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第51話 ── 売らぬ理由


オルガ村港・管理棟会議室。

分厚い木製の扉が閉じられ、外の喧騒は遠ざかった。


室内には、重い沈黙が落ちている。


机の向こうに座るのは、ルーン商会副会長バーザム。

重厚な外套を脱ぎ、椅子の背に預けながら、彼は静かに指を組んでいた。


「では、改めて話そうか」


低く、落ち着いた声だった。


「この港は、すでに商会の目に留まっている。 王国商会と“対等”などという関係は、長くは続かない」


リーネは唇を噛みしめる。


「……それは、あなたの判断です。 この港は、王国と皇国、双方に利益をもたらしています」


「利益?」


バーザムは薄く笑った。


「それは理想論だ。商会は理想で動かない。 ここは皇国の南方交易に組み込む。 王国商会は排除する。それだけだ」


淡々とした口調。

だが、その一言一言が、港の未来を切り刻んでいく。


「拒否権は?」


リーネは問い返した。


バーザムは、即答した。


「ない」


机を指で軽く叩く。


「お前は何か勘違いしている。――うぬぼれるな」


その言葉が、室内に響いた。

アジムがピクリと反応する。

が、そばにいたバルじいがアジムの腿を抓って留めた。

そのような周囲の反応には目もくれずにバーザムは続けた。


「今のお前は、自分の力でここまで来たと思っているのだろう。 だが、それは違う。 ルーン商会の名があったからこそだ」


リーネの胸が、締めつけられる。


「商会の看板があったから、王国商会も、お前を無視できなかった。 商会の信用があったから、村人も、お前を受け入れた」


バーザムの視線は、容赦なかった。


「それを忘れるな」


リーネは、言葉を失った。


(……違う、と言えない)


確かに、彼の言うことは正しい。

商会の名がなければ、自分はここまで来られなかった。


「だからだ」


バーザムは続ける。


「港は皇国の利益になる。 ならば、商会が管理する。 それが、最も合理的だ」


沈黙。


会議室の空気が、重く沈み込む。

その時だった。


「……話は終わったか?」


低い声が、割り込んだ。

バーザムの視線が、ゆっくりと横に動く。


アジムだった。

彼は、いつの間にか机の脇に立ち、小さな木箱を置いた。


「これは?」


バーザムが問う。

アジムは答えず、箱の蓋を開けた。


中にあったのは――

鈍く光る、金属の塊。


ただの鉄。

装飾もなく、刻印もない。


バーザムは一瞬、興味なさそうに視線を落としたが、すぐに目を細めた。


「……ほう」


指先で軽く触れる。


「純度が高い。 不純物が少ない。 しかも、この均質さ……」


彼は、すぐに理解した。


(量は少ないが……育つ)


アジムが口を開く。


「これは売り物だ」


バーザムの視線が上がる。


「――だが、お前には売らん」


空気が、凍りついた。


「……何だと?」


「リーネにしか売らん」


その一言は、静かだった。

だが、はっきりと、拒絶だった。


バーザムの眉が、わずかに動く。


「条件を聞こう」


アジムは首を振った。


「条件は一つだ。 命令するな。 この場にあるのは交渉だけだ」


バーザムは、しばらく沈黙した。

アジムは向き直りリーネに問いただした。


「力を持ったつもりか?」


問いは、試すような響きを持っていた。


「君に力がないわけじゃない。 だが、それ以上に仲間がいる。 このおっさんはそのことを知らないだけだ」


バーザムが「なんだこの無礼者は」と怒り出しかけた。

だが、リーネ、バルじいが苦笑いを浮かべる。

バーザムの後ろの護衛も動きそうになるが、リーネの後ろにいたアステル達に視線で止められた。

アジムの目は力を込めた瞳で、バーザムを縫い付けたままだ。


「それ以上、何を望む?」


バーザムは、ゆっくりと立ち上がった。


「……面白い」


外套を整え、扉へ向かう。

バーザムは思う。

(危うく挑発に乗るとこだったわい)


「だからこそ、厄介だ」


扉が閉じる。


静寂が戻った会議室で、リーネは、深く息を吐いた。


「……負けたと思いました」


アジムは、肩をすくめる。


「一人ならな」


リーネは、静かに頷いた。


港の外では、鉄の爪が荷を吊り上げる音が響いている。

それは、まだ小さいが、確かな音だった。


嵐は、もう避けられない。

だが――立つ場所は、ここにある。



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