第49話 ── 国へ届く報せ、動き出す影
◆王都・王国商会本部。
南方交易を担う幹部たちが集まった会議室は、いつになく張り詰めた空気に満ちていた。
机上には南方海域の地図、交易路の収支表、そして一枚の報告書。
「……以上が、現地からの報告です」
ラグスが締めくくると、室内の空気が一段と重く沈んだ。
「オルガ村……? そんな地名、聞いたこともないぞ」
「地図の端にも載らん。廃村同然だったはずだ」
「そこに皇国商会が支店を置いた? 冗談だろう」
ざわめきはすぐに怒りへと変わった。
「南方交易路の要衝を、皇国に握らせるつもりか!」
「領主は何をしている! いや、そもそも把握しているのか?」
「皇国が“既成事実”を積み上げている。これは商売の問題ではない、国境問題だ!」
ラグスは黙って聞いていた。
彼は現場を知っている。
あの港が、ただの奇跡ではなく、積み上げの結果であることも。
だが、商会の上層部はそんな事情を考慮しない。
「領主に任せていては遅い。いや、もう遅れている」
「国に報告すべきだ」
「皇国に利権を奪われるだけならまだしも、侵略の口実にされかねん」
議長席の男が、静かに手を上げた。
「……国へ報告する。政務局へ“緊急案件”として通す」
その言葉に、室内の空気が一変した。
「よろしいのですか? 領主を飛び越えることになりますが」
「構わん。領主が動かぬなら、国が動くしかない」
議長は、机上の書類を一枚取り上げた。
「皇国商会が王国領内に港湾拠点を築きつつある―― この一文だけで、政務局は動く」
沈黙が落ちた。
ラグスは、胸の奥に冷たいものを感じていた。
(……これで、村は“国の問題”になる)
アジムたちは、まだ知らない。
だが、もう後戻りはできない。
議長がラグスに視線を向けた。
「ラグス。お前は現地との連絡役を続けろ。 ただし、港の運用試験は予定通り行う。 試されるのは我々だ。 商会としての“実力評価”を受ける覚悟をしておけ」
「承知しました」
ラグスは深く頭を下げた。
(政治は政治。だが、商売は現場で決まる)
彼はそう思いながら、静かに会議室を後にした。
◆同じ頃。王都・政務局。
「……免税申請の記録は確かにあるな」
政務官が古い帳簿をめくりながら言った。
「はい。半年前に提出され、特例として承認済みです」
「だが、担当部署は“辺境の小村の復興”として処理していたようです」
「つまり――」
政務局長が眉をひそめる。
「誰も“ここまでの規模になる”とは思っていなかった、ということか」
「はい。徴税官ゴルドンの報告も、 “誇張された復興報告”として扱われていました」
「……馬鹿な。 皇国商会の支店設置まで見逃していたのか?」
「商会の支店設置は、商売の範囲と判断され……」
政務局長は、帳簿から視線を上げなかった。
「――なるほど。免税、復興名目、商会支店。すべて“止めにくい順番”で積み上げられている」
指が、帳簿の縁を強く押さえた。
「何者かが裏で糸を引いているな……交渉ではない。これは……既成事実の構築だ」
室内の空気が凍る。
「我々は“許可した”のではない。時間を奪われたのだ」
政務局長は机を叩いた。
「南方交易路の要衝だぞ! 皇国に握られれば、国の財政が揺らぐ!」
沈黙。
「……領主アルヴェーンを呼び出せ。 事情を聞く必要がある」
命令書が封蝋で閉じられた。
「急ぎ届けよ」
「はっ!」
使者が駆け出していく。
国は動いた。
◆辺境伯領・領主館。
「……召喚状?」
領主アルヴェーンは、震える手で書状を持っていた。
「な、なぜだ……なぜ私が……」
補佐官が恐る恐る口を開く。
「南方の……オルガ村の件かと」
「オルガ村……?」
アルヴェーンは眉をひそめた。
「くそ!まだ、これからという時に」
アルヴェーンは書状を机に叩きつけた。
「なぜだ! なぜ私の領地で問題が起きる! 私は何もしていない! 何も知らん!
なのに、なぜ私が責められる!」
補佐官は、そっと距離を取った。
アルヴェーンは呪詛のように吐き続けた。
「奴らが勝手に港を作ったのだ! 奴らが勝手に皇国商会を呼び込んだだ! 私の許可もなく! 私の領地で! 私の顔に泥を塗っておいて、国にまで迷惑をかけるとは……!」
補佐官は、深くため息をついた。
(迷惑をかけているのは、殿の方では……)
だが、口には出さない。
「……殿、王都への出立の準備を」
「分かっておる! 分かっておるわい!!」
アルヴェーンは髪をかきむしり、呻くように呟いた。
「……あの村に呪われておる……」
補佐官は、静かに目を伏せた。
(呪われているのは、殿の記憶力では……)
◆王国商会・南方支部。
ラグスは、馬車隊の前に立っていた。
「積み込み完了しました!」
若い商人が声を上げる。
ラグスは頷き、荷を確認した。
南方交易の主力商品――
香辛料、薬草、加工木材、そして王国商会が誇る織物。
「これを運び、港との荷役能力を試す。 陸路の運用でどれだけのものを運べるか」
ラグスは馬車の車輪を軽く叩いた。
「政治は上がやる。 だが、商売は俺たちが決める」
馬車隊が動き出す。
石畳の街道を抜け、南へ。
海風の匂いが近づく。
ラグスは、遠くの空を見上げた。
(さて……オルガ村。 王国の交易拡大はお前さんたちにかかっているんだぜ)
馬車隊は、静かに南方へ向かっていった。




