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第16話 噛み合わない二人

「その、()()()ってなんです? 本当の妹さんのお名前ですか?」


『シェーデル・ミュートス』を出てすぐ、私はおずおずと訊ねた。するとエカード先生は「いや」とすぐに否定した。


「僕の妹はシアナという名だ」

「え? じゃあ、ケイトってどこから……」


 言いかけて止まる。私の愛称だ! さらっと何の気なしに言うものだから、妹さんの名前かと思った!


「ケイトって呼んでもいいですよ〜」


 なんとなく嬉しくなって言ってみると、エカード先生はまたスンと虚無を貼り付けたような顔になった。


「いや、カトリーナで」

「あ、はい……なんかすみません、調子に乗って」


 エカード先生はフードをかぶり、顔を隠して先を歩いた。

 うーん……あのたびたび「スン」としちゃうのなんなの。

 私が顔を近づけたり、ちょっとからかおうとしたらすぐに逃げる。なんだか気まずそうな顔をして避けようとしてくる……これ、もしかして『好き避け』ってやつでは!? 数年前に学友が言ってたやつだわ! 流行りの小説で出てくるんだって!


 ……いやでもまさか、エカード先生に限ってそんなことはないわね。

 自分の想像力が斜め上すぎて怖い。うぬぼれてはいけないわ、カトリーナ。


 頭の中でそんなことを考えているうちに、景色は少し暗い路地へ入る。


「カトリーナ。道具を買うぞ」

「あ、はい」


 先を行くエカード先生に追いつこうと走る。


 石畳の道沿いに立つ道具専門店『ヴァーゲ』は軒先にいろんな道具を並べており、店内には部品などを置いてあるようだった。

 でも、この中にあるハンマーはどれもなんだかしっくりくるものがなく、私は首をかしげるしかなかった。


 道具が売っているお店はほかにもある。『スクリュー』というそのお店にも立ち寄ってみたけれどどうもしっくりこない。


「いったい何が気に入らないんだ」


 私の長考にイライラし始めたエカード先生が訊く。

『スクリュー』を出て、そのお店の前で私たちは立ち止まる。


「なんというか、どれも手に馴染まないんです」

「それは使っていくうちに馴染むもんじゃないか?」

「でも、先生のハンマーはとても使いやすかったです。こう、丸い頭がかわいくて」

「かわいいを重視してるだけじゃないか?」


 そんなことはない……はず。

 確かに巡ったお店に置いてあったハンマーは、頭がシュッとしていて女の私でも扱える重さだった。他には柄が長いものや、細かな彫刻が入ったものもあった。デザインは良くても、使い勝手がいいかと言われたらそうでもない。


 例えるなら、履き慣れないヒールを履くような感覚。靴ずれが怖いのと同じで、道具を使ったときに怪我しそうな気がしてしまう。

 先生の言うとおり、使っていくうちに馴染んでいくのかもしれないけど……やっぱり長く使いたいし、私の魔力をしっかり受け止めてくれるものがいい。


「この感覚は先生にはわかりませんよ」

「まぁ、使うのは君だしな……しかし、もう工具が買える店はここまでだぞ」

「困りましたね……帰ったらすぐに魔道掃除用具を設計したかったのに」


 しゅんとして言うと、エカード先生は「ほう」と興味を示す。


「そういえば、出かける前にそんな話をしたな。どんなものなんだ、それは」

「うちにあったものですよ。お父様が職人に作らせていた特注のものですけど」

「なら、そういうのは特許がもうすでに取られてるだろう。僕らが好きに作ることは出来ない」


 すかさず先生は興味をなくした。

 好きに作ることが出来ないなんて、そんなこともあるのね。

 あぁ、でも他人が作ったものをそのまま作るのは盗作になっちゃうのかしら。それは良くないわね。

 でも、作りたかったなぁ……。


「ただ、君の家にあったものではない形状で、かつ新しいタイプなら作れるかもしれない」


 私の落ち込みを見抜いたか、エカード先生がフォローするように言う。


「なるほど! じゃあ、帰ったら考えてみましょう!」

「その前に道具だ。早く選びなさい」

「そうですね……うーん……オーダーメイドできたらいいんですけど」

「ハッ、このお嬢様が。これだから貴族はすぐ金に物を言わせる」


 エカード先生は腕を組んで鼻息を飛ばした。

 お嬢様で悪かったですね! だって生粋のお嬢様なんだもの! そりゃそういう考えになりますよ!

 私も頬をふくらませると、先生は自分の発言に眉をひそめて思案した。


「まぁ思考はお嬢様なんだよな……ということは記憶は」

「どうされたんですか、先生?」

「あ、いや……なんでもない。ごほん」


 咳払いで誤魔化した! もう、なんなのよ本当に!


「オーダーメイドなぁ……まぁ、一応できないこともないんだが」


 私の不機嫌をよそに、エカード先生が話を戻す。

 オーダーメイドできるなら、そちらに連れてってほしいところだわ。

 期待に満ちた目を向けると、先生は眩しいものを見るように目を細めた。


「わかった。行こう。ただちょっと遠いぞ」

「望むところです!」


 私はドンと胸を張って言った。どんなに遠くとも、自分のハンマーを見つけるまでは帰らないんだから!



 と威勢よく言ったものの、なぜか私とエカード先生は町を離れ、鉱山へ向かっていた。

 しばらく荷馬車に乗せてもらって移動したんだけど、緩やかな勾配へ差し掛かったあたりで降ろされた。荷馬車の持ち主であるおじさんには、私から何度もお礼を言ったのでなんとか和やかに別れることができた。


 そこから私たちは勾配をひたすら登る……。


「職人さんがいらっしゃるところまで、あとどれくらいですか?」

「喋るとキツイぞ」


 前を歩く先生の歩幅が大きくて、私はさらに離れた場所でちょこちょこと歩いている。


「ちょっと、先生! 待ってください!」

「ん? あぁ、すまない」


 私よりも高い位置で立ち止まるエカード先生は、フードをとって立ち止まった。

 汗ばんだ髪の毛が先生のこめかみにへばりついているのが見える。

 けど、私も同じくらい汗だくなのよ。汗が滴る先生もいい男だけど、息を切らして坂を登っている今、目の保養よりも休養が必要だった。

 そして先生は私のところへ戻ってきて手を差し伸べる、なんて紳士的なことは絶対しない。

 ちょっとは手助けしてくれても、いいじゃない!?


 必死の形相で坂を上がり、やっとの思いでエカード先生の横に立つ。

 すると、先生は愉快そうに「ふっ」と噴き出した。


「何がおかしいんです?」

「いや、つらそうだなって」

「なんですか!? 先生って、そんなサディスティックな性格でしたっけ!?」


 思わず声を上げるも、体がきつすぎて声が裏返るし、苛立ちも湧く。

 けれど、エカード先生はやっぱり笑う。なんだか安堵したようなその笑顔が、私の調子を狂わせる。


「いや、良かった。いつもパワフルな君だから、この坂も一気に駆け上がっていくかなって思ったんだが、ちゃんと非力なお嬢様だったようで安心したよ」

「えーっと、喧嘩売ってます?」

「まさか。褒めてるんだよ」


 ぜんぜん褒められてる気がしないんですけど!?

 でも先生はしきりに「良かった」と言うし、本当に意味がわからない。

 私はその場に座り込んで抗議した。


「もう歩けません! 運んでください!」

「それは嫌だ。君のハンマーを頼みに行くんだ。ちゃんと歩きなさい」


 すかさずピシャリと言われる。

 でも疲れたのは疲れたのよ……そうしてひざを抱いてうずくまっていると、先生の手が頭に乗せられた。


「ほら、手くらいなら引いてやる」


 顔を上げるとエカード先生の手が目の前にある。

 なんだか悔しいけど、その手を取る。彼の強い力で立ち上がらせてもらい、それからは引っ張られるようにぐんぐん坂を登っていった。


 やっぱり、エカード先生って、私のことが好き?


 でも残念なことに、私はどうも恋愛ごとに疎い。

 お母様はいないし、お義母様は厳しい。けれど、お父様には愛されていたし、トーマンもなついてくれるし、愛情に飢えていたわけではない。学友の恋バナを聞いてその場では楽しんでも、他人事に思えてしまう。

 どこそこのご令息とご令嬢が駆け落ちしたなんて話も、私が通っていた学園で噂になったものだけど、結局は自分たちの許嫁と結婚しなければいけないし、親同士が取り決めた政略的な結婚もある。現に私もウィルバート殿下に無理やり嫁がされそうになったし。


 私たちはそういうことの道具として使われてしまう。そのたびに泣いて別れを惜しむ。中には、大好きだった人から裏切られたり、思いを告げられずに終わってしまったり。


 それよりも自分の好きなことに打ち込んで楽しむほうが豊かな人生になると思うのよね。


『そういうのは恋をしたらわかるわよ!』と、学友のご令嬢たちはそう言っていた。でも、私はこの年齢になってもまだ恋がわからない……。


 そんな私を、エカード先生が好きだというのは意外だった。

 でもこんな私だからこそ、エカード先生には諦めてもらわなくちゃいけない。


 私は結婚がしたいわけじゃないんだもの。

 あと、結婚したらいろいろと大変そうだし。そもそも私は今、そんな浮ついたことを考えている立場じゃないわ。


 うん。もし、先生が私に告白してきたらきちんとお断りしましょう。

 それで気まずくなっても大丈夫。私なら持ち前の明るさで先生を励ますことができる!


「カトリーナ、さっきから何を百面相してるんだ」


 坂を上りきり、エカード先生が私をじっと見ていた。


「百面相!? してませんよ!」

「いや、さっきから『うーん』とか『うーん?』とか『えー』とかうるさいし、顔もなんだか嫌そうに歪めたりため息ついたり忙しないぞ」

「そうでしたか……ちょっと考え事してまして」

「どんなハンマーをオーダーメイドしようか悩んでたのか?」


 エカード先生は真面目な顔で問いかける。

 ぜんぜん違うんだけど、まぁそういうことにしておきましょう。

 ひとまずそう誤魔化し、先生と一緒に鉱山の入り口へ向かう。


 そこは目立った木々はなく、ゴツゴツとした無骨な岩がたくさんある場所。

 視界の奥には岩と岩の隙間のような三角形の洞窟があった。

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