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第4話 その魂が導く先に

「そこまでよ!」


 男たちが群がり、誰かを痛めつけている。

 それは紛れもなくエカード先生だった。地面に伏し、されるがままになっている。

 私は手に持った武器を向けて男たちを威嚇した。


「先生から離れなさい!」


「なんだぁ? お嬢様が一人で勇ましいことだなぁ!」


 ゲラゲラ笑う男たち。下品極まりない。


 私はゆっくり近づきながら、クロスボウをまっすぐ男たちに向ける。

 それは私の腕の長さほどで、ランクの低い木材を寄せ集めて作成したもの。ハンドルを引けば矢が飛び出すようになっている。けれど、矢までは作れなかった。


 その武器の全容が見える位置に来たら、男たちはさらに大笑いした。


「お嬢様、そんなもんじゃいくら飛ばしても、矢は突き刺さりませんぜ!」

「どんな武器かと思えば、矢ナシのクロスボウとはなぁ! こりゃ笑いが止まらねぇ!」


「うるさい! 今に見ておけ!」


 怒りで血が昇った私の口から、ドスのきいた声が飛び出す。

 この勇ましさに、男たちはわずかに目を丸くして笑いを止めた。

 それでもニヤけ顔のままで、本当に不快だわ。


「カトリー、ナ!? おい、何やって……」


 エカード先生が私の姿を見て驚愕する。

 やっぱり私のこと、覚えててくれてるじゃない。


「先生を傷つける者は何人たりとも許さない……ハァッ!」


 強い掛け声をあげ、私はクロスボウのハンドルを引いた。


 弦を強く引っ張ると同時に、私の体から魔力がクロスボウに集中する。光の粒が一気に武器へ集まり、キーンと強く甲高い音が鳴る。

 そして集まった光は矢となり、男の一人に命中した。


「ぎゃっ!」


 鈍い悲鳴を上げて男が倒れる。これに他の男たちはなにが起きたのかわからず、目を白黒させる。一拍おいて、全員の目つきが変わり、私にジリジリとにじり寄ってきた。


「やめろ! カトリーナ! 逃げろ!」


 エカード先生が立ち上がろうとし、よろけてしまう。

 そんなになるまで私を逃がそうとするなんて。


 あぁ、絶対にこの人たちを許さない!


 もう一発、矢を放とうと集中する。クロスボウを向けられた男は私の光の矢に当たり、しばらく痛みでうずくまっていた。

 でもすぐに立ち上がる。


「致命傷まではいかねぇな。しかし、なんだその武器……妙なもんを使いやがって!」


 下卑た笑いを隠しもせず、男たちは私を組み敷こうと手を伸ばしてくる。

 クロスボウのハンドルを引くも、私の魔力が追いつかない。

 一人は無謀。わかってる。今の私じゃ、こんな力だけの男たち一人も倒せない。

 焦るな。集中して確実にやれば、もっと強い威力が出せるはず……


「あっ!」


 後ろに下がったとき、かかとに木の根っこが当たり、思わずよろけてしまう。

 それがこの場の形勢を変えた。男たちの動きに追いつかない。


 そのとき、一陣の風が吹き、私の肩を抱いて支える人のぬくもりを感じた。


「え?」

「まったく、無茶するな」


 傷だらけのエカード先生が、いつの間にか私を支えてくれている。


「先生……」

「カトリーナ、僕の合図でこれを引け」


 素早く耳打ちする先生の言葉に、私はすぐにうなずく。

 一緒に持つクロスボウに、エカード先生の魔力が注がれる。すごい、強大なパワー。その輝きはダイヤモンドすら凌駕するほどで、向かってきた男たちの目をくらました。


「うわっ、なんだ?」


 どよめきの声が立つ。立ち止まった男たちを見て、先生が小さく笑う。


「今だ!」

「はい!」


 先生の合図で私はハンドルを引いて魔法の矢を放つ。

 大きなそれは空気に触れて霧散し、大きなミミズクのような形を作った。光のミミズクが男たちの体を貫いていく。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 無数の悲鳴はそう長くは続かず、光がパッと散った瞬間に男たちはその場に崩れて倒れた。

 しんと静かになる。


 私とエカード先生は目を見合わせ、同時に細く長いため息をついた。その場にしゃがみこむ。


「はぁ〜……」


「カトリーナ」

「はい」

「君は、バカなのか?」


 すぐさまエカード先生の辛辣な言葉が突き刺してくる。


「ご令嬢が、なんて無茶を……いくら英雄の娘だからといって、君はご令嬢で、それなのに……それなのに、こんな、あぁもう。怪我で口が回らない」

「先生こそ、非力なくせに無駄にかっこつけないでください!」


 私も負けじと言った。すると、エカード先生の口元がひくひく動き、眉毛がつり上がった。


「ひ、非力だと!? 僕の魔力なしじゃ、太刀打ちできなかっただろ! だいたいこの武器はなんだ!? 魔力を注ぐクロスボウ? こんなもの、どこから持ってきたんだよ!」

「自分で作ったんですよ! 私がこの手で!」

「はぁ? 信じられないな! 君みたいな可憐なお嬢様が作れる代物じゃない!」

「お世辞は結構です! ていうか、先生だってご存じのはずですけど! 私がクラフトの才があることを見抜いたのは先生でした!」


 そこまで言えばエカード先生の口は止まった。

 だから私は先生の導きに従い、この才能をこっそり育てていたのに!

 先生が黙ったので、私も気を落ち着かせる。双方、しばらく呼吸を整え、言葉を探した。

 私は倒れた男たちをチラリと見やり、先に口を開く。


「あの、この人たちは……死んじゃったんでしょうか?」


 微動だにしない男たち。急に恐ろしくなり、おずおずと訊けば先生は首を振った。


「眠らせただけだ。あの一撃に強力な睡眠魔法を込めたんだよ。これで二日は目覚めない」


 二日も目覚めない睡眠魔法って何。


「とっさにやってみたが、うまくいきすぎたな」


 さらりと怖いことを言う先生に呆れて何も言えなくなる。

 その間、エカード先生は生傷を拭いながら悪態をついた。


「クソッ。あいつらマジで殺す気で殴りつけやがって……おい、グレル。そのへんにいるんだろ」


 不機嫌な先生に呼ばれ、グレルが物陰からひょっこり顔を出す。

 彼は私をここまで送ったあと、町の人たちがこないよう見張ってもらっていたの。


「あ、バレてました?」

「バレバレだ。まぁ、こいつらはお前の気配を読んでなかったみたいだが」


 エカード先生がグレルを睨みつける。これにグレルは肩を上げて怯え、くしゃみを一つ飛ばした。


「とにかく、カトリーナをここまで連れてきた罰だ。こいつら縛り上げて自警団に引き取ってもらえ」

「うへぇ……後始末やれってか……はいはい、わかりましたよぉ、もう〜……えっくしょっ」


 グレルは心底嫌そうな声を出すと、くしゃみをしながら手際よく男たちを縄で縛り上げた。慣れた様子を見るに、どうもこれは一度や二度じゃなく何度も経験していそう。

 またエカード先生は男たちの懐をまさぐり、財布を引っ張り出しては中身を調べて舌打ちした。どうもお金がなかったのか、すべての財布をポイポイ捨てて不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 それを白い目で見る私は、先ほどから気になっていたことを先生に訊ねた。


「あの、先生……彼らにボコボコにされてたのに、どうやって私を助けてくれたんですか?」

「ボコボコにされてたは余計だが。まぁ、君が彼らを引きつけてくれたからな。その間に持っていた回復薬で動けるようにして、君のもとへ走ったというわけだ」

「なるほど」


 絶体絶命のピンチだっていう状況でも先生は冷静ね。

 そんな彼は今、自作の傷薬を飲んで、痛めた体を治している。


「それより、君のその武器作成の能力……確かに昔からクラフトの才能はあったけど、武器を作れるようになったなんてな」


 そう言っている間に、私の手にあったクロスボウはパキパキと音を立てて崩れた。

 元の素材に戻るも、さらにほころびが生じ、ほとんど屑になってしまう。


「……ま、大したことはなさそうだが」

「作っても使えばこうなってしまうんです。私の魔力が弱いから? それとも、なにか道具があれば魔力が安定するんでしょうか?」

「どうだろうな。でも、それは君に備わっているスキルというやつだろう。伯爵令嬢が鍛冶スキルなんて持ってても意味がないのに」


 先生は一言多い。

 せっかく助けにきたのに、こんな言われようは納得いかないわ。


「そうですね。鍛冶スキルよりも家事スキルのほうがよほどマシでしょうよ。私だって、好きで伯爵令嬢として生まれたわけじゃないのに……」


 伯爵令嬢としての気品はおろか、悪漢にあんなドスのきいた声で立ち向かうなんて。亡くなったお母様やお父様も遠い天国で嘆いているに違いないわ。


「自分を貫くのって難しいことですね……ただ、私はありのままで自分らしく生きたいだけなのに」


 弱音とため息が漏れ、ボロボロになったクロスボウの残骸をかき集める。

 すると、私の頭に柔らかなぬくもりがそっと触れた。


「言い過ぎた」


 顔を上げると、エカード先生の紫色の瞳が私を見つめていた。


「すまなかった、カトリーナ。君を守りたかったのに、守られてしまったな。これじゃ、昔と真逆だ」

「そんな……私だって、エカード先生がいなければどうなっていたか……」


 先生の瞳に見つめられると、心があったかくなる。それまであった礫のような意固地が溶かされていくよう。


「君は、僕の言葉を守りすぎだ」


 額を小突かれ、私は面食らってしまう。

 先生は苦笑していた。それは昔に見せてくれた困ったような笑い方。なんだ、ぜんぜん変わってない。

 あのとき、先生が言ったことを思い出す。


『その強い信念を、どうか永遠に忘れずにいてくれよ、カトリーナ』


 あれは、あのまま去ろうとする先生の切実な願いのようだった。だから私はずっとその言葉を胸に、どんなつらいことも乗り越えてきたの。


「えっ、カトリーナ!?」


 エカード先生が急におろおろとする。

 私の目尻から涙がすっと落ち、頬を滑っていった。

 今になって恐怖と安堵が一気に全身を駆け巡ったみたいで、涙が止まらなくなる。


「回復薬か? いや、違うな。精神安定剤か。いや、こいつは強力過ぎる」

「エカード先生、大丈夫ですよ」

「はぁ、そんなボロボロ泣いて大丈夫なわけないだろ」


 腰につけたポシェットや足にくくりつけていたホルダーから薬の小瓶を出す先生は、私の微笑みを見て目をしばたたかせる。


「大丈夫です。先生が昔とちっとも変わってないから、嬉しくなったんです」

「なんだそれ。意味がわからん……」


 わかんなくてもいいですよ。


 それから私は涙を拭い、先生が渡してくる魔力増強剤を飲んだ。

 とろみのある液体はフルーティな甘口で飲みやすい、昔と変わらない味だった。

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