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第64話―― 王城前/制度との正面衝突


(リーネ視点)


王城の門は、思ったよりも低かった。


いや、実際には高い。分厚い石壁と重厚な扉は、港町の倉庫とは比べものにならない。

だが「城門」として想像していた威圧感はなかった。

装飾は抑えられ、紋章も控えめで、どこか実務的だ。


(……迎える気は、最初からない)


リーネはそう理解した。


門番は二人。

槍を構えているわけでも、視線で威圧するでもない。

ただ、立っている。立って、記録を取る準備だけをしている。


「用件を」


声は平坦だった。


リーネが名乗るより先に、アジムが一歩前へ出た。


「アジムだ。所在確認の件で来た」


門番の一人が、腰の書類に目を落とす。

わずかな間。


「……確認できました」


それだけだった。

驚きも、警戒もない。

まるで「予定通りですね」と言われたような反応。


門が開く。

軋む音が、やけに大きく響いた。


中へ入った瞬間、空気が変わった。


石の匂い。

人の気配はあるのに、声がない。

足音だけが、規則正しく反響する。


(王城……というより、庁舎ですわね)


権威を誇示する空間ではない。

判断と処理のためだけに作られた場所。


通されたのは、玉座の間ではなかった。

細い廊下をいくつも曲がり、階段を一つ上り、最後に辿り着いたのは――三つの扉が並ぶ前室だった。


「こちらでお待ちください」

そう告げて、案内役は去る。


椅子は三脚。

机はない。


待合というより、配置だ。


アジムは座らず、壁際に立ったままだ。

腕を組みもせず、ただ立っている。


(……落ち着いている)


緊張しているわけではない。

だが、ここでは“作れない”。


それが彼にとって、何よりも重い制約だった。

扉の一つが、音もなく開いた。


「お入りください」


呼ばれたのは、アジムの名だった。


室内は簡素だった。

机が一つ、椅子が三つ、壁際に書架。

窓は高く、小さい。


そこにいたのは三人。


一人は官僚。

年配で地味な服装だが、姿勢だけで分かる――決裁権を持つ側の人間。


一人は記録官。

若く、既に羽根ペンを構えている。


そしてもう一人。

服装は平凡だが、視線が違う。

人を見る目ではない。数値と構造を測る目。


(技術顧問……)


リーネは即座に理解した。


これは取り調べではない。

査定だ。


「アジム氏」


官僚が口を開く。声は丁寧で、柔らかい。


「まず確認したい。あなたは現在、王国籍を保持しているか」

「ああ」


「村籍は?」

「オルガ村」


「商会との正式契約は?」

「ない」


淡々と進む。質問は短く、答えも簡潔だ。

次に、技術顧問が口を開いた。


「あなたの技術は、どこで学んだ?」

「独学だ」


「魔法の補助は?」

「使っていない」


記録官のペンが、一瞬止まった。


「再現は可能か」


アジムは少し間を置いた。


「……俺以外には、無理だ」

「理由は?」

「精度だ。鉄の癖も、手順も、言葉にできない」


技術顧問は、ゆっくりと頷いた。否定しない。

理解した反応だった。


官僚が書類を一枚、机に置く。


「では、本題に入ろう」


空気が変わる。


「あなたの技術は、王国の基準において“管理対象”に該当する」

「徴用ではない」

すぐに補足が入る。

「保護と監督だ」


作業は申請制。

材料の調達は王国経由。

成果物の移動は記録対象。


一つ一つは穏やかだ。

だが積み上げれば、自由は消える。


「拒否権は?」

アジムが問う。


「拒否は可能だ」

一瞬、希望が差す。


だが続く言葉で、それは消えた。

「ただし、その場合も“管理対象”であることに変わりはない」


逃げ場はない。

技術顧問が付け加える。


「あなたが作れる限り。そして、あなたが存在する限り」


沈黙。


アジムは何も言わなかった。

理解してしまった顔だった。


(……ここからは、私の番)


リーネは一歩前に出た。


「失礼します」


三人の視線が集まる。


「私はリーネ。 オルガ村の港に支店を開設している、ルーン商会の代表者です」


――空気が、変わった。


官僚の視線が、ほんのわずかに鋭くなる。

記録官のペンが、止まる。

技術顧問が、初めてリーネを正面から見た。


(知っている。ええ、当然ですわね)


だが、「面と向かって言われる」のは別だ。


官僚は即座に頷いた。


「承知している。 港湾整備、船舶流通、機関部材――いずれもルーン商会名義だ」


言葉は丁寧だ。

だが、先ほどより慎重になっている。


「では、その立場で発言を」


リーネは、静かに続けた。

「“技術者個人の管理”という前提は理解します。 ですが、それを即時に適用すれば、商会の既存流通に影響が出ます」


技術顧問が口を挟む。

「影響とは?」

「停止ですわ」


即答だった。


「アジムが関与した港湾設備、船舶、機関。 それらは既に稼働している。

 突然“管理対象”にすれば、商会は動かせない」


官僚が、わずかに考える。


(……効いている)


これは脅しではない。

事実だ。


「提案があります」

リーネは言った。


「当面、アジムは“個人帰還者”として扱う。 商会契約は、私が引き継ぎます」

「あなたが?」


「ええ」

はっきりと。

「彼の作業は制限されて構いません。 ですが、“作らない時間”を正式に認めてください」


技術顧問が、低く呟いた。


「……作らない、時間」

「今は、作れませんの」


沈黙。


官僚が、ゆっくりと頷いた。

「検討しよう」


即答ではない。

だが、拒否でもない。


「本日は、ここまでだ」


それが、この日の結論だった。

王城を出ると、空は高く澄んでいた。


アジムが、ぽつりと言う。

「……俺は、作れないな」


「ええ」

リーネは歩きながら答えた。

「でも、作らない時間は守らせました」


それで十分だ。今は。


王城の鐘が鳴った。


それは警告でも歓迎でもない。


制度が、今日の業務を終えた音だった。


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