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第55話 ── 鋼は語り、理は踊る


朝の港は、穏やかだった。


潮の匂いが漂い、木箱を積む音と、子供たちの声が混じり合う。

昨日まで張り詰めていた空気は嘘のように薄れ、村はようやく日常を取り戻しつつあった。


「アジムさん! これ、見て!」


呼ばれて振り向くと、数人の子供が駆け寄ってくる。

手にしているのは、歪な木の独楽や、粗雑に鋳造された小さな鉄の玩具だった。


「すぐ倒れちゃうんだ」

「石に当たると、止まるんだよ」


アジムは無言でそれらを受け取った。

掌の上で軽く回し、転がし、軸のブレを確かめる。


(……笑顔のため、か)


ラグスが目を輝かせていた顔。

港で働く者たちの安堵。

そして、リーネの笑顔。


アジムは小さく息を吐いた。


「……直す」


それだけ言って、作業場へ向かう。



作業場の隅に積まれた芋虫鉄。

アジムはその一本を手に取ると、軽く叩いた。


「細くなれ」


命じるだけで、鉄は応じる。

引き延ばされ、均一な細さを保ったまま、するすると形を変えた。


螺旋に巻く。

芋虫鉄は、自らの内部に力を溜め込む。


「……戻りたがれ」


撓み、抗い、返ろうとする意思。


もう一本。

今度は薄く、帯状に延ばす。


「巻け」


帯鉄は渦を描き、中心へと収束する。

蓄えられる力。

解き放たれる運動。


それらを独楽の内部に組み込む。


「……中で、勝手に働け」


完成した独楽を子供たちに返す。


「少し捻ってから、放せ」


独楽は唸りを上げ、石畳の上で回り始めた。

傾いても、倒れない。


「すげぇ!」

「止まらない!」


歓声。


だが――。



街道の向こうから、豪奢な魔導馬車が現れた。

王都技師ギルドの紋章。


降り立ったのは、銀縁の法衣を纏う男――ゼノ。


「……これが噂の辺境か」


冷笑。


「王国の物流を乱すペテンが、こんな場所で行われているとはな」


アジムを見据える。


「君がアジムか。 独学の職人風情が、重力制御を凌駕したと聞いてな」


声に、怒りが滲む。


「許されると思うか? 重力と衝撃は、選ばれた者の領域だ」


沈黙。


「……玩具か」


ゼノは、近くの子供から独楽を取り上げた。


「条件は同じ方がいい」


魔力が流れ込む。


「見ていろ。回転とは、こう制御するものだ」


風を纏った独楽が、完璧な直立で回る。


「並べろ」



二つの独楽。


最初は、ゼノの独楽が優勢だった。


だが、海からの突風。


制御が乱れ、石畳の窪みに乗り――横転。


「な……っ!?」


一方、アジムの独楽は。


一度傾き、次の瞬間、戻る。

反動体が衝撃を返し、巻き取り鉄が回転を支える。


静かに、回り続けた。


アジムは、独楽を見下ろす。


「……回ってる限り、倒れないんだな」


ゼノの顔が歪む。


「馬鹿な……! 二つ以上の衝撃が重なれば、必ず破綻するはずだ!」


(二つ……)


アジムの視界が切り替わる。


波。

船。

二つの船体。

捻れ。


(……硬くするから、折れる)


地面に図を描く。


「……動かせばいい」



「聞いているのか! 私の理論を――!」


ゼノの声は、もはや届かない。


リーネが微笑む。


「船、ですわね」


「ああ」


ゼノは後ずさった。


「……怪物め」


感情を剥き出しにし、吐き捨てる。


「覚えていろ!

王都は……技師ギルドは……

こんな真似、絶対に許さん!」


怒りを抱えたまま、馬車に乗り込み、去っていった。


静寂。


アジムとリーネは、顔を見合わせた。


「……あいつ、誰だ?」


「さあ。何しに来たんでしょうね?」


二人同時に、小さく首を傾げる。



子供たちの笑い声が戻る。

独楽は、まだ回っていた。


アジムは作業場へ向かう。


その背中は、迷っていなかった。


鋼は、語る。

理は、踊る。


未来は――

もう、回り始めている。


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