sideA-3 エカード・エアフォルク
僕は金縁メガネを出し、ヴェルデに見せていた。
「どこも壊れてねえが……」
そうぶっきらぼうにヴェルデが返す。
繊細なメガネがドワーフの太い指で潰れないかヒヤヒヤしたが杞憂だった。
「それ、いくつもの魔法で魔永久塗装されてるぞ。そうそう壊れるわけねぇ」
「そうか」
ヴェルデはそのまま元の仕事に戻っていく。
やはり壊れてないか。じゃあ、カトリーナの前世は……。
「ヴェルデ、これはお前にだけ話すんだが」
僕は無意識にヴェルデの背中に話しかけていた。
自分だけで処理できないから、誰かに話を聞いて欲しい。それもカトリーナとあまり関わりのないやつに。
そうなるとヴェルデが最適だ。
「実は、カトリーナの前世がドワーフなんだ」
「はぁ?」
ヴェルデは素っ頓狂な声を上げて作業の手を止めた。
作業台に座る僕をじろりと睨む。
「貴様、そこに座るんじゃねぇ!」
「うるさいな。お前らサイズの作業台なんて、僕にとっちゃ椅子なんだよ。それよりも聞いてくれ。僕はもう彼女を見てると気が狂いそうなんだよ」
「お前さんはとっくにどうかしてるから大丈夫だ。問題ない」
「前世がドワーフだから鍛冶スキルがあるのか? ていうか、前世の記憶はどうも蘇ってないみたいだから中身は純粋なカトリーナなんだろうけど、でももしものことがあったら……」
ヴェルデの呆れた目に負けず、むしろ構うことなく僕は切実に話をする。
「なぁ、人っていつ自分の前世を思い出すと思う……?」
「それをドワーフに相談してる時点で、いろんな矛盾に気づけよ、この天才様が」
ヴェルデの青筋がピクピク動く。しかし僕は彼の苛立ちにはまるで興味がない。
それよりもカトリーナのことが気がかりなんだ。
だって彼女は妹のような存在だ。実の妹よりもかわいがっている自負がある。
そんな彼女の前世がドワーフということは、中身がいつかこのヴェルデみたいなガチムチのおっさんになる可能性だってあるのだ。そう聞いたことがある。
前世の記憶を持つ者は、その前世の人格も有すると。中には前世の人格が現世の自分を演じるような振る舞いもする。そして前世の記憶を有しているので、まるで人生二周目のようにスムーズな人生を歩むこともあるらしい。
幸いカトリーナはその兆しがない。うまく隠しているのかと、ここずっと彼女を観察していたが、僕の挙動不審を心底不気味に見ていたし、お嬢様的思考で行動しようとしている。
おそらく前世の記憶はない。ただ、時折見せるお嬢様らしからぬ気迫や振る舞い、威勢のよさなどは前世の魂がそうさせているのでは思えてしまう。
とくに鍛冶スキル。あの卓越した能力と好奇心、そして魔剣やモノづくりへの執着はやはり前世のドワーフがそうさせているのではないか。
いや前世のドワーフ、執念がすごいな。生まれ変わって記憶がなくてもその存在感を発揮するなんて恐ろしすぎる。もはや彼女に乗り移った霊魂のようだ。
「ダメだ、考えてたらカトリーナの顔がガチムチのおっさんになる」
「それ、全ドワーフに失礼だからな。謝れよ」
「だって! カトリーナの前世を知った今、何かとすぐに彼女の顔の背後におっさんの影がちらつくんだよ! なぁ、これどうしたらいいんだよ! 僕はこの秘密を抱えて生きていくのは無理だ!」
「天才は打たれ弱いな……」
僕の剣幕にはさすがの皮肉屋も勢いをなくす。
ヴェルデは興が削がれたとでも言わんばかりに、持っていたハンマーを手で弄びながら僕の横にやってきた。
「そんなにつらいなら、いっそ全部本人に言っちまったらどうだ」
「いやだ」
「なんで」
「だって、言ったら彼女の前世の記憶が蘇るかもしれないじゃないか」
前世の記憶がどういったきっかけで蘇るか分からない。
そして蘇った場合、今までのカトリーナの人格はどこへ行ってしまうのかも分からない。
だから容易に明かすことはできない。
「つまり、あの嬢ちゃんには前世を思い出してほしくないというわけか。勝手な話だな」
「あぁそうさ。僕は勝手だよ。でも願ったっていいだろ。彼女はモノづくりが大好きで芯の強い女性で人間なんだ。ドワーフじゃない。今さらドワーフの生活に戻ることはできないんだから」
しかもライデンシャフト家のご令嬢ときたもんだ。
人生の向きが前世とはあまりにもかけ離れているから、苦しむのは彼女自身だ。
いや、でも鍛冶で食っていこうとしているところは以前の生活と同じなのか。
だから彼女は令嬢としての生活に苦しんでいたんじゃないか。
今の彼女はこの生活が最良で最善──。
「そういえば、あの嬢ちゃん、一瞬だけムンターかと思ったんだよなぁ。ほんの一瞬な。前世がドワーフならまぁ、そういうこともあるかもしれねぇな」
僕は手で覆っていた顔を上げる。
「ムンター? って、ショイがさっき話してたが、お前らの育ての親か?」
「親というより兄貴かねぇ。ヤツはドワーフにしちゃ愛想が良すぎるし、面倒見が良いお人好しだったんだ。挙げ句、老いた体でオレとショイを鉱山の瓦礫から守って死んじまったんだよ」
そして、それが十八年前のことだとヴェルデは続けた。
ムンターの可能性しかない。
「どうして転生なんてしたんだろうな……」
「さぁな。やり残したことでもあったのか」
そうヴェルデが言いかけた時、工房が地味に横揺れした。
「なんだ?」
ぐらつく作業台から飛び降りながら僕は周囲を見渡した。
ヴェルデはすぐに異変を感じ、ツルハシを持って工房から出ていった。
「おい、どうしたんだ!?」
「鉱山で何かあったらしい……おい、ショイと嬢ちゃんは?」
「鉱山でハンマーの材料を探してるが、まさか」
「まずいな」
ヴェルデは忌々しそうに顔をしかめ、舌打ちした。
急いで鉱山へ向かうと、ちょうど炎の風が鉱山の入り口へ飛び込んできて、僕とヴェルデの間をかすめた。
その瞬間、鉱山の入り口がガラガラと音を立てて崩れていく。
入り口が塞がれた!
「ちくしょう……ふたりとも抜け出せてたらいいが、そんな感じしねぇなぁ」
「いったい何が起きたんだ……」
「ここは魔石の原石が埋まってる場所だ。大方、原石を刺激して暴発させたんだろ。火と風か、厄介なもんをぶっ壊したもんだ」
ヴェルデの見解に、僕はすぐさま周囲へ目を向けた。
ショイとカトリーナの姿はない。洞窟の中に生き埋めになっているのか……脳がそう導き出し、ゾッとした。
「おい、天才様よ。魔法はどのくらい使える?」
ヴェルデが不機嫌そうに訊いてくる。
僕は拳をギュッと握って答えた。
「あいにく魔法は基本的なものしか使えない。それに攻撃魔法は洗礼を受ける時に封じられている」
「人間が魔法戦争しねぇよう成約したことが仇となったな」
そう。大昔の戦争で魔法攻撃が飛び交った結果、国が滅びかけたらしい。
それ以来、人間は魔法戦争をしないという誓いを立て、魔法使いに攻撃魔法をさせないための封じの魔法をかける。だから、兵器や武器が作られるようになったのだが。
「水魔法で瓦礫を溶かせるか? 見たところ頑丈だが土には変わりないし」
「お前さんの魔力がどれほどか知らねぇが、あまり意味はないだろうな」
「じゃあ風魔法で吹き飛ばせるか……それも同じことか。何か一瞬で瓦礫をどかせる方法がないか」
「火薬がありゃ一発だがな……鉱山ごと吹っ飛んじまうかもしれん」
打つ手なしじゃないか!
「仕方ねぇ」
ヴェルデは腕まくりし、瓦礫にツルハシを思い切り打ち付けた。
力技だ。
すると、それに呼応するように瓦礫の向こうからも打ち付ける音がした。
「おい、ヴェルデ。僕にも武器をくれ」
「家にある。好きに取ってこい」
そう言い終わる前に、家へ走り、寝室に飾ってあったハンマーを取った。
急いで戻る。
そして、思い切り瓦礫めがけて振るった。
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