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帝国編 第21話 ── 商人の矜持、復讐の毒


■ 霧の港、連邦商会会議


ヴィントラント連邦。

自由交易を是とするこの国は、数多の商会が合議制によって運営される、大陸最大の経済圏である。


海を見下ろす北方の港湾都市「ノーザン・クロス」。

その石造りのギルドホールでは、緊急の商会会議が開かれていた。


窓外の海は荒れ、冷たい霧が街を包んでいる。

その重苦しい空気の中、演壇に立っていたのはシルバであった。

かつてアジムを「無能」として切り捨てたあの日以来、彼は連邦の諜報網に深く食い込み、商人としての地位も確立していた。


「……以上が、フェルザン帝国における最新の動向です」

シルバの声は、確信に満ち、しかし歪んだ熱を帯びていた。

「かつて連邦を裏切り逃亡した反逆者、アジム。 奴が帝国と手を組み、『星間測定器』なる異端の技術をばら撒こうとしています。 これは連邦に対する明らかな宣戦布告です。 連邦の威信にかけて、あの男の身柄を回収し、さもなくばその技術をこの世から抹消すべきです!」


シルバは拳を握り、居並ぶ大商人たちの顔を覗き込んだ。

アジムの名を出し、連邦の誇りを煽れば、彼らが動くと確信していた。


しかし、会議室を支配したのは激しい怒鳴り声だった。

ただし、それはアジムに向けられたものではない。


「黙れ、シルバ!」


筆頭商会連合の議長、老老商人のクロムが立ち上がり、シルバを指差した。

「貴、貴様は、私怨で目が眩んでいるのか!  帝国が規格統一を主導し始めた……この事実が何を意味するか、お前が商人ならば理解できんはずがなかろう!」


「え……?」

シルバの顔が強張る。


「都市ごとに単位が違う。 商取引で小競り合いが起き、不正計量が横行する。 それは連邦の恥だが……同時に『連邦の自由』でもあった!」

クロムは壇上の地図を叩いた。


「だが帝国基準になれば、貴様は帝国の秤で商売をする気か! 帝国の検査官に頭を下げ、帝国の貨幣を使わされる。 長さが統一されるということは、鋳造の体積が揃い、結果として国際取引の主導権がすべて帝国に握られるということだ。……これは、経済の従属だ! 何のために戦争をさっさと金で済ませたと思っている! 貴様は、そんな火種を持ってきた主犯を追い回すことに執着して、我らの首を絞める手伝いをしているのだぞ!」



■ 逆境の毒


「だが、あやつは、アジムは……」


「アジムなどどうでもいい! 奴がいいように使われているのか、それとも確信犯なのかは問題ではない」

 別の商人が冷ややかに言葉を継いだ。

「問題は、帝国が『誤差の許容範囲』を決める権利を持ったことだ。 帝国が『この木材は一少しでも長さが足りない』と言えば、連邦の価値はゼロになる。 連邦の誇る造船も、精密鍛冶も、帝国の基準という檻に閉じ込められる。 シルバ、お前の報告は遅すぎたのだ」


次々と沸き起こる批難の波によって、シルバは「無能な私怨者」という烙印を押されたことを悟った。


彼らが恐れているのはアジムではない。

帝国が新たに握ろうとしている「規格」という名の鎖であり、流れの中心から外れつつある自分たちなのである。


シルバは這々の体で会議室を後にした。

薄暗い廊下に出た瞬間、彼は震える手で壁を殴りつけた。


(……アジム……!)


見知らぬ辺境で才能を開かせた同郷に拒絶され、巡り巡って連邦さえも巻き込み、そして自分の地位を脅かす巨大な災厄となって返ってきた。

だが、シルバの歪んだ精神は、自らの非を認めることを拒絶した。


(あいつさえ……あいつさえいなければ、世界はこれまで通り、適度な不正と曖昧さの中で、俺たちは自由に動けていたんだ。 アジム……お前が世界を狂わせたんだ!)


シルバの中で、アジムへの復讐心はもはや執着を通り越し、一種の信仰にまで昇華されていた。

 

■ 見えない戦線


シルバがギルドホールを去る際、一人の男が近づき、無造作にメモを渡していった。

メモにはこう記されていた。


『帝国の偽技師、派遣済。工作開始』


シルバは口の端を吊り上げた。

帝国軍部もまた、規格をそのまま受け入れるつもりはない。

世界を帝国の定規で狂わせる計画が動いている。


(いいだろう、帝国。 お前たちが世界を縛るなら、俺はその鎖を使って、アジムを絞め殺してやる)


シルバは、再び「商人」の仮面を被り直し、連邦内の反対勢力や、帝国を疎ましく思う小国を焚きつけるための旅支度を始めた。


規格という「光」が生まれたことで、大陸の影はより深く、より長く伸びていく。

アジムが願った「平和への歩み寄り」は、今、国境を越えた先で、金と嘘、そして憎悪にまみれた「政治の道具」へと成り下がろうとしていた。


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