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第9話 論争勃発

 一時間の仮眠が終わったあと、エカード先生はのそのそ起きてアトリエに入ってきた。

 私はソファに座って、魔石ライトを一つずつ見つめていた。作成が甘いのと、いい出来のものを仕分ける。


「コラ、仕事するなと言っただろ」

「してませんよ。ただ出来が均一かどうか見ていただけです」

「検品も立派な仕事だ。ちゃんと仮眠をとりなさい」


 先生の叱責は呆れたような声音だったので大して怖くない。

 あくびをして、メガネをかけて出来上がった薬の状態を調べるエカード先生。それから満足そうに言った。


「我ながら完璧だな」


 自分の容姿には無頓着なのに、錬金術に関してはナルシストみたい。

 じっと呆れて見ていると、先生は咳払いして薬を小瓶に移し替える作業を始めた。

 私は残っていた鉄の棒をハンマーで叩いて魔石ライトの作成。この調子なら二十個くらいは出来そうね。


「時にエカード先生」


 私は作業しながら先生に話しかけた。先生もこちらを見ず、作業しながら訊く。


「なんだ?」

「その薬はどれも効能は同じですか? それとも別物?」

「あぁ、別物だ。色ごとに効能が違う」

「なるほど。あ、紫はわかりますよ。魔力増強剤です」

「そう。緑は回復薬、青は解熱剤、水色は傷薬、黄色は栄養剤、赤は……」


 そこで一旦言葉が止まる。私は気になってふと顔を上げた。


「先生? 赤は?」

「精力剤」

「それってなんなんですか?」

「子どもは知らなくていい」


 また子ども扱いする!

 先生はこちらを一切見ずに集中していた。でも明らかに言葉を濁そうとしたところ、集中しているフリに違いない。

 まぁ、私に教えたくないいかがわしい薬なのかもしれないわね。そう解釈した私は追求するのをやめた。


「さて、移し替えが終わったから、グレルが来たらこいつを卸す。ついでに君が作った魔石ライトも一緒に渡してみよう」

「わかりました」


 それじゃあもっと作っておこう。

 私は作業のペースを早めた。

 そうして、たびたび雑談を挟みながら穏やかな午後を過ごしていく。


 やがて小腹が空いてきた夕方にアトリエのドアがノックされた。


「こんにちはぁー、旦那ー。今日の薬、仕入れにきたよぉー」


 間延びしたグレルの声が聞こえてくる。そのあと「ぶぇっくしゅ!」と大きなくしゃみも聞こえた。


「あ、私が出ますね」


 エカード先生の位置より、私のほうがドアに近いので作業の手を止めて扉を開ける。

 すると、鼻先を赤くしたグレルが気だるそうに立っていた。


「おや、カトリーナ嬢じゃないですか。すっかり見違えましたね」

「えぇ……グレル、あなた大丈夫?」


 気遣ってみると、彼は嘆くように大げさな身振りで言った。


「もうダメですよぉ〜。俺、このままだと……はっ、はっくしょん! ほら、死んじまうよ〜」


 彼の飛沫を浴びないように思い切り後ろへ飛び跳ねて回避する。

 グレルは構うことなくそのままアトリエに入ってきた。鼻をグスグス鳴らし、鼻水が垂れないようにすすっている。かわいそうに。


「そろそろ薬の効能が切れるころか」


 私の後ろからエカード先生が言い、手には苔色の液体が入った小瓶を持っていた。

 それをグレルはありがたそうに見て手を伸ばす。でも、先生は意地悪く小瓶を空中へ飛ばし、そのまま魔法で宙に固定した。


「銀貨二枚」


 手のひらを差し出す先生の悪質な顔ときたら。ニヤニヤ笑って反応を楽しんでいる。

 対し、グレルはつらそうな鼻をおさえ、ズボンのポケットから銀貨二枚を出した。


「はい、毎度」


 先生の声と同時に小瓶がグレルの手のひらにおさまる。グレルはかわききった喉を潤すかのごとく、小瓶のコルクを抜くとごくごく飲み干した。


「あー……まずい。本当にまずい」


 味はよくなさそうね。

 嫌そうに顔を歪めるグレルだけど、鼻の赤みがみるみるうちになくなった。


「こいつは不治の病なんだ」


 訝る私に、エカード先生がサラリと説明した。


「えっ!? そうなんですか!?」

「あ、はい。なんでもくしゃみが止まらない奇病で。いやー、助かりましたぁ」


 グレルが恥ずかしそうに笑いながら答える。

 なるほどね、昨夜たしかに彼はエカード先生の恩恵で生きてるとか言っていた。

 不治の病はおそろしいわね。かわいそうに。


「あ、これが今日の分ですか?」

「あぁ、そうだ。ちゃんと売ってくれよ」

「はいはい、確かに」

「それと、カトリーナ」


 唐突に呼ばれ、私は驚いて返事した。


「うわっ、あ、はい!」

「君が作った魔石ライト、グレルに見せてみろ」

「はい!」


 私は作業台に置いていたものの一つを、グレルに渡した。


「なんです? お嬢様渾身の逸品ですか?」

「そんな感じかしら。これをね、こうして使うの」


 私は光の魔石をライトのくぼみにはめこんだ。たちまちまばゆい光がその場を照らし、グレルは驚いたように目を覆った。


「びっくりしたぁ……なんですかそれは」

「魔石ライトよ!」

「僕の発明で、彼女が作ったんだ」


 私の横からエカード先生が主張してくる。まぁ間違ってはないんだけども。


「こんな強い光、初めてで怖い……でも、慣れるとすごいなこりゃ。へぇぇ〜」


 目が慣れてきたグレルは、私からライトを受け取ってあちこちを調べた。


「いくらで売りましょうか?」

「金貨十枚」


 すかさずエカード先生が言う。

 私は驚きのあまり「じゅっ!?」と声を上げたきり言葉にならない。


「当然だ。これだけの代物、どこにも売ってないからな」

「こんなにたくさん作っといて?」


 グレルも呆れたように肩を落とし、私の作業台をじっとりと見やる。

 それでもエカード先生は譲らない。


「もっと上げてもいいぞ」

「それはダメです! この素材、もとは屑じゃないですか!」

「旦那……それが本当なら、さすがにそんな高値での取引は無理ですよ」


 まったく、ぼったくりもいいところよ。お金に疎い私だって、このライトが金貨十枚じゃ高すぎるとわかる。

 それでも先生は頑なだった。


「ダメだ。これ以上の値切りは許さない!」

「先生! いくらなんでも横暴ですよ!」

「金は稼いでこそだ。この能力はそれくらいの価値がある」

「私はそこそこの稼ぎがあれば十分です!」

「そんなことじゃ、贅沢な暮らしは程遠いぞ」

「問題ありませんよ! 贅沢がしたいわけじゃないんですから! 私はただ、モノづくりができたらそれでいいんです!」


 強い口調で言うと、エカード先生は不機嫌そうに眉をひそめた。


「その精神はご立派だが、僕はモノづくりよりも金になる仕事がしたい」

「じゃあ交渉決裂ですね。私たち、考え方がまるで違うわ」

「おい、なんでそうなる……君は僕の言うとおりにしていればいいんだ。そうすれば君の望む生活が手に入る。自由を得るには金が必要なんだよ!」


 その言葉は苛立ちを含んでいた。


「ちょっと、そのへんにしましょうよぉ……」


 グレルがおずおずと私たちの間に入ってくる。

 けど、もう遅い。私は先生の言葉にショックを受けていた。

 思わずグレルを突き飛ばして外に出る。森の中へ走っても、熱くこみ上げるものは発散されない。


 自分でも分からないけど、なんだろう……この、この気持ちは……。


「この私が、金のためにモノを作りたいわけがないだろうがぁっ!」


 血がざわざわし、口からドスのきいた声が飛び出す。

 森の中にこだまし、驚いた鳥たちがバサバサと一斉に飛び立った。


「はぁ……いけないいけない。思わず我を忘れるところだった」


 いや、もう我を忘れかけてたけど。

 息を整えようと動くと、頭に血が昇っていたせいか、体がふらついてしまう。

 た、倒れる……!


 そう思った瞬間、私を支えるあたたかなぬくもりがあった。

 顔を上げるとそこには──


「姉上、ご無事ですか!」

「え、トーマン……?」


 なんと、弟が私をしっかり抱きとめていた。

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