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後日談3――商人の眼と、腐った巨木の剪定


王都の一角、場末の高級酒場『金の天秤亭』の奥まった席。

王国商会のラグスは、一人静かにエールを傾けていた。

表の通りでは、つい先刻まで「国家の不忠者」を引き立てる兵士たちの足音が響いていた。

処罰されたのは、技師ギルドの重鎮ゼノと、王宮技師管理局審議官のカストルだ。


「……当然の報いだ。あんな真似をして、タダで済むはずがない」


ラグスは冷ややかに笑い、独り言ちた。

彼らの罪状は「独断での視察強行」と「隣国との外交危機を招いた越権行為」。

国王は「自分は関知していなかった」という立場を貫き、彼らをスケープゴートとして北の監獄島へ送った。

二度と日の目を見ることはないだろう。


だが、現場でその「ツケ」を、命を削って支払わされたラグスからすれば、そんな形式的な処分では腹の虫が収まらない。


■ラグスの回想:死神の前に立った記憶


なぜかあの日、朝霧の立ち込める街道に、俺は立っていた。

目の前には皇国のトラベリオン・ルーン率いる武装団とんでもない威圧とともに現れた。

俺は自分の「死」を確信した。


王都のゼノやカストルといった連中は、安全な椅子に座り、自分たちの権益のために「王国政府の正式な視察」という体裁を整え、竜の尾を踏むことになった。

想像すらしていなかった無能どもめ。


トラベリオンの低い声は、そのまま馬で俺を踏み潰すと告げていた。

『どけ、小僧』


あの瞬間の殺気は、まるで目の前で死神の鎌を突きつけられた気分だったよ。

だが、俺は逃げなかった。

ここで俺が逃げれば、アジムやリーネたちの努力が報われない。


今までの俺だったら気にすることじゃなかった。

でも俺は見ちまった。

奴らのこれからに。

たったあれだけの人数であれだけの港を作りやがったんだ。

商売抜きでも奴らを見ていたい。

まあ、ほんのちょっとおこぼれがあればいいけどな。


だから叫んだ。

「今のお前さんは商人じゃない。ただの“暴力”だ!」

娘のリーネが、正面から殴り合わずに勝つ道を選んだその覚悟を、親であるお前が力で踏みにじるのかと。


長い時間だったよ。長い。

あの怪物の拳が緩むまでは、気が遠くなりそうだったよ。


だが瞳から狂気が消えた瞬間、俺は確信した。

(勝った。この怪物を言葉一つで止めてみせた。ならば、もうどんな商売でもやりきってみせる)

なんてな。


■王都商会の「まともな騒ぎ方」


それから数日後。

王都商会の会議室は、久しぶりに「まともな騒ぎ方」をしていた。 怒鳴り声。紙を叩く音。

椅子を引きずる足音。

数字が絡むと、人間は正直になる。


「だから言っただろうが! 港湾使用税が三割抜けたら、我々の収支は――」

「誰がそんな契約を通した!」

「王城だ! 王城が勝手に……!」


ラグスは部屋の隅で、煙草をくゆらせていた。

発言する気はない。

今の連中は、答えが欲しいんじゃない。

責任の置き場所を探しているだけだ。


机の中央には、問題の契約書の写し。

ルーン商会。港湾使用税免除。王立工廠優先供給。


(……まあ、見事だ)


正面から殴られたわけじゃない。

だが、財布の底に小さな穴を開けられた。

しかもその穴は、時間が経つほど広がる。


「ラグス! あんたはどう見る!」


名指しされた。

「どうもこうもねえよ」


煙を吐く。

「負けだ」


室内が静まった。


「ただし、戦争じゃない。商売だ。だから派手に血は流れない。その代わり、毎年、静かに削られる。利益だよ。それも、今期じゃない。三年後、五年後、十年後の“当たり前”が変わる」


「だが、王国は技術者を確保したじゃないか!」

誰かが叫ぶ。ラグスは鼻で笑った。

「確保? ああ、“近くにいる”って意味ならな。いいか。アジムは王国の人間じゃない。王国はあいつを雇ったんじゃない。客になっただけだ」


重い沈黙。


「修理が必要なら、頭を下げる。改修したいなら、順番を待つ。嫌なら? 別のやつに頼めばいい。……作れりゃな」


誰も笑わなかった。 帳簿係が、小さく言った。

「ルーン商会の見積もり、相場より高いです……」

「当然だ」

「でも、断れません……」

「だろうな。値段が高いんじゃない。代替がないんだ」


ラグスは窓の外、忙しなく行き交う荷馬車を見た。

(……あの村の鍛冶屋一人で、よくここまでひっくり返したもんだ)


いや、違う。一人じゃない。


「なあ。お前ら、まだ勘違いしてる。今回の勝ち筋は、ルーン商会でも、アジムでもない」

指を一本立てる。

「リーネだ」


誰も否定できなかった。


「あの娘はな、王国と皇国の間に橋をかけたんじゃない。王国を、市場に引きずり出した。値札を付けられる側になったんだよ、俺たちは」


会議室に、長い沈黙が落ちた。

ラグスは帽子を取り、頭を掻いた。


「まあ、安心しろ。王国は滅びやしない。ただし……もう、偉そうにはできない。それが、何よりの敗北だった」


結び:次の時代の匂い

会議が終わり、廊下を歩きながら、ラグスは独りごちた。

「全く……」 口元が、わずかに緩む。 「とんだ“稼ぎ”だよ、お嬢さん」


馬車には、アジムの旦那が求めていたカニとシャコの殻を、山ほど積み込んである。

(こんなもの、今度は何を始めたんだか)


ゼノやカストルのような「作る側の顔色を伺わずに生きてきた連中」が消え、新しい秩序が始まろうとしていた。


ラグスは馬車に飛び乗り、鞭を振った。

あの街道で、死を覚悟してトラベリオンの前に立ち、言葉の刃を突き立てた経験。

それが、彼を「ただの商人」から、新時代を運ぶ「流通の主」へと変えていた。


「さあ、アジムの旦那。新しい世界の『土台』、届けに行くぜ」


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