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帝国編 第20話 ── 鉄の王座と見えない鎖


■ 帝都、鋼の心臓部


フェルザン帝国の首都「アイアン・ゲート」は、その名の通り巨大な鉄の壁と、昼夜を問わず煙を吐き出す数千の煙突に守られていた。

中心にそびえ立つ帝都議事堂の円卓会議室。

そこには、帝国の版図を左右する文官、軍部、そして財界の重鎮たちが一堂に会していた。


中央の演台に立つのは、オルガ村から帰国したばかりのブレイン商会代表、ネイサンである。


「……以上が、辺境の漁村で起きた『革命』の全容です」


ネイサンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、正面に座る官房長官、エドワードが冷ややかな声を上げた。


「ネイサン殿。貴殿の報告は実に興味深いが、我らが求めているのは『物語』ではない。『結果』だ。連邦や共和国への根回しはどうなっている。特に、工作装置の心臓部に必要な『ミスリルの粉』の安定した入手ルートだ。まさか、一漁師の提示した規格に踊らされて、帝国の国益を見失ったわけではあるまいな」


ネイサンは恭しく頭を下げ、しかしその目は鋭く光っていた。

「ご懸念には及びません。連邦の主要商人たちには、すでに帝国基準の有用性を伏線として流してあります。ミスリルの粉についても、北方の鉱山ギルドと秘密裏に仮契約を済ませました。……すべては、帝国がこの新たな『共通言語』を主導するための布石です」


「共通言語、か。良い響きだ」


隣に座る大蔵卿が、脂ぎった手で顎を撫でる。

「世界中の商人が帝国の秤を使い、帝国の定規で物を測る。それはすなわち、あらゆる取引の正誤を帝国が判定する立場になるということだ。いずれ帝国の貨幣が世界の基準となり、他国の財政は我が国の掌の上で踊ることになる。……文官としては、これこそが真の『征服』だと考えるがね」



■ 軍部の咆哮


しかし、その和やかな(しかし陰惨な)空気は、会議室の反対側に並ぶ軍部の人々によって切り裂かれた。


「詭弁だ!」


軍部の強硬派、グスタフ将軍が机を叩いて立ち上がった。

「単位を統一してのんびり経済を支配するだと? 何を悠長なことを、 吐き気がする。 すでに皇国のトラベリオンが出入りしているのではないか。 皇国とアジムなる男が結び付けば、そやつの持つ技術、そして例の港の異常な精度……軍事的な脅威になるのはあきらかである。 一刻も早く、その男を攫ってでも帝国の軍事機密として独占すべきものだ!」


「将軍。技術を独占すれば、他国は反発し、独自の規格を作り上げるでしょう」

ネイサンが静かに反論する。

「しかし、こちらから規格を与え、それを使わせれば、彼らは自ら進んで我が国のシステムに従属するようになる。 戦わずして、彼らの工房を帝国の下請けに変えることができるのです」


「甘いな、ネイサン殿。商人の理屈は戦場では通用せん」

グスタフは残忍な笑みを浮かべた。

「技術は奪い、使い潰してこそ価値がある。 そのアジムという男、帝国に召喚し、拒むなら消せ。そこにある技術を帝国の物差しとして再定義すれば済む話だ」


グスタフは背後の副官に目配せをした。

「……会議の結果を待つ必要はない。 すでに腕利きの『技師』たち――隠密行動に長けた我が軍の工作員を選出させた。 彼らをオルガ村へ送り込む。 表向きは規格統一のための協力者だが、裏ではアジムの技術を盗み取り、さらには他国の計測装置に『微細な狂い』を仕込ませる。……世界が帝国の定規にひれ伏すのではなく、帝国の都合で世界が狂う。 それこそが、我が軍の望む秩序だ」


ネイサンの背筋に冷たいものが走った。

自分が築こうとしている「数字による秩序」を、軍部の暴力が「不正による支配」へと塗り替えようとしていた。



■ ギリギリの天秤


会議が休憩に入ると、ネイサンは薄暗い廊下で、窓の外に広がる帝都の煙突群を見守っていた。

そこに、軍靴の音が近づく。グスタフ将軍だった。


「ネイサン殿。 君の『大運河計画』は、軍にとっても帝都の物流に不可欠だ。 邪魔をするつもりはない」

グスタフはネイサンの肩を強く叩いた。

「だが、規格という『鎖』の持ち手は、軍が握る。 君のような商人が甘い夢を見ている間に、我らが現実を処理してやろうということだ。……ミスリルの粉のルートは、軍の補給線として再編させてもらうぞ。 よいな?」


ネイサンは拳を握りしめ、しかし表情は崩さなかった。

「……御意に。 帝国の栄光のためであれば」


グスタフが去った後、ネイサンは再び煙突群の下にある工房群を見つめた。


そこで生まれる道具や製品は、帝都という欲望の濾過器を通ることで、他国を縛り、産業をコントロールするための「見えない鎖」へと変質していく。


帝国が主導権を握るということは、帝国が「誤差の許容範囲」を決める権利を持つということだ。

合格か、不合格か。

繁栄か、破滅か。

そのすべての審判を、帝国の検査官が握る。

これは実質的な技術的植民地化に他ならない。


「……アジム殿。君の作ったものは、すでに君の手を離れ、化け物になり始めている」


ネイサンは深く溜息をつき、次なる戦場――ヴィントラント連邦への「毒」の仕込みを再校正するため、再び会議室へと戻っていった。


鋼の帝都アイアン・ゲート。

その心臓部は、世界を支配するための新たな「物差し」を鍛え上げる熱気で、赤く、残酷に燃え続けていた。


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