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第13話 順調な暮らし?

 ここ最近、エカード先生の態度がおかしい。


 トーマンがパウラとリタを連れてきて、魔石ライトがよく売れてパーティをしたあの日から三週間が過ぎた。

 あれからパウラとリタが町で私の服や靴をいくつか見繕ってくれ、生活環境もだいぶ整ってきている。

 動きやすいよう、シャツとベストとズボンというスタイルで、光で目がやられないよう、ゴーグルまで手に入れた。でも女性らしさも忘れず、色みは私のピンク色の目に合うよう赤やオレンジ、白を取り入れている。


 今やアトリエもいい素材で私が修繕したので、危なっかしい梯子もしっかりとした階段になったし、仕事の合間を縫ってちょこちょこ修繕しているところ。


 お仕事も順調。魔石ライトはライトとしての機能のほか自衛用に使える目眩し機能をつけた。また光源となる石であればなんでも対応できるように、芯は軽量の鉄で作り、持ち手は薄い木材でコーティングし、柔らかい質感に仕上げた。

 そのおかげで魔石ライトは町だけでなく、他の地方にも知れ渡り、今や注文が相次いでいる状態。毎日魔石ライトを作っている。

 そして、グレルが言っていたように徐々に価格を下げて市井の人々にも、手に入りやすいものになっていった。


 お金も入ってきたので、いい素材に変えて性能をよくしてみたりと、できることの幅が増えて楽しい。

 先生も毎日入るお金を数えてはご満悦の様子だった。


 でも、私に対するエカード先生の態度が少々おかしい。


「先生、この注文書、なんて書いてあるのかよくわからないんですけど……」


 注文書の走り書きが読めず、ふいに声をかけると、エカード先生はビクッと肩を震わせる。


「あぁ、どれどれ……」


 薬の生成中に話しかけても「うるさい」「今は無理」など言わず、常に優しく接してくれる。でも、私が話しかけると必ずビクッとするのよ。


「……エカード先生、最近おかしくないですか?」

「おかしい? 僕が? おかしいのは君じゃないか?」

「私は至っていつもどおりですよ?」


 この追及をすると、いつもそう言われる。

 私のどこがおかしいっていうのよ!


「いや、すまない。君はおかしくないさ。あはは……うん、おかしいのはこのメガネだ」


 そう言って先生はメガネを外して、胸ポケットにさした。

 思えば先生がおかしくなったくらいから、メガネもあまり使われてないような。


「そのメガネ、薬の生成中に欠かせないアイテムなんですよね? どうして使わないんですか?」

「う……うーん、これが、ちょっと壊れてるから、かな」

「だったら私が手直ししましょうか?」

「いや、いい! ぜんぜん大丈夫だから!」


 ものすごい勢いで拒否してくる。

 怪しい。


「壊れてるのか大丈夫なのか、どっちなんですか」


 今日こそは、先生の態度の謎を突き止めてやる!

 私はエカード先生の胸ポケットに手を伸ばした。


「ほら、私が直しますから」

「ちょっとカトリーナ、危ないだろ」


 私が伸ばした手をひらりと躱すエカード先生。メガネをポケットから出し、高々と掲げる。

 私は負けじと背伸びしてメガネを奪おうとした。


「先生の様子の方が危ないです! いつも挙動不審で、おかしいですから!」

「そんなことないって! ちょっ、おい、コラ、カトリーナ……あぶなっ」


 エカード先生が工具箱に足をとられ、壁まで追いやられる。バランスを崩した先生はそのまま壁に背中をくっつけ、私も同じくバランスを崩してそのまま前のめりに倒れた。


「……おっと、危なかったぁ」


 危うく先生の胸に激突するところだったけど、壁で体を支えられたので大惨事には至らなかった。

 エカード先生はその場にしゃがんで私を見上げている。


「あぁ、ごめんなさい、先生。お怪我はありませんか?」


 そう言って、茫然とする先生の顔をよく見ようと近づける。

 うん、大丈夫そうね。エカード先生は茫然としたままなので、その隙に私は彼の手からメガネを奪った。


「ふふっ。隙あり」


 すると先生は急にスンとしたかと思いきや、顔を真っ赤にして怒った。


「僕にその手の趣味はないからな!」

「え? 何言ってるんですか? 本当に大丈夫です?」


 いったいどういうことなのよ。私は釈然とせず、ひとまず体勢を戻した。

 エカード先生も立ち上がり、ズボンについた塵をはたく。


 私は金縁の丸メガネのレンズを覗き込んだ。縁には文字が彫ってあり、目を凝らして読むと『ライデンシャフト』と書かれてある。


「あら、これって……」


 すると、エカード先生の手がメガネを掴み、私の手から奪い返された。


「はしたないな、君は」

「う、ごめんなさい……つい出来心で」


 顔をうつむけて言うと、エカード先生はため息をついてメガネのレンズを袖で拭き、胸ポケットに仕舞った。


「そのメガネ、ライデンシャフト家の名が刻まれてました」

「え? あぁ、うん……これは君の亡き父上から賜ったものだから」


 先生は素直に話をしてくれた。


「私のお父様からでしたか」

「うん。僕がライデンシャフト伯爵に出会ってすぐだ。あの頃の僕は、まだ町の学校に通う子どもだったんだが、すでに錬金術で薬の生成に成功していたから、たびたび貴族が視察に来てたんだ。そのうちの一人がライデンシャフト伯爵」

「へぇぇ。私が生まれた頃くらいでしょうか?」

「そうかもな。伯爵は僕の腕を見込んで援助してくれてな。それで大学へ入れたんだ。そのあと君の世話もしなくちゃいけない羽目になったんだが」


 なるほど、そういう経緯があったのね。


「だったらなおさら壊れたらまずいじゃないですか。やっぱり私が直しましょうか?」

「いや……」


 エカード先生は急に歯切れ悪くなった。

 顔を引きつらせ、私から目をそらす。


「いや、壊れてないかも、しれない」

「どっちなんですか」

「分からない」


 天才でも分からないことがあるのかしら。


「とにかく、今日の仕事は終わったんだろうな? さっきから君、サボってばかりじゃないか? 注文はまだあるんだぞ」

「今日の分はもうすぐ終わります。午後に回そうかなと思っていたところです」


 私の仕事の早さを舐めないで欲しい。

 このハンマーがあれば、もう一日で二十個以上は作れちゃうんだから。


 そう思いながら得意げにハンマーを持つ。

 そのとき、ハンマーの頭がボトッと私の足元に落ちた。


「っ!?」


 声にならない叫びが出る。

 ハンマーの頭は地面にめりこんでおり、足に落ちてたら一発で骨が砕けてたに違いない。

 これにはエカード先生も驚き、呆気にとられていた。


「まだ魔法が切れるには早いと思うんだが……」

「軽量の魔法はまだ生きてます! なのに、どうして!」

「落ち着け」


 泣きそうな顔で訴えると、エカード先生は冷静に言い、足元に落ちたハンマーの頭を拾った。


「魔力を注ぎこみすぎて、こいつの耐久力がなくなったのかもな……」


 道具の劣化が早かったということね。

 確かにずっと放置されていたものだったし、急に忙しくなったら耐えられないのも無理はないわね……。

 でもこれじゃあ、お仕事ができないよ!


「そう嘆くな。ちょうどいい頃合いだし、新調しよう」


 そう言うとエカード先生は、注文書の束にハンマーの頭を置いてアトリエを出た。

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