第4話 ── 鉄の芋虫と、村の現実
朝の空気は、昨日より少し冷たかった。
アジムは藁の寝床から起き上がり、軽く伸びをする。
身体の痛みはほとんど消えていた。
足元には、昨日“作った”芋虫が転がっている。
(……命じてないから、動かないよな)
指でつつくと、ただの黒い粒のように転がるだけだ。
命令していない以上、こいつは何もしない。
外に出ると、村の空気がどこか重かった。
「干物、もう底が見えちょるらしいぞ」
「徴税の分、どうすんじゃ……」
「船も網もボロボロで、沖に出られん」
「魔獣がおるけん、浅瀬で小魚しか獲れんしなあ」
村人たちの声が、朝の冷気に沈んでいく。
(……やっぱり、厳しいな)
そんな中、バルじいが手を振ってきた。
「おーい、アジム。ちょっと来い」
作業場に案内されると、古い網や割れた木材が積まれていた。
どれも修理の跡だらけで、限界が近いのが見て取れる。
「今年は干物が少のうてな。徴税に回す分が足りんのじゃ。 船も網もボロボロで、修理する木材も金もない。 沖には魔獣がおるけん、浅瀬で小魚しか獲れん」
バルじいはため息をついた。
「このままじゃ、冬を越せん」
アジムは黙って聞きながら、足元の黒い粒を拾い上げた。
昨日、芋虫にした残りだ。
(……こいつら、大きくならんかな)
そう思い、意図を向ける。
(集まれ)
砂の上に散らばっていた黒い粒が、
ざらっ
と音を立ててアジムの足元に集まってくる。
バルじい
「おお……砂が勝手に動いちょる……」
アジム
「勝手じゃないです。命じてます」
集まった黒い粒を手のひらに乗せ、さらに意図する。
(芋虫の形になれ)
黒い粒が吸い寄せられ、芋虫の形に“形成される”。
動かない。
命じていないからだ。
バルじい
「……なんじゃその形は。 これを何に使えっちゅうんじゃ」
アジム
「いや、俺も分かりません」
二人で笑う。
アジムはさらに意図する。
(ひとつにまとまれ)
複数の芋虫が吸い寄せられ、ぬるっと融合し、大豆サイズの塊になる。
アジムはそれを指でつまみ上げた。
(……んっ、意外としっかりとした重さだな)
見た目は土の塊なのに、指に“ずしっ”と重さが乗る。
この重量感と青黒い艶。
「バルじい、これ……鉄じゃないですかね」
「鉄ぅ!?」
「間違いないです。重さが土じゃないです」
バルじい
「なんで鉄が芋虫の形しちょるんじゃ……」
アジム
「俺が聞きたいですよ」
二人で笑う。
アジムは試しに念じた。
(四角になれ)
芋虫がぶるっと震え、
ぐにゃりと形を変えて
小さな鉄の四角ブロックになる。
バルじい
「……おお……鉄の塊じゃ……!」
アジム
「これ、部品に使えませんかね?」
バルじい
「形はええ……が、大きさがのう……」
アジム
「もっと鉄の粒があれば……大きくできるんですけどね」
バルじい
「鉄の粒を……集めるんか?」
アジム
「ええ。素材が足りないと大きくならないみたいです」
バルじい
「鉄のくせに腹が減るんかい」
アジム
「……そういうことなんですかね」
二人でまた笑う。
バルじいが立ち上がった。
「よし、アジム。砂浜に行くぞ」
「砂浜に?」
「鉄の粒が砂の中に埋まっちょるはずじゃ。 集め放題じゃろが」
◆砂浜──鉄の粒を“集める”
砂浜に出ると、波の音が静かに響いていた。
アジムは砂に向けて意図する。
(集まれ)
砂の中で“ざらっ”と音がし、鉄の粒が砂の表面に押し出されるように集まってくる。
砂の表面に押し出された黒い粒は、日差しを受けて鈍く光った。
バルじい
「……ほんに集まるんじゃな……」
アジム
「命じてるだけです」
集まった鉄の粒を手のひらに乗せ、意図する。
(芋虫の形になれ)
鉄の粒が吸い寄せられ、芋虫の形に形成される。
動かない。
命じていないからだ。
そこへ、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「アジムー! なに作っちょるん?」
アジム
「……芋虫?」
子どもたちが覗き込む。
次の瞬間──
「キモッ!!」
「うわあああああ!!」
「なんでそんな形にしたん!?」
「やだやだやだやだ!!」
全員、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
バルじい
「はっはっは! 子どもは正直じゃのう!」
アジム
「いや、俺も最初はそう思いましたよ」
アジムは意図を解く。
(元の粒に戻れ)
芋虫の形がほどけ、鉄の粒に戻る。
◆船大工の家──応急処置
船大工の家に行くと、老人が船底を見てため息をついていた。
「木材が足りん。釘もない。どうしようもないわい」
アジムは鉄の釘を20本ほど差し出した。
「これ、使えませんか?」
船大工
「なんじゃ……ほう。鉄の釘か。 こんな贅沢なもん、何年ぶりに触ったかのう」
差し出された釘はアジムが念じて作った芋虫の釘。
アジム
「いいですよ、さっき作ったばかりです」
船大工
「そうか、ありがとよ!」
そう言って船大工は、板を船底の穴に当てて釘を打つ。
「……おお。悪うない。 これなら、しばらくは水が入らんじゃろ」
バルじい
「どうじゃ、アジム。役に立っとるぞ」
アジム
「そう……ですかね」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
◆海岸──迫る影
そのとき、海岸から村人の叫び声が聞こえた。
「おい! これ見てみい!」
海岸に行くと、波打ち際に“船の破片”が打ち上げられていた。
木材には、巨大な“噛み跡”が残っている。
村人
「また……魔獣か。まだうろついちょるかの」
アジムは破片を見つめた。
(……急がないといけない。この村、放っておいたら本当に沈む)
胸の奥で、小さな火が、またひとつ強くなった。




