帝国編 第11話 ── 砂の吐息
■ 職人の休息と「残骸」
トラベリオンの巨船が霧の彼方に消えて三日が過ぎた。
オルガ村には、静寂が戻っていた。
いや、正確には「嵐の前の静けさ」を知るアジム一人が、その静寂の重さを噛み締めていた。
「……少し、頭を冷やす必要があるな」
アジムは工房の隅に積み上げられた小さな樽を見つめた。
鉄を抜き取った後の白茶けた砂。トラベリオンが「金の山」と言った不純物のない砂だ。 アジムは手元にある「青いコップ」を指で弾いた。
ピンッ。
短く透き通った音が響く。今の乾いた心には心地よい響きだった。
「よしっ。……トマル、ちょっと手伝ってくれ!」
アジムが呼ぶと、近くで資材を運んでいた若者のトマルが
「あいよっ、アジムさん!」
と威勢よく飛んできた。
■ 鉄と土
ガラスなど初めての取り組みだ。
砂を溶かせばいいことぐらいしか知らない。
「まずは鉄鍋で焼く。トマル、ふいごを回してくれ」
「了解っす!」
だが、鉄鍋は砂が溶ける前に飴のように歪み、酸化してボロボロと崩れ落ちた。
砂は白く光るだけで、溶ける気配すら見せない。
「鉄の方が先に溶けるのか……。それに鉄が砂を汚しちまうな」
アジムが歪んだ鉄を放り投げた時、差し入れを持ったリーネが工房に入ってきた。
「まあ、ずいぶん不機嫌ですわね。鉄がダメなら、土を使えばいいじゃないかしら。昔から火に強いのは土でしょ?」
「……そうだな。土の断熱性を利用するか」
アジムは村の共同窯で焼いた素焼きの壺に砂を詰め、再び炉へ。
鉄よりは耐えたが、今度は急激な熱膨張で壺が爆ぜた。
「粘土だけじゃ脆い。それに、熱が外に逃げすぎている」
アジムが腕を組み、唸っていると、背後から野太い笑い声が響いた。
「さしものアジムも、泥遊びには苦労しておるようじゃな」
落ち着いたその声は、村長のバルじいだった。
彼は爆ぜた壺の破片を拾い上げると、じろりとアジムを見た。
「アジムよ、ただの粘土を焼くだけじゃ、その猛烈な火には耐えられん。 ……これを使ってみるのじゃ」
バルじいが差し出したのは、昨夜の宴会の焚火から掻き出した古い『木灰』だった。
「じいさん、灰をどうするんだ?」
「陶器づくりには欠かせんものじゃよ。 灰を練り込めば焼き物は締まり、表面に塗れば熱を逃がさぬ『薬』になる。 砂に混ぜれば、頑固な石も溶けやすくなる……。 ワシら先祖代々の、泥をこねる知恵よ」
アジムの目に光がともる。
灰――植物が土から吸い上げた成分の凝縮。
彼はさっそく、目の細かい砂と木灰、そして粘土を練り合わせた。
「火に強い粘土……防火、いや耐火か。『耐火粘土』だな。じいさん、助かる!」
■ 風と熱の理
つぼ(容器)が形になっても、肝心の「温度」が足りない。
「リーネ、手伝ってくれ。 君の風が必要だ」
「ええ、任せて。 風は私の得意分野よ」
リーネは自身の「風の加護」を使い、炉の内部の空気の動きを精密にコントロールする。
ふいごの板バネを強化した「高圧送風機」から送り込まれる風が、リーネの誘導で超高温の旋風へと変わる。
ゴオオ、という地鳴りのような音が響き、炉の隙間から漏れる光が青白く輝き始めた。
「……温度は上がった。 だが、まだ砂が粘りやがる。 ……バルじいの言った通りだ、灰を投入してくれ!」
トマルが木灰を砂に混ぜる。
これが契機となり、ついに砂が屈服した。
■ 奇跡の結晶
深夜。
自作の「耐火るつぼ」を引き出したアジムの前に、月明かりを液体にして煮詰めたような、ドロリとした透明な物質が現れた。
「……できた」
石板の上に垂らしたそれは、ゆっくりと冷え固まり、圧倒的な透明度を持つ「薄い塊」になった。
「アジム……すごい。これがガラスなのね」
リーネが感嘆の声を漏らす。
「ああ。バルじいの知恵で器を守り、リーネの風で熱した。……村の『ガラス』の完成だ」
■壁の穴に彩を
翌朝。
工房では、アジムをはじめとするメンバーで昨日のガラスを再現していた。
この日はあらかじめ耐火粘土で型枠を用意していた。
もちろんこの型枠にも少々手が入っているのだったが些細なことである。
厚くたぎったツボを鉄と木でできた持ち手で掴んで、型枠に流し込む。
もわっとした空気が辺り一面に広がる。
リーネやバルじいも額にうっすら汗がにじむ。
間近にいるアジムやトマルは滝のような汗だ。
型枠の中には赤々としたものが、鎮座していた。
皆はその様子を、刻々と赤い色が薄れていく様子をじっと眺めるだけだった。
ほぼ赤みが消えたころ、やっとアジムが口を開く。
「とりあえず、第1号だ」
「「お~」」
「やったぁ」
とほかの皆も喜んだ。
アジムもそんな皆の様子に自然と表情が緩んでいた。
出来上がったガラスがまだだいぶ青みがかってはいたが、間違いなく向こうの様子はわかった。
まあ、人がいれば“誰かいるなあ”ぐらいではあったが。
それでも、村で初めての「ガラス」が嵌め込まれる。
「お、おいアジム! 何を……!」
皆の声にやってきたヴィントが驚きの声を上げた。
興味深そうに工房の壁に手を伸ばすと、あるはずの光取り用の穴が、青い光を放っているように見えた。
「なんだずいぶんきれいだな! 」
ヴィントの言葉は正しく第1号ガラスの有り様を表していた。
コップとは違い、淡く青い光が部屋の中に差し込んできていた。
「なんだ、俺だけのけ者にして、こんな面白そうなことを」
そんなヴィントの非難を受けつつ、アジムが昨日作った試作品をバルじいに見せてみた。
それはただ上から落としただけだったためか、円に近い形をしていた。
ただこのガラスは真中が膨らんでいた。
それをバルじいの目の前に掲げた。
「う、うわああああ! 目がでかいぞぉ! 病気か!?」
とバルじいは慌て出した。
アジムは笑いながら
「病気じゃないよ。ほら、それで手のひらを見てみなよ」
そう言って今度はバルじいにそのガラスを渡した。
レンズを覗き込んだバルじいは、絶句した。
「……見える。手のシワが、若い頃みたいにハッキリ見えるぞ。……アジム、これは『魔道具』か? ワシらの『灰』が役に立ったと思うと……鼻が高いわい」
「別にただの宴会の残りじゃん」
とトマルが残念な一言。
「だまらっしゃい」
と、バルじいの拳が飛ぶという一幕もあった。
やがて村の住民たちが次々と集まり、レンズを見てはため息や驚愕の声が続いた。
ささやかだが工房の前は、微笑ましい「見える」革命の渦に包まれたのであった。
■ リーネのため息
「ねえ、アジム。これってまたお父様を喜ばせることじゃないの?」
数日前のやり取りのこともある。
少しだけ不安の影がよぎったリーネだった。
「う~む、どうかな。ガラス自体はあることだし、材料は渡したから皇国も作るからね。村でつかう分にはいいだろ?」
リーネは“それもそうだわ”と納得し、一瞬浮かんだ不安を抑え込んだのだった。
アジムも同じ思いを感じた瞬間はあったが、理由を見つけて納得していた。
「じゃあ、村の家にも付ける分を作っていきましょうか!」
そんな不安を忘れるかのようにリーネにせっつかれ、アジムは肩をすくめ、今ある材料分だけガラスを作ることとなった。




