第11話 弟心、姉知らず
夕食を食べよう、となったわけだけど、グレルへの納品がまだ済んでいない。しかもトーマンのことをすっかり忘れていた。
ひとまず私は嫌がるトーマンも連れて、エカード先生の平屋へ向かった。
エカード先生はアトリエでグレルと交渉し、魔石ライトも数量のみ(ほとんど無理やり)押し付けた。
その間、私はキッチンに立ってエプロンをつける。
「つかぬことを聞きますが、姉上は料理をしたことがあるのですか?」
心配そうにキッチンの入口に立つトーマンが訊く。
私は「ふっふっふ」と不敵に笑った。
「何を隠そう。これが一切ないのよ!」
「自信たっぷりにそう言ってしまえる姉上、さすがです。かわいい」
「なんならお皿の片付けをしようとして割っちゃったもの」
「そ、そうでしたか。まぁ、かわいいので問題ないです」
トーマンは不安そうに笑った。
「お怪我はなさいませんでしたか?」
「平気よ。私の鍛冶スキルでお皿を直したもの」
「はぁ」
「あ、このこと、エカード先生に内緒にしてね!」
せっかくの誤魔化しがここでバレたらまずいからね。
するとトーマンはたちまち不機嫌な顔になった。
「僕はあの男、嫌いですから。話しかけたくもない」
「あなた、昔からエカード先生のことが怖かったものね」
「怖くありません。嫌いなんです」
頑なにそう言うけど、幼い頃のトーマンはちっちゃくて泣き虫で、エカード先生についていく私の後ろをぴったりくっついていた。先生に睨まれたときは本当にひどくて、『おねぇしゃまぁぁ』ってピィピィ泣いてたのよね。そのたびに先生はトーマンを追い払う。
『子どもはすぐ泣くから嫌いだ』と冷たく言われちゃったときもあったっけ。
私はエカード先生になついてたから、トーマンと先生の仲が悪いことが不思議でたまらなかったのよね。
「姉上、何を考えてます?」
「え? ちょっと懐かしいことを思い出してね。ほら、あなたがまだ小さかった頃『おねぇしゃま』って呼んでたから」
「そりゃ、子どもでしたからね」
「今でも子どもですよ〜。『姉上』なんて堅苦しい言い方やめて、『おねぇしゃま』って言ってみてよ」
「姉上、夕飯の支度をしなくてよろしいのですか?」
とても冷静に言われてしまい、私は頬を膨らませた。
戸棚から野菜やきのこを出し、ひとまず玉ねぎの皮を剥きながらため息をつく。
「姉上、何か怒ってます?」
「だって、こういうことにはノッてくれないんだもの……普段は意味不明なくらいシスコンなのに。あーあ、姉弟としていられるのも今日で最後かもしれないのに」
意地悪につぶやいてみると、トーマンは静かになる。見ると、彼は顔をうつむけていた。
恥ずかしいのかしら。年頃だものね。ちょっとからかいすぎたかな……。
「トーマン、ごめんごめん。悪ふざけがすぎたわ……って!」
玉ねぎを置いて顔を覗き込んでみると、彼は涙を流していた。懸命にこらえようとしているけど、こらえきれてない。
「ちょ、嘘でしょ! 玉ねぎが目にしみたの?」
「あ、姉上が……っ、僕の姉上じゃなくなるのは、嫌です……っ!」
トーマンは涙を拭いながらしゃくりあげて言った。
それを聞いた私はなんとも気まずい思いを抱く。
「ご、ごめんなさい、そう軽く言うもんじゃなかったわね。あーもう、どうしましょう。泣かないで、トーマン」
「何をやってるんだ、君たちは」
玄関からエカード先生が入ってきて、そのままキッチンに向かって呆れた声をかけてくる。
「エカード・エアフォルク……あんたは許さない」
すかさずトーマンがキッと振り返って低い声で言う。先生はその場で立ち止まり、渋い顔つきになった。
「僕、まだ何もしてないんだが」
「昔から先生に泣かされてきたんですよ、トーマンは」
「勝手に泣いてたのは彼だよ」
エカード先生はにべもなく言うと、顎をつまんで何やら察したように「ふむ」と呟く。
「カトリーナ、弟君とちゃんと話しておきなさい。ほら、エプロンを返せ」
そう言うと先生は魔法で私のエプロンをほどき、自分の手元に引き寄せた。
するとトーマンが泣きながら私にすがりついて言う。
「姉上の衣服を魔法で剥がすなんて破廉恥だ!」
「誰が破廉恥だ、このシスコン」
すぐ怒る先生も先生だけど、トーマンも敵意むき出しで、どっちもどっちだわ……。
それからエカード先生は「やれやれ、食費が……」と嫌そうに文句を垂れながらキッチンに入り、入れ替わりで私とトーマンはテーブルにつく。
涙を拭い、鼻をすするトーマン。落ち着いたところで私はトーマンの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「はい。すみません、取り乱しました」
「いいのよ。私がふざけすぎたから。ごめんなさい」
素直に謝ると、トーマンは真っ赤な目を伏せた。ボソボソと寂しそうにつぶやく。
「じゃあ、除籍の件、撤回してください」
「それは……私が決めることじゃないでしょ」
先生の前でああ言ったけれど、決めるのは私じゃない。
お義母様がその気なら、きっと明日にでも私は除籍される。
「僕は嫌です。そりゃ、姉上の幸せを思えば、おそらくここが……きっと、最適なのかもしれませんが」
かなり譲歩するように言うわね。とても嫌そうな顔してるけど。
そんなトーマンの気持ちはわからなくはない。私のワガママにかわいい弟を付き合わせるのは忍びないもの。
「あなたが私の弟で良かったわ、トーマン」
「そんな今生の別れみたいに言うのはやめてください! 姉上は未来永劫僕の姉上なんです! そうだ、除籍されたとしても血の繋がりがなくなるわけじゃない。僕の姉上はあなただけです」
「えぇ、そうね……そうよ。私はどんな立場になろうとも、あなたの姉上で居続けるわ」
トーマンの手をとれば、彼は安心したように握り返した。
とても冷たくて血の気がない弟の手。私が勝手に除籍するなんて言って、きっと傷ついただろうし、悲しかったはず。あまりにも酷なことをしてしまったわ。
「ごめんね、トーマン」
「いいんです。僕も父上も、姉上の幸せが第一だと考えていましたから。母上も……そうなんですけど、あれは少々、いや結構きついですね」
自分の母親のことを厳しく評する弟の辛辣さよ。
「これからどうしましょうね……私を連れ戻せなかったら、あなただってお仕置きされちゃうでしょ?」
「大丈夫です。姉上は見つからなかったと報告しますから」
やけに自信たっぷりに言うところは、私にそっくりなのよね。
そしてそういうときに限って、うまくいかないことのほうが多い。
「でもまぁ、それが自然かもしれないわね。下手に私に会って話したなんて報告でもしたら、お義母様がここまで乗り込んできそう」
「それだけは僕も全力で阻止します。あの男が捕まるのは本望ですけど」
うぅん……一言余計なのよね。
トーマンの顔がキッチンの奥を見ている。すると、ちょうどエカード先生が料理のお皿を持ってきた。
「話は済んだか?」
「そうですね、ひとまずは」
「じゃあ、食事にしよう。トーマン、君も食べていきなさい。嫌なら食べなくていい」
こっちも一言余計なのよね……。
「毒見として先に食べてやる」
トーマンもなぜか戦闘モードだし。
私はトーマンの横に座りなおした。今日の夕飯はきのこのシチューとパン、木の実と香草のサラダだった。
宣言通り、トーマンは先にシチューを食べる。
眉をひそめていた彼の顔つきがすぐにほころぶ。でも「おいしい」とは素直に言いたくないようで、すぐに渋面をつくった。
「まぁまぁだな」
「そりゃどーも」
エカード先生は相手にせず、パンをちぎってシチューにひたして食べる。私はサラダからいただいた。プチプチした木の実の食感と香草のほろ苦さ、相性バッチリでおいしい。味付けもシンプルにお塩とオイルだけなので、木の実の甘みを感じられる。
シチューはよく炒めた玉ねぎと小麦粉でとろみがしっかりあって、満足感が得られる。きのこの芳醇なうまみが口いっぱいに広がっておいしい。
しばらく団らんとまではいかないけど、食事は和やかにすすんだ。
***
食事を終えると、トーマンは名残惜しそうに平屋をあとにした。
「近くの厩舎に留めた馬で帰ります」
「気をつけてね」
「はい。姉上も」
手をぎゅっと握って離れようとしないトーマン。
もう日も暮れてるから、早く家に帰って欲しい。
「また来ます」
「いや、そう頻繁に来られると、カトリーナの居場所がバレるだろ」
エカード先生が冷静に言うけど、トーマンは一切聞く耳を持たず、私のほうしか見ない。
「僕は姉上が心配です。なので、明日もまた来ますから」
「もう来ないで。お願いだから」
そんな応酬をしばらくして、トーマンに魔石ライトを持たせ、見送った。
やれやれ。嵐のように怒涛だったわ……。
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