぁ。言ったことなかったか?」
はて。聞いたような、聞いたことないような。幼い頃の記憶は曖昧になってしまうものね。
首をかしげていると、エカード先生は一息ついて言った。
「学術研究所に入ってからずっと僕は、自分の想像を活かす物を生み出したいと考えていたんだ。でも、僕にはイメージ通りに作れるものが薬しかない。僕は天才だが、万能じゃないからな」
なるほど。
「あ、もしかしてそれで勝手にいろいろ作っては素材をダメにしてクビに……」
ピンとひらめいたことをそのまま口にすると、先生は今まで見たことないくらいニッコリと穏やかに微笑んだ。
エカード先生、圧が……圧が強いです……!
「さぁ、どうする? 僕と手を組んで自由をとるか、このまま実家へ戻って不自由をとるか。君が僕を選ぶなら、ここでの生活を保証しよう」
「ぜひ!」
思考する間もなく先生の手を取る。
「では、よろしく。カトリーナ」
「はい! よろしくお願いします!」
これから新しい生活が幕を開ける。その希望で胸がいっぱいになった。
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次回は第二章です。




