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第62話―― 王城前/制度との正面衝突


(リーネ視点)


 王城は、遠くから見ても威圧的だった。


 白い石で築かれた外壁は、飾り気がない。

 だが、それが逆に「ここは飾る必要がない場所だ」と無言で語っている。


(……近づくほど、空気が重くなる)


 王都の中心に向かうにつれ、通りの人間が変わっていく。

 商人の姿は減り、役人、兵、書記官、使い走り。

 誰もが急いでいるわけではないのに、足取りに迷いがない。


 決められた役割。 決められた進路。

 決められた終着点。


 それが、この場所の“正しさ”なのだ。


 アジムは隣を歩いている。

 だが、視線は王城ではなく、どこか内側を向いているようだった。


(……たぶん、もう覚悟は決めている)


 王城正門の手前。

 広い前庭のような空間で、二人は足を止められた。


 槍を持った兵士が、静かに進み出る。


「用件を」


 声は低く、感情がない。


 リーネは一歩前に出た。


「技術者アジムの件で参りました」

「本人が、王国への出頭を希望しております」


 一瞬の沈黙。


 兵士は、アジムの顔を見た。

 それから、リーネへと視線を戻す。


「……身分証を」


 差し出したのは、王都商会の正式証文。

 ラグスが、ぎりぎりまで悩んだ末に持たせてくれたものだ。


 兵士はそれを確認し、奥へ合図を送る。


 ほどなくして現れたのは、兵ではなかった。

 官服を着た男――役人だ。


「話は聞いている」


 そう言った声に、好奇心も警戒もない。

 ただ、事務的だ。


「技術者アジム」

「あなたが、港湾施設および機関設計の当事者だな」


 アジムが頷く。

「そうだ」


「では、こちらへ」


 案内されたのは、王城の中ではない。

 正門脇に設けられた、小さな応接棟だった。


(……入れてすら、もらえない)


 それだけで、立場が分かる。


 応接室は簡素だった。 机と椅子、書類棚。

 そして、すでに座っている二人の男。


 一人は文官。 一人は、軍属と思しき男。


「着席を」


 促され、二人は椅子に腰を下ろした。


 文官が口を開く。


「まず確認する」

「あなたは、王国の要請によらず、自発的にここへ来た」


「ええ」

 リーネが答えた。

「その通りです」


「理由は?」


 一瞬、迷う素振りを見せてから、リーネははっきりと言った。


「村を切り離すためです」


 室内の空気が、わずかに動いた。


「……切り離す?」


「技術者個人の行動が、特定の地域に過度な圧力を与える状態を、是正したい」

「それが、王国にとっても合理的だと考えます」


軍属の男が、低く笑った。

「随分と、こちらの理屈を理解しているようだな」


「商人ですから」

リーネは微笑んだ。

だが、その指先は膝の上で、わずかに力が入っていた。


「では本題だ」

 文官が言う。

「技術者アジム」

「あなたの技術は、すでに王国の管理対象に入りつつある」


「承知している」


「ならば、拒否権はないと理解しているか」


アジムは、初めて顔を上げた。

「拒否はしない」

「だが、条件はある」


軍属の男が、眉を動かした。


「条件?」


「俺は、“村の代表”ではない」

「オルガ村の港、船、工房は、俺の所有物じゃない」


「当然だ」


「だから」

アジムは、淡々と続ける。

「俺に関する交渉は、俺個人に限る」

「村への徴発、管理、監督は、一切認めない」


文官は、書類に何かを書き留めながら言った。


「……それは、こちらの裁量に関わる」


「違う」

リーネが口を挟む。

「それは、“取引”です」


二人の視線が、彼女に集まる。


「技術の核心は、彼の頭の中にしかありません」

「作業記録も、設計書も、再現可能な形では存在しない」


「脅しか?」


「いいえ」

 リーネは首を振る。

「確認です」


「彼を押さえれば、村は不要」

「村を押さえても、彼がいなければ意味がない」


沈黙。


軍属の男が、低く息を吐いた。


「……なるほど」

「だから、単独で出てきたわけか」


「ええ」


文官が、静かに言った。


「では聞こう」

「あなたは、王国に何を提供する?」


アジムは答えた。


「“速さ”の理屈だ」

「だが、形にするのは俺だけだ」


「傲慢だな」


「事実だ」


一瞬、緊張が走る。


だが、文官は否定しなかった。


「……技術者アジム」

「あなたは、自分の価値を正しく理解している」


彼は、書類を閉じた。


「本日ここで決めることは一つだけだ」


「あなたは、王国の管理下に入る」

「だが、オルガ村は対象外とする」


リーネは、胸の奥で息を吐いた。


(……通った)


だが、文官は続ける。


「代わりに」

「あなたは、王国の要請に応じ、一定期間、技術協力を行う」


「期間は?」


「未定だ」


その一言が、重かった。


アジムは、少し考えてから言った。


「……分かった」


リーネは、彼の横顔を見た。


(それでいい)


今は、それでいい。


完璧な勝利ではない。

だが、村は守られた。


文官が立ち上がる。


「本日の交渉は、ここまでだ」

「正式な文書は、後日渡す」


二人は立ち上がり、部屋を出た。


王城前の広場に戻ると、空はすでに夕暮れだった。


城の鐘が、鳴る。


低く、重く、逃げ場のない音。


リーネは、その音を聞きながら思った。


(誰がために鳴る、か)


それは、英雄のためではない。

国のためでもない。


ただ、壊さずに済むものを、壊さないための選択だ。


アジムは、何も言わず、王城を見上げていた。


 その背中は、もう村の技師ではなかった。


 世界に捕まった技術者の背中だった。


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