後日談4――アジム式石壁体誕生秘話
オルガ村の浜の隅。
連日の港湾作業と造船の疲れを癒やすように、焚き火を囲んで男たちが思い思いに腰を下ろしていた。
「うめえ! やっぱりこの時期のカニは身が詰まってやがるな!」
トマルが殻を豪快に割り、湯気の立つ白身を口へ放り込む。
「魚もいいが、この巨大な貝も最高だ。ヴィントさん、焼き加減はどうです?」
火の番をしていたセランが、年長者のヴィントへ声をかける。
「ああ、完璧だ。アジムの魔法で港ができてから、こういう楽しみが増えて助かるぜ」
ヴィントは酒を煽り、満足げに頷いた。
「俺はこっちのカニの脚、もう一本いかせてもらうぞ」
ヨルンとヨランも、巨大シャコに襲われる心配のない平和な夜を心ゆくまで楽しんでいた。
「うめえ、うめえ」と笑い合う声が、潮風に乗って浜辺へ溶けていく。
宴は、穏やかなまま幕を閉じた。
***
翌朝。
片付けのために浜へ戻ったトマル、セラン、ヨルンの三人は、焚き火跡を整理している最中に奇妙なものを見つけた。
「おい、これ見てくれ。カニの甲羅が……焼けた貝殻とくっついて離れねえぞ」
それは、昨夜ゴミとして放り込んだ貝殻と、その上に乗っていたカニの甲羅が、まるで石のように硬く融合した塊だった。
通りかかったヴィントに見せると、彼は眉をひそめて塊を調べる。
「……トマル、このカニ、普通のじゃねえな。魔獣の幼体だ。だがまあ、毒はねえ。食った分には問題ないだろ」
そこへ、興味深そうに目を細めたアジムが歩み寄ってきた。
「ふん、面白そうだな」
アジムは塊を手に取り、土魔法の感覚で内部を探るように目を閉じた。
「昨日の浜焼き、どういう手順でこれを焼いたんだ? 順番まで詳しく話してくれ」
トマルたちの証言
―― 「食べた後の焚き火に貝を放り込み、その上にカニの甲羅を重ねた」
――をもとに、アジムはさっそく再現実験を始めた。
だが、何度やってもただの“焼けたゴミ”ができるだけだった。
「何が違うんだ……?」
アジムが首をひねっていると、傍らで見ていたヴィントがぼそりとつぶやく。
「……昨日はもっと浜の際でやってたからな。下が砂だったぐらいの違いしかねえと思うんだが」
「砂……いや、海砂か!」
アジムはすぐに海砂を集め、焚き火の底に敷き詰めた。
熱せられた貝殻が砂の上でブクブクと泡を吹き、やがて白い粉へと変わっていく。
その粉が魔獣のカニの甲羅に触れた瞬間――
硬いはずの甲羅がじわりと溶け出し、砂や貝殻の破片を巻き込みながら、一つの“岩”へと変質していった。
「……これだ」
アジムは、トマルたちが拾ってきた塊と、目の前で生まれた新しい塊を見比べ、不敵に笑った。
「貝灰、魔獣の殻、そして海砂……。ヴィント、これを使えば“石”を流し込めるぞ」
その瞬間、後に“アジム式石壁体”と呼ばれる技術の幕が、静かに上がった。
■アジム式石壁体(アジムが本格的に実験を始める回)
アジムは、浜で得た“偶然の塊”を手に、村外れの作業小屋へ戻ってきた。
土魔法で整えられた床には、すでに昨夜の再現実験で使った貝殻や砂が並べられている。
「……条件は揃っている。あとは量と順番だ」
アジムは独り言を呟きながら、貝殻を細かく砕き、海砂をふるいにかける。
魔獣カニの甲羅を割って粉にする。
その手つきは、まるで鍛冶師が新しい武器を生み出すかのようだった。
そこへ、トマルとセランが顔を出す。
「アジムさん、またやってんのか?」
「昨日の塊、そんなに気になるんですか?」
「気になるどころじゃない。あれは“石”だ。しかも、自然石とは違う。作れる石だ」
アジムは焚き火台の上に海砂を敷き、砕いた貝殻を乗せ、火をつけた。
熱せられた貝殻が白く変色し、やがて粉になっていく。
「これが“貝灰”だ。石の母材になる」
次に、魔獣カニの殻を粉にしたものを混ぜる。
すると、白い粉がじわりと熱を帯び、粘りを持ち始めた。
「お、おい……なんか生き物みたいに動いてねえか?」
「魔獣の殻は魔力を帯びている。反応が強いのだろう」
アジムは冷静に観察しながら、海水を少しだけ加えた。
瞬間、混合物が“ぐにゃり”と形を変え、石のように固まり始める。
「……固まった?」
セランが恐る恐る触れると、そこには昨夜の塊と同じ、いや、それ以上に硬い“人工石”ができていた。
アジムは満足げに頷いた。
「これなら、流し込んで形を作れる。壁でも、柱でも、堤防でもだ」
「ま、まじかよ……!」
「アジムさん、これ……欲しがってたやつじゃないですか?」
アジムは静かに笑った。
「ああ、そうだ。これがあれば堤防も港も覆える。サビずに済むんだ」
こうして、偶然の発見は“技術”へと昇華されていった。
◆アジム式石壁体(村人が最初に石壁体を使う回)
オルガ村の港。 波に削られ、崩れかけた古い石積みの護岸を前に、村人たちが集まっていた。
「本当に、これで直せるのか?」
「石を流し込むって……そんなことできるのかよ」
不安げな声が上がる中、アジムは堂々と前に立つ。
「心配するな。昨日作った石壁体は、自然石より硬かった。今日はそれを“形にする”だけだ」
アジムは鉄操作魔法で簡易の型枠を作り、防波堤上部、海水面より上に設置した。
そこへ、トマルたちが混ぜ合わせた“石壁体の素”を運んでくる。
「よし、流し込んでくれ」
ドロリとした灰白色の液体が、型枠の中へ流れ込む。
海水に触れた瞬間、表面がじわりと固まり始めた。
翌日
「お、おい……固まってるぞ!」
「はええ……こんなに早く?」
アジムは頷く。
「魔獣の殻が反応を早めて、海水が触媒になっているみたいなんだ」
型枠を外すと、そこには少しざらついた硬い“新しい護岸”が姿を現した。
「……すげえ。石だ。ほんとに石になってる」
「これなら波にも負けねえぞ!」
村人たちの顔に驚きと喜びが広がる。
アジムは腕を組み、静かに宣言した。
「さて最後の仕上げだ」
アジムが鉄骨に触れ、短く命じる。
「……ずれろ」
ゆっくりと固まった石壁体の板が“面のまま”ゆっくりと沈んでいく。
「お、おい……動いてるぞ!」
「割れねえ……本当にそのまま沈んでいく!」
海面下へ沈んだ部分は、海水に触れてさらに硬化し、まるで海底に根を張るように固定されていく。
アジムは次の部分を指差す。
「よし。次の層を塗るぞ。 これを繰り返せば……海底まで一枚の壁になる」
「そうすれば孫の代まではもつかもな」
その言葉に、村人たちは歓声を上げた。
こうして、オルガ村の港は“技術の夜明け”を迎えたのである。




