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第2話 ワケアリ令嬢の身の上話

「いやー、しっかしあんたも大したもんですねぇ。あんなおっかない旦那の家に忍び込むなんざ、よっぽどの物好きだ」


 グレル・ニーゼンと名乗る彼は馬を操りながら、幌馬車にちんまりと座っている私に向かって言った。


「別に忍び込んだわけじゃないのよ……私、先生とは古い馴染みで、頼れるのが先生だけで」

「ははぁ、ワケアリのようですね。せっかくのドレスがボロボロだし、なんだい、王宮から逃げ出したお嬢様って感じじゃないですかぁ」

「あはははは……はぁ」


 渇いた笑い声を出すと、グレルは驚いて振り返ってきた。


「あんた、まさかカトリーナ嬢?」

「あはははは……噂って怖いわね……」

「そりゃ王子様との婚約を思いっきり蹴ったっていう、とんだじゃじゃ馬令嬢がいるってんで、王都じゃすでにそのネタで持ちきりですよ」

「うーわー……予想はしてたけど、そんなことになってるなんて」


 私は深いため息をついた。

 これにグレルは慰めるように言う。


「大丈夫ですよぉ、第三王子とのご婚約でしょー? 嫁いだとこで王妃になれるわけでもないんだし、しかもあの王子、隣国に恋人がいるらしいし、かなりの女好きなんだって噂です」

「よく知ってるのね……まぁ、それもあるの。だけど、それが大きな理由ってわけじゃないのよ」


 そう。第三王子は私たち年頃の令嬢間では『色ボケ王子』と揶揄していたくらい女にだらしない方。

 普段、社交界になかなか行かないお義母様は知らなかったのかもしれないわね。


 私を産んだ母は出産直後に体がもたなくて亡くなり、それからお父様は下級貴族出身の錬金術師であるお義母様と再婚した。やがてお父様が先の戦争で亡くなり、女当主として権威を示している。

 このお義母様、昔からすっごく厳しくて、私に対しては目の敵にするような視線を向けてくるのよね。

 おしとやかに、お行儀よく、令嬢としての気品を持ち、ライデンシャフトの名に傷をつけてはいけません。そう叩き込まれたけど、私はどうにもそういう柄じゃないからいつもいびられてばかり。お義母様は私に見切りをつけ、物心がついたばかりの弟を熱心に教育した。

 私に対しては、よそに出すのが恥ずかしいと言って屋敷に閉じ込めていた。それが急に婚約しろと言ってまさかの色ボケ王子に嫁がせようとするし。何度私が訴えても聞いてくれないし……


「お義母様から、逃げるためだったの」


 いつの間にか私はポツンと言葉をこぼした。


「あの家に私の居場所はない。弟が成人したら爵位はそちらにいくし。だから私が邪魔なのよ。私もあの家に戻るつもりはないから」

「しかし、今からお家へお届けに上がるわけなんですけどねぇ。俺はどうしたらいいんだい」


 グレルの困惑した声はもっともで、私は思わず噴き出した。


「そうよね……はぁ、困ったわ」


 夜の森を抜け、馬車はどんどん町へ戻っていく。私が数時間かけて歩いた道をやすやす進んでいった。


「ま、なんとなく分かりましたぜ。エカードの旦那と馴染みで、あの人を頼るしかないと。そりゃつまり、あの人のことが好」

「違うわ」


 すぐさま答えるとグレルは出鼻をくじかれたように言葉に詰まった。


「食い気味でかぶせないでくださいよぉ。えぇ? あの人のことが忘れられなくて遥々この田舎まで探しにきたっていうロマンチックな話じゃないんですか?」


 不満そうに言うグレル。私は彼の横に座り、もう一度真顔でたしなめた。


「違うわよ。大体、今エカード先生は二十九歳でしょう? 私は十八。とても釣り合わないわ」

「まぁ、あのボサボサとあんたじゃ釣り合いは取れてねぇかもしれませんけどよ、十八なら結婚もできる歳じゃないですか。だったら王子じゃなくても、どっかの公爵とかに嫁げば家から出られるじゃないですか」

「だから、結婚したいわけじゃないの!」


 つい噛みつくように言うとグレルは「そうですかぁ」と不服そうに返した。


「なんだって結婚したくないんです? あんたの容姿なら、どこでも通用すると思いますがね」

「お世辞をどうもありがとう。でも私には夢があるの」

「夢?」


 グレルは片眉を上げて大袈裟に驚いた。


「夢ってなんです」

「やりたいことをやるの」


 実はまだ自分が何になりたいのか、はっきりと形になっているわけじゃない。

 でも、昔から興味が赴くのは殿方への恋慕や令嬢たちとのお茶会、華やかな社交界じゃない。かと言って、お父様のように戦場で勇ましく戦い、英雄になりたいわけじゃない。


「私は──」


 そう言いかけると前方に屈強な岩のような男たちがたむろっているのが見えた。

 町に入る。夜の宿場町は、酒場も多いみたいで治安が良くなさそう。

 思わず口をつぐんでしまうと、グレルが小声で私に言った。


「後ろに戻ってください。この辺りはゴロツキの溜まり場なんで」

「そうするわ」


 私はそろそろと幌の影に入り、隠れるようにして座った。

 すると、馬車の前に不健康そうな痩せた男が一人現れた。


「やぁ、ニーゼン。いい夜だね」

「……誰だい、あんた。なんで俺の名を知ってる」


 グレルは面識がないようで、不審げに低い声音で訊く。

 相手はフードを深くかぶっており、表情がまったく見えない。ツンと酸っぱいニオイがする。

 男は足踏みする馬をなだめるように撫でながら、グレルに近づいた。


「あんたが売ってる薬、かなり評判なんだってね。どうやったら買えるのかな」

「どいてくれ。今日はとっくに店じまいだよ」


 グレルが苦々しく答える。それでも相手の男は引かない。不気味に肩をゆすって笑っていた。


「いいのかい? あんた、あのやさぐれ錬金術師と仲間グルなんだろう? ヤバイ薬売って金儲けしてるっていう」


 私は静かにその話を聞いていた。

 やさぐれ錬金術師……エカード先生しか思い当たらない。

 グレルも黙ったままで、それはもう肯定しているようなもの。


「俺もその薬を飲めば、強い力が手に入るんだ。ほしいなぁ」

「それを飲んであんたはどうすんだ? 正義のヒーローって感じじゃなさそうだけど」


 グレルが挑発するように言う。男は嫌な笑いをして幌を小突き始めた。今にでも幌の中へ入ってきそう。

 これは、まずいわ。でも私が出ていくともっとめんどくさいことになりそうだし……。


「あれ、旦那?」


 グレルが驚いたように呟く。


「今日はグレルに頼んでないんだ。悪いな」


 エカード先生の声がし、私は思わず両手で口をふさいだ。

 そっと幌の中から見てみると、紫のマントに身を包んだエカード先生が、怪しいその男に近づいて交渉している。


「せっかくだ。僕から直接買うのはどうだ? 今なら安くしてやる。そこの酒場にでも行こうか」

「おぉ、話がわかるじゃないか。いいね」


 男は嬉しそうに言い、すぐに馬車から離れた。

 その際、エカード先生がグレルにこっそり耳打ちする。


「早く行け」

「恩に着るよ、旦那」


 グレルは安堵した声を返すと、離れた男の脇をすり抜けるように馬車を走らせる。

 遠ざかる男とエカード先生の姿を、私はじっと見ていることしかできなかった。

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