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第50話 ── 判断と放置、その境界線


◆王都・政務局


「正しかった判断」と「致命的な沈黙」

王都政務局の上級会議室は、冬の朝の冷気を閉じ込めたような静けさに包まれていた。

分厚い石壁に囲まれた部屋の中央には、長い楕円形の机。

その周囲に、政務局長、軍務代表、財務代表、監察局員が並び、そして机の端に、召喚された領主アルヴェーンが座らされていた。


彼の顔は青白く、手は震えている。

だが、それは恐怖ではなく、理不尽さへの怒りに近かった。


(なぜ私が……なぜ私がこんな場に……)


そんな思いが、彼の胸の奥で渦巻いていた。


政務局長が口を開く。


「では、形式的な確認から始めよう。まず――オルガ村からの免税申請は、確かに提出されているな?」

「……は、はい。半年前に……」


「次に、港の存在。 断崖を削り、荷役設備を備えた“港湾施設”が建設されている。これは事実か?」

「……報告を受けたのは最近ですが、事実のようです」


「皇国商会の支店設置も、事実だな?」

「……はい」


淡々とした確認が続く。

だが、アルヴェーンの胸の内は煮えくり返っていた。


(私は知らなかったのだ。 あんな小村、地図の端にすら載らぬ村…… 存在すら覚えていなかったのに……!)


政務局長は書類を閉じ、視線を鋭くした。


「では――核心に入ろう」


部屋の空気が一段と冷えた。


「なぜ、武力を行使しなかった?」


アルヴェーンは息を呑んだ。

だが、これは彼が唯一“正しく答えられる”問いだった。


「……武力を行使すれば、皇国側に“介入理由”を与える可能性がありました。

 皇国軍が“保護”を名目に駐留する恐れが……」


軍務代表が頷く。


「確かに。 皇国は、辺境の混乱を口実に軍を動かすことがある。 その判断自体は――間違っていない」


アルヴェーンの顔に、わずかな安堵が浮かんだ。


(そうだ。私は正しかったのだ。 私は、国のために慎重に動いていたのだ……!)


だが、その安堵は一瞬で砕かれる。


政務局長が、冷たく言い放った。


「――だが、交渉の内容を国に一切報告していない」

「……っ」

「皇国案件を、領主判断で抱え込んだ。 慎重さと、沈黙は違う」


アルヴェーンの喉がひくつく。


「わ、私は……! 報告の準備を……!」

「準備など不要だ。 皇国が絡む案件は、即時報告が義務だ」


監察局員が書類を読み上げる。


「結果として、我々は“許可した”のではない。 “時間を奪われ、既成事実を積み上げられた”のだ」


財務代表が続ける。


「皇国商会の支店設置。 港の完成。 物流の開始。 すべて、国が知らぬ間に進んだ」


軍務代表が静かに言った。


「武力を使わなかった判断は評価する。 だが――統治責任の放棄は否定せざるを得ない」


アルヴェーンは椅子の背にしがみついた。


「ま、待ってくれ……! 私は……私は悪くない……! あの村が勝手に……! 私は何も知らなかったのだ……!」


政務局長は、冷徹に告げた。


「だからこそ、任せておけない」


机の上に、一枚の命令書が置かれる。


「監察官を派遣する。 これは処罰ではない。代行だ」


アルヴェーンの顔から血の気が引いた。


「そ、そんな……! 私の領地を……私から……!」

「実権は一時的に監察官が預かる。 あなたは王都で待機だ」


逃げ場はなかった。


アルヴェーンは、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。


(なぜだ…… なぜ私が…… あんな村のせいで……!)


だが、誰も彼を哀れむ者はいなかった。

政治の論理は冷酷だが、合理的だった。


◆オルガ村 港の管理棟会議室。


窓の外では、鉄の爪が荷を吊り上げる音が響いている。


その音を背に、重厚な外套をまとった男が立っていた。

ルーン商会・副会長。

リーネの叔父にあたる人物だ。

ここのところ定期的に現れるルーン商会の船に乗り込んでいたらしい。


彼は礼儀正しく微笑んだ。

だが、その目は一切笑っていなかった。


「久しいな、リーネ。 ……遊びは終わりだ」


リーネは、静かに息を吸った。


「叔父様。 私は遊んでなどいません。 父様……会長にも許可をもらっています」


副会長は、机の上の帳簿を指で叩く。


「だからこそだ。 この港は皇国の利益装置だ。 王国商会と“対等”など、あり得ない。 村は管理対象でしかない」


リーネの瞳が揺れた。


「私は……商会の道具ではありません。 この港は“投資先”です。 利益は、信頼の上にしか成り立ちません」


副会長は鼻で笑った。


「……村人に取り込まれたか」


その瞬間、会議室の扉が開いた。

トマル、セラン、ヨルン。

そして村の大人たちが、無言でリーネの背後に立った。


言葉はない。

だが、その存在がすべてを語っていた。


副会長の視線が、アジムに向く。

アジムは何も言わない。

ただ、一歩前に出た。


副会長は、薄く笑った。


「なるほど。 ……分かったよ、リーネ」


彼は外套を整え、冷たい声で告げた。


「皇国の“やり方”を教えてやる」


その言葉は、圧力フェーズの始まりを告げる鐘の音のようだった。


リーネは、震える拳を握りしめた。

アジムは、静かに彼女の横に立った。


港の外では、鉄の爪が重い荷を吊り上げる音が響いていた。

それはまるで、これから訪れる嵐の前触れのようだった。


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