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後日談2――静かな敗北


王城の執務室は、異様な静けさに包まれていた。


数日前まで、あれほど騒然としていた廊下は嘘のように落ち着き、書記官たちの足音も控えめだ。

だが、それは平穏ではなかった。


沈黙だった。


机の上には、分厚い帳簿と報告書が山のように積まれている。

港湾使用契約。

工廠資材の優先発注書。

技術顧問付属予算の再編案。


すべてに、同じ名がある。


――ルーン商会。


「……確認をもう一度」

宰相が低く言った。

「港湾使用税、免除率三割。期限は?」

「無期限です。正確には、“双方合意があるまで”」


「王立工廠への材料供給は?」

「ルーン商会経由が最優先になります。他商会は二次、三次です」


宰相は、ゆっくりと息を吐いた。

「……我々は、何を得た?」


技術顧問が答える。

「アジム氏の『王立公認・独立技術顧問』という肩書きです」


「管理権は?」

「……名目上のみです。居住地も行動も、強制力はありません」


沈黙。


誰もが、もう分かっていた。

だが、口に出す者はいなかった。


宰相は帳簿の一枚を引き寄せ、指で叩いた。

「では、これは何だ?」

「王都工廠の新設備更新計画です。ルーン商会からの技術協力を前提にした……」


「前提、か」

宰相は苦く笑った。

「“前提”とは、依存だ」


技術顧問が口を開きかけ、やめた。

彼も気づいている。

すでに王国は、選択肢を失っている。


アジムは王国の人間ではない。

だが、王国の設備は、彼を前提に設計され始めている。


修理。調整。運用。

それらの“最適解”が、すべて彼の存在を中心に組み上げられている。


「……他国への流出は防げたのでは?」

若い官僚が、希望的に言った。


「防げていない」

即座に否定したのは、技術顧問だった。

「“優先供給”と“独占”は違う。 ルーン商会は、王国に最初に売るだけだ。 次にどこへ売るかを、我々は止められない」


また沈黙。


宰相は、ふと窓の外を見た。

城壁の向こうには、いつも通りの王都が広がっている。

何も変わっていないように見える。


「……我々は、勝ったつもりだったな」


誰も否定しなかった。


アジムを城に閉じ込めなかった。

だが、登録した。

管理した“つもり”だった。


だが実際には――

「我々は、世界市場の“顧客”になっただけだ」


その言葉は、重く落ちた。


宰相は、最後に一枚の書類を手に取った。

そこには、アジムの署名がある。

乱雑で、投げやりで、しかし迷いのない字。


「……怪物を手に入れたと思った」

宰相は呟いた。

「違ったな。 我々は、毒杯を差し出され、喜んで飲んだだけだ」


その毒は、即死ではない。

だが確実に、王国の在り方を変えていく。


静かに。不可逆的に。


王城の鐘が鳴る。

それは勝利の鐘ではなかった。

敗北を宣言する鐘でもなかった。


ただ、時代が一つ進んだことを告げる音だった。


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