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第52話 ── 動き続ける港、止まる者たち


南方街道を進む馬車隊は、朝の光を浴びながらオルガ村へと向かっていた。

先頭を行くラグスは、馬車の揺れと車輪の軋みを感じ取りながら、道の状態を頭の中で整理していた。


(……ここは相変わらず狭い。馬車同士がすれ違うには厳しい)

(低地のぬかるみは、雨季には完全に沈む。路盤を上げる必要がある)

(崖沿いのカーブは視界が悪い。削って広げたいところだ)


港そのものは、前回来た時点で十分に理解している。

鉄の爪も、荷役橋も、動線も、すでに完成度が高い。

評価する必要はない。


今日の目的は三つ。

・挨拶・道中の状況確認・商会への報告

それだけだ。


「ラグスさん、港が見えてきました」


若手商人が声をかける。


「見れば分かる。問題はそこじゃない」


ラグスは馬車を降り、港を一瞥した。


鉄の爪が荷を吊り上げ、滑車が唸り、人が動き、船が動き、荷が流れる。


前回と同じ。

いや、前回より“安定”している。


(港はもういい。 見るべきは“そこまでの線”だ)


ラグスは管理棟へ向かった。


その扉の向こうで、すでに別の火種が燻っていることも知らずに。



管理棟会議室。


重い空気が漂っていた。


リーネは机の前に座り、疲れ切った表情で俯いている。

アジムは壁際に立ち、静かに場を見守っていた。


そして――

ルーン商会副会長、バーザムが外套の前を整え、今まさに部屋を出ようとしていた。


(……あの男)


バーザムの胸の奥には、まだ怒りが残っていた。


アジムの「売らない」という一言。

あれは、ただの反抗ではない。


鉄が止まる。流通が止まる。生産が落ちる。

その意味を、バーザムは誰よりも理解している。


(踏み込めば、こちらが死ぬ)


だから退いた。

怒りを押し殺し、威厳を保ち、何も言わずに。

だが、怒りが消えるわけではない。


(……クソが)


その時だった。


扉が開く。


「失礼する。王国商会南方担当、ラグスだ」


バーザムの視界に、王国商会の徽章が入った。


――見つけた。


(……ちょうどいい)


表情は変えず、バーザムは振り向いた。


「ほう。王国商会か」


声は穏やか。

だが、内側では牙を剥いていた。



「皇国商会副会長、バーザム・ド・ルーンだ」


名乗りと同時に、場の空気が変わる。


「この港には、すでに皇国商会が関与している。 貴商会が来るより前から、な」


若手商人たちがざわつく。

ラグスは一歩も引かない。


「承知している。 だが、ここは王国領内だ。 王国商会が運用試験を行うのは当然だろう」

「試験?」


バーザムは鼻で笑った。


(評価? お前らは何様のつもりだ)


「皇国商会は“先行投資者”だ。 免税、支店、初期物流―― すでに動いている」


これは港への主張ではない。

王国商会へのマウントだ。


「後から来て、評価とは…… 随分と都合のいい話だな」


ラグスの眉がわずかに動く。


(……噛みに来ているな)


だが、ラグスは淡々と返す。


「先行していようと、最終的な物流網を構築するのは王国商会だ」

「港の稼働は確認済みだ。 問題は“そこまでの線”だよ」


バーザムの内心が嗤った。


(そうだ。 そうやって“上”でいるつもりでいろ)



二人の視線の間で、リーネは唇を噛みしめていた。


(……この人たち)


見ている方向が、完全にズレている。


「……一つ、言わせてください」


静かな声。

二人の視線が向く。


「あなた方は、この港を“取り込む対象”としてしか見ていない」

「人が動いています。 荷が流れています。 信頼が積み上がっています」

「それは、どちらの許可も待っていません」


バーザムは内心、苛立った。


(まだ言うか)


だが、表情は崩さない。

ラグスも怪訝な顔をする。


(感情論だ)


リーネは静かに続けた。


「この港は、“誰かに評価されるため”に動いているわけじゃありません」

「もう、動き始めているんです」



沈黙。


その沈黙を破ったのは、アジムだった。


「噛みつく相手を、間違えるな」


バーザムの視線が、思わず動く。

アジムは窓の外の港を見ながら言った。


「港は、任せる相手は選ぶ。 商会も、国もな」


それ以上は言わない。

だが、それで十分だった。

バーザムは外套を整えた。


「……今日は、ここまでにしておこう」


それが、彼にできる最大限だった。

威厳を残し、踵を返す。


(覚えていろ)


その怒りは、消えていない。

ラグスは、重く息を吐いた。


(……俺たちは)


だが、その違和感を言葉にすることはなかった。

リーネは静かに立ち上がった。


「選ぶのは、私たちです」


港の外では、鉄の爪が荷を吊り上げていた。


止まる気配は、どこにもなかった。



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