表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/88

第67話 トラベリオン発進


夜明け前の王都は、まだ眠っていた。


官庁街の通りには人影も少なく、石畳を踏む音だけがやけに響く。

その静寂を破ったのは、一頭の馬だった。


泡を吹き、汗に濡れ、限界まで走らされた痕跡を隠そうともしない早馬。

門番が止めるより早く、馬上の男は叫んだ。


「緊急! オルガ村方面より至急報告!」


その声色だけで、ただ事ではないと分かった。


監視団を管轄する部署の詰所は、瞬く間に叩き起こされた。

夜勤の役人、仮眠中だった書記、当直の下級官僚。

誰もが半端な格好のまま、早馬を取り囲む。


伝令は馬から降りると同時に膝をつき、息を整える暇もなく口を開いた。


「オルガ村監視団……全員、捕縛されました」


一瞬、誰も言葉を発せなかった。


「……捕縛?」

「賊か?」

「村の反乱か?」


矢継ぎ早に飛ぶ問いに、伝令は首を横に振る。


「いえ。抵抗も交戦もありません。 捕縛したのは――皇国、ルーン商会です」


ざわり、と空気が揺れた。


「商会、だと?」

「なぜ商会が兵を?」


伝令は、さらに続ける。


「騎士、およそ五十。 随伴兵、百名ほど。 指揮を執っていたのは――」


そこで一瞬、言葉を切った。


「――ルーン商会会長、トラベリオン・ルーン本人です」


数人の官僚が、はっきりと顔色を変えた。


「会長……本人……?」

「前線に、出た……?」


皇国商会が武装していることは、誰もが知っている。

だが、それはあくまで護衛の範疇。

しかも、会長本人が動くなど、前代未聞だった。


「現在、その部隊は再編中。 進路は……王都方面と推測されます」


その一言で、場は完全に凍りついた。


沈黙を破ったのは、年嵩の官僚だった。


「……理由は」


伝令は、懐から一枚の簡易報告文を取り出す。


「文面には、こうあります。 『本件は、娘リーネ・ルーンに関わる案件である』と」


誰かが、喉を鳴らした。


娘。

その言葉が意味するものを、理解できない者はいなかった。


「……個人案件だと?」

「いや、これは……」


机が叩かれる。


「誰が判断した!」

「監視は穏便にと言ったはずだ!」

「なぜ商会が“家門”として動く事態になった!」


会議は、一瞬で崩壊した。


責任の所在は宙に浮き、書類が散り、怒号が飛ぶ。

だが誰一人として、状況を覆す術を持っていない。


やがて、側近の一人が顔を青くして言った。


「……陛下に、報告を」


それは、もはや避けられなかった。



玉座の間は、朝の光に満ちていた。


国王は、まだ事の重大さを知らない。

ただ「急ぎの報告」と聞き、不機嫌そうに腕を組んでいた。


「申せ」


側近が進み出る。


「オルガ村監視団、全員が拘束されました」

「拘束?」

「皇国ルーン商会の部隊によるものです」

「……商会?」


国王の眉が、わずかに動いた。


「規模は、騎士五十、兵百」

「指揮官は――」


一拍。


「ルーン商会会長、トラベリオン・ルーン」


国王は、その名を口の中で反芻した。


「トラベリオン・ルーン……?」


しばしの沈黙。


やがて、国王は首を傾げた。


「……どこかで、聞いたような名だな」

「宰相、そちに覚えはないか」


宰相は、一瞬だけ目を伏せた。

そして、恐る恐る口を開く。


「へ、陛下……」

「もしや……」


唾を飲み込み、続ける。


「“ベリオン海賊団”の名を、お忘れでは……?」


その瞬間、国王の顔色が変わった。


「……ベリオン、だと?」


玉座の肘掛けを、強く握る。


「皇国公認の……」

「大昔、我が国沿岸を荒らした……」


記憶が、一気に蘇る。

焼かれた港。奪われた船。消えた交易路。


「……まさか」

「同一人物である可能性が、高いかと」


国王の口から、低い声が漏れた。


「どうして……」

「どうして、そんな男が――商会の会長などに……!」


叫びが、玉座の間に響く。


それは怒りではない。

理解が、追いつかない音だった。


側近が、震える声で付け加える。


「現在、その部隊は王都方面へ向かうものと……」


国王は、深く息を吸った。


「……我々は」

「技術者を管理しているつもりで――」


歯を食いしばる。


「“父親”を、呼び出してしまったのか……」


誰も、答えられなかった。


玉座の間に、重い沈黙が落ちる。

そして、国王は呻くように言った。


「どうして……そうなったあぁぁぁ!!」


その声は、王都の朝に、遅れて広がっていった。


――世界は、もう後戻りできない段階へと踏み込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ