第3話 先生の役に立ちたい
エカード先生は幼少期に薬の生成に成功し、瞬く間に大学へ飛び級し、十二歳にして国内最高峰である王立学術研究所の錬金術師となった天才。
初めて出会ったのは私が四歳の頃。生まれつき体が弱くて魔力消費が激しかった私にエカード先生の作る薬が効果てきめんで、それから三年間、私に薬を持ってきては飲ませてくれた。その間にも先生は若くしてトップクラスの錬金術師となった。
でも、先生が突然いなくなった理由はよく知らない。
「エカード先生は、どうしてああなってしまったの?」
怪しげな薬を生成し、変な人にたかられる。そんな状況の先生を目の当たりにし、正直言葉を失っていた。
そんな私のつぶやきに答えるようにグレルが静かに説明した。
「俺もよくわかんねぇですけど、昔に学術研究所を追い出されたらしくて。もう、あの時はひどかったですよぉ。急に王都の錬金術師が田舎にやってきたと思ったら、毎夜酒浸りでやさぐれてねぇ」
町を抜け、平原に入る。グレルは馬車のスピードを緩め、苦笑まじりにあとを続けた。
「そんで、見かねたうちの伯父、商会の会長なんですけどね。仕事を手伝わないかと持ちかけたんですけど断られちゃって。でも困った人にはなんだかんだ言って薬作ってくれてたんですよねー。俺もその恩恵で生きてられてる」
それが今では怪しい闇の売人になってしまっているだなんて。
どんよりと曇る私のオーラに気づいたのか、グレルは慌てて言葉をかけてくる。
「別にヤバい薬なんて作ってませんよ。あの旦那、そりゃちょっとぼったくるとこはあるけど、実際は好きなことやれればそれでいいってスタンスですし、巷で売ってる魔力増強剤だって栄養ドリンクみたいなもんだし」
「そうなんだ……それが本当なら良かったわ」
じゃあどうして先生は私を遠ざけるんだろう?
てっきり本当に闇の売人みたいなことをしているのかなって思ったから心配になっちゃう。法に触れてないならいいけれど……。
「でも、あいつらはちょっと危なそうだったなぁー」
グレルがボソッと言う。それを聞き逃さない私は前のめりになって聞いた。
「あいつらって?」
「ほら、酒場でたむろってたあれっすよ。確か隣町で暴れて、自警団が動いてやっと収まったとかなんとか。そしたら今度はこっちに来てたなんて」
「それは危ないわね」
宿場町だし、いろんな人がやってくるんでしょうね。
それにさっき絡んできた男も、貧弱そうだったけど様子がおかしかったし。
「先生、大丈夫かしら?」
「さぁー。あの人も魔法使いの端くれだし、魔法でどうにかやるんじゃないですかね? いっつも言ってますよー? 『僕は天才だから』って」
グレルは楽観的に笑った。
でも私は不安が拭えない。だって先生は……私が知ってるエカード先生は、争いごとなんてくだらないと鼻で笑って、知力で勝てばいいと豪語していた。けれど、自分は非力だからそうするしか勝ち目がなかったと、あとでそう語っていた。
そのことを瞬時に思い出し、私はグレルが持つ手綱を握った。
「止めて」
「は? ちょっ、急になんです?」
グレルの横に座って手綱を奪い取る。馬は困惑気味に立ち止まり、頭を振った。
急停止した馬車の後方が跳ね上がり、ガタガタと揺れる。これにグレルが怒ってハンチングをおさえながら喚いた。
「なにするんですか! 危ないなぁ!」
「なんだか嫌な予感がするの。戻るわよ」
「えー? 別に大丈夫ですって! やさぐれて腐ってもあの旦那が負けるわけないでしょ。あんな貧弱そうなやつ」
「もし、あの人があの暴れん坊たちとグルだったら?」
確証はない。でも、あの男の妙な落ち着きや危ないニオイ……そう、お酒のニオイがした。
考えれば考えるほど不安が広がってどうしようもない。
「先生は天才でも、万能じゃないのよ!」
私の迫力にグレルは圧倒されたように口をぽかんと開ける。
「……でも、俺は旦那からあんたを任されたんだ」
「それは私を守るためなんだわ。エカード先生はそういう人よ。本当は弱いくせに無駄にかっこつけちゃう人なの。お願い。戻って先生を止めましょう」
どうしても戻りたがらないグレルに私は業を煮やした。
でも彼を説得する材料が足りない。
私はおもむろに馬車の中を見た。荷台に薬はないものの、いろんな素材があった。
「ねぇ、グレル。この鉱石や木材は?」
「え? そいつは売れ残りですよ。形も悪いし、どれもランクが低いもんばかりです」
「じゃあ使っていいわよね?」
私は両手に魔力を込めた。手のひらから光がほとばしる。
この感覚、エカード先生の薬を飲んでいた幼い頃にも感じた。どれだけ力を使っても魔力切れしない万能感──間違いない。力尽きた私を助けて、薬を飲ませてくれたのね。
どんなに腐っても、やっぱり性根は昔のままだわ。
「なにをするんです?」
すっかり弱腰のグレルが私を恐ろしげに見る。
私は素材を集めながらにっこり笑った。
「武器を作るのよ」
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