第15話 庶民の暮らしに興味津々
リタとパウラには留守を任せ、私とエカード先生は町に出た。
先生が住む森は町のはずれにあり、少しばかり歩かなくてはいけない。
お昼も出先で食べる予定、なんだけど……。
「先生、どうしてローブのフードをかぶってらっしゃるのですか?」
紫色のローブを身にまとい、町に入った途端に彼はフードをかぶった。
私も黒いマントを着用しているけど、フードまでかぶったら視界が悪くなるのでかぶってない。
「君はもう少し警戒心を持ったほうがいい」
「そりゃ私は追われてる身ですし……最近はトーマンも大人しくしてるから、大丈夫だとは思いますけどね」
確かに不用心かもしれないけど、陽が出ている町へ出るのは初めてなので結構楽しみにしてたのよね。
エカード先生はそうじゃなさそうだけど。
「食事はどうしますか? 先生おすすめのお店などあります?」
「あぁ、一応な。君が来るまでは毎夜酒を飲みに行ってたとこ」
「お酒、ですか……」
私はわずかにためらった。お酒はちょっと、飲んだことがないから不安かも。
すると先を行くエカード先生が「ん?」と立ち止まる。
「どうした?」
「酒場に行くんですか?」
「いや、そこは酒も提供する食事処だよ。君を妙なとこに連れて行くわけがないだろ」
呆れたように言う先生は、何か思い立ったように口をつぐんだ。
そして、おずおずと訊いてくる。
「もしかして酒場が良かったか?」
「いいえ! とんでもないです!」
「そうだよな……うん、そうであってほしい」
最後の方はボソボソと言っていて、私は意味がわからず首をかしげた。
宿場町、ノイギーア。入り口に立つ木製の看板にそう記してあり、かなり年季が入っている。
昼間の町は賑わっており、いろんな人が行き交っていた。様々な老若男女。中にはパウラやリタみたいな半獣人もいる。
建物が寄り集まった場所ではパン、花、書物、果物、野菜、雑貨など売るワゴンなどひしめいていて、別の道には靴や服などを仕立てる職人がいる専門店がある。もっと奥へ行けば宿があるみたい。
エカード先生はまず飲食店が立ち並ぶ場所へ行き、酒場を通り過ぎて一軒のお店の前で立ち止まった。
子どもが三角帽子をかぶったような外観で、色も黄緑色の屋根とピンク色の壁だった。
お店の名前は『シェーデル・ミュートス』。
ドアにはベルがついており、開けるとカラランと入室の音が鳴る。入り口付近には色鮮やかな花が花瓶にさして飾ってあった。
床は全面板で、テーブルとソファ、椅子が置かれている。家具や調度品はそう高くないものだけど、アンティーク調で重厚感を感じられる。窓枠には木彫りの黒猫が飾られていてかわいい。
一言で言えば、雰囲気のいいお店だ。
「おや、いらっしゃい、エカード」
カウンターにいた真ん丸体型のおかみさんが明るい声をかけてくる。
耳に大振りな耳飾りをつけており、服装も黄色と黄緑という奇抜な色。強烈だわ。
先生は入り口に立ってすぐフードを脱いだ。
「あぁ、相変わらず客がいないな、ここ」
「またあんたはそんな憎まれ口を叩く。いいんだよ、夜に儲けさせてもらってるからさぁ」
おかみさんは豪快に笑うと、私を見つけて目を真ん丸にした。
「おや! なんだいなんだい、かわいいお嬢さん連れちゃって、えぇ?」
「あ、はじめまして、私は……」
「妹のケイトだ。引っ込み思案で人見知りでな。あんまりからかってやらないでくれよ」
すぐさまエカード先生が私の前に立って言う。
ちょっと、先生、嘘はダメですよ!
そう言おうとしたけど、私は今、お義母様から逃げている最中だったと思い出し、大人しく口をつぐむ。
おかみさんは、私の失礼を気にする素振りなく愛想のいい笑みを向けた。
「そうかい、エカードにもようやく春がきたのかと思ったら。つまらないねぇ。あたしゃ、ここの店主、ディアナだよ」
「よろしくお願いします」
ディアナさん、すごくおしゃべりで親しみやすい方だわ。
でもエカード先生は話を広げる気がなく、ぶっきらぼうに言った。
「いいから、いつものをくれ」
「はいはい」
適当にあしらわれてもディアナさんは嫌な顔ひとつしない。
キッチンに引っ込んで、何かを作っているようだった。
「ここの飯はうまい。でも、おかみがあんなだし、店の外観が奇抜で昼間は閑古鳥だ。それが気に入ってる」
「なるほど……でも、どうしてもっと賑やかなお店にしないんです?」
別にこのお店が嫌だからという意味じゃないんだけど。単純に疑問だから訊いてみたくて。
すると、エカード先生は顔をしかめた。
「まぁ、ちょっと僕は静かなとこが好きだから」
「違うんだよぉ、この子ったら、かなり高値で薬を売ってるだろ? だからぼったくり錬金術師とか言われて嫌われてんのさ」
先生と話していたら、急にディアナさんが現れて言った。
手には二枚のお皿があり、腕にはぶどう酒が入ったバスケットをぶら下げている。
「おい、おかみ。話に入ってくるな」
「あんたが嘘ばっか言うからだろう? 口も悪いし目つきも悪い、おまけに酒癖は悪いし、金にうるさい。いいところがひとっつもない!」
そう言うとディアナさんは、顔を歪める先生に構わずお皿をテーブルに置いた。
「わぁぁ!」
私の顔くらいのミートパイ。そして豆のサラダ。根菜のソテー。それらがワンプレートにおさまっている。お屋敷ではこういうお料理を食べたことがないから、すごく新鮮だった。
ディアナさんがグラスにぶどう酒を注いでくれる。
「あ、彼女にはお茶にしてくれないか」
「えぇ? それは早くお言いよ!」
エカード先生のうっかりに、ディアナさんが大声を出す。
私は驚いてしまい、慌てて言った。
「あ、大丈夫ですよ! 私、もう成人してますし!」
「でも酒は……」
「少しくらいなら問題ないです」
せっかくの厚意を無にするわけにはいかないわ。
それにこのぶどう酒、ぜんぜんお酒のニオイがしないもの。アルコール成分が薄いのかも。
そんな私に対し、エカード先生はなんだか探るような目を向けてきた。
「え、なんです?」
「いや……なんでもない」
「まったく、なんなんだろうね。さっさと食べてしまいな」
ディアナさんは呆れた声で言うとカウンターに戻っていった。
改めて食事に向き合う。
私はまずミートパイにナイフとフォークを入れた。切り分けて口に運ぶ。
「んん!」
サクサクのパイ生地にゴロゴロとしたお肉。味はまず濃厚な旨みたっぷりのソースがガツンと感じられ、次にまったりと酸味がくる。口の中でとろけていくほど柔らかいお肉は少々野性味を感じるけど、嫌なくどさはなくていくらでもいけちゃう。
「おいしぃ」
「それは良かった」
エカード先生もミートパイを食べ、ぶどう酒をあおる。
私は次に豆のサラダ、根菜のソテーを食べた。どちらも塩味がきいている。
全体的に濃い味付けで、このバランスの食事は今までにない。お屋敷の食事ももちろんおいしかったけど、この家庭料理みたいな食事もどこか懐かしさを感じられて好きかも。
それからしっかり全部たいらげ、エカード先生はちゃんと代金を支払った。
見送ってくれるディアナさんに対し、先生はそっけない態度。
私はペコリとお辞儀した。
「おいしかったです。また食べに来てもいいですか?」
「あぁ、遠慮なくおいでよ! あの仏頂面、顔はいいのに中身があんなだろ。もう見飽きちまってねぇ」
「あははは……」
ディアナさんが鼻を鳴らして言うので、私は愛想笑いをするしかない。
すると、ディアナさんは「でもまぁ」とエカード先生を見ながらあとを続ける。
「あの子に助けられた人もいるにはいるんだ。素直じゃないけどかわいいとこはあるんだよねぇ」
そう言って彼女はウインクする。その言葉には納得しかないので、私は安堵の笑顔を向けた。
「ケイト、早くしろ」
エカード先生が呼ぶ。私は慌ててディアナさんにもう一度お辞儀し、先生のあとをついていった。
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