第6話 ──確かな抵抗
浜に吹く風は冷たく、潮の匂いが強かった。
村人たちは砂浜に集まり、アジムの周りを囲んでいる。
昨夜、海から現れた巨大な影──
あれが魔獣だと誰もが理解していた。
「……杭を打てばええんじゃないかのう」
最初に言い出したのは、漁師の古老だった。
素朴で、しかし現実的な提案だ。
海から上がってくるなら、物理的に塞げばいい。
村人たちも頷いた。
アジムは試しに砂浜へ手を向けた。
砂の中から芋虫たちが一斉に現れる。
砂を掘り返し、近くの砂鉄を吸い寄せる。
だが──すぐに限界が見えた。
「……これじゃ、杭一本分にもなりませんね」
集めた芋虫鉄は、手のひらに乗るほどの量しかない。
村人たちの顔に落胆が広がる。
「そんなに鉄がないのか」
「いや、あるにはあるんじゃろうが……」
「抜きすぎると浜が沈むって、昔から言われとるじゃろ」
村人の言葉に、場の空気が重くなる。
この村では“鉄を抜きすぎると浜が崩れる”という言い伝えがある。
理由は分からないが、長年の経験から来た知恵だ。
誰も逆らおうとはしない。
アジムは静かに頷いた。
「杭を作るには、鉄が足りません。 広範囲の回収も無理です。 それに……大量に抜くのは危険なんですよね」
村人たちはすぐに理解した。
この村の人々は、無駄に意地を張るような性格ではない。
現実を見て、すぐに次の案を考える。
「じゃあ、どうするんじゃ……?」
「港なんて大工事、ワシらじゃ無理じゃぞ」
「人数も足りんし、材料もない」
アジムは少し考えた。
だが、すぐに答えは出ない。
村人たちの視線が集まる中、ふと一人の漁師が口を開いた。
「……そういやアジム、お前に頼んでたもんがあったな」
「頼まれたもの?」
アジムは首をかしげる。
「錘じゃよ。網につける重りじゃ」
「そうそう、あれがないと網が沈まんのじゃ」
アジムはその瞬間、すべてがつながった。
錘。
網。
海から来る魔獣。
大量の鉄は使えないという制約。
「……網、ですか」
「そうじゃ」
漁師が頷く。
「あの魔獣は速い。 正面から戦うなんて無理じゃ。 じゃが網で絡めれば、少しは動きを止められる」
別の村人が言葉を継ぐ。
「破られてもええんじゃ。 時間さえ稼げれば、逃げるなり隠れるなりできる」
アジムは深く頷いた。
「網なら……鉄は“線”にすればいい。 少量の鉄で、長く、強くできます。 芋虫でも作れます。 5メートル×20メートルの網を……5枚。 それなら、鉄の量も少なくて済みます」
村人たちの顔が明るくなる。
「それならワシらでも張れるぞ!」
「杭よりずっと現実的じゃ!」
「破られても、時間は稼げる!」
アジムは海を見つめた。
昨夜見た巨大な影──
あれは、まるで巨大なシャコのようだった。
甲殻が硬く、脚が多く、動きが異常に速い。
体長は十メートルはあっただろう。
「……あの魔獣は、突進してくるタイプです。 方向転換は苦手なはず。 網に突っ込めば、絡まって減速します」
村人たちは真剣に聞いている。
「五枚の網を、少しずつ間隔を空けて張りましょう。 一枚破られても、次の網が時間を稼ぎます。
その間に、村の人たちは逃げられます」
「なるほどのう……」
「ワシらの人数でもできる作業じゃ」
アジムは芋虫を呼び出し、砂浜にしゃがみ込む。
指先で細い線を描くように示すと、芋虫たちは鉄を集め、細く、長く、均一な鉄線へと変えていく。
「……これなら、魔獣の脚にも絡まるはず」
アジムは小さく呟いた。
芋虫たちは黙々と鉄線を作り続ける。
村人たちはその線を受け取り、網へと編み込んでいく。
夕日が沈む頃、最初の一枚が完成した。
5メートル×20メートルの鉄線網。
触れると冷たく、しかし確かな強度がある。
「これを……五枚ぐらいか」
「やれる。ワシらならやれるぞ」
村人たちの声には、恐怖よりも決意があった。
アジムは海を見つめた。
あの巨大なシャコ型魔獣が、また来るかもしれない。
だが、今度はただ怯えるだけではない。
「……必ず守ります」
アジムは小さく呟いた。
その言葉に応えるように、
芋虫たちが砂の上で静かに蠢いた。




