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第38話 ── 検分、そして線が引かれる


朝の港は、静かだった。

鉄の爪は止まり、荷役橋には人影もない。


その代わり――

沖合に、一隻の中型船が姿を現していた。


「来たな」


アジムは岸壁に立ち、短く呟く。


「検分団ですわね」


隣でリーネが帳簿を閉じた。


「予定より半刻早い。……まあ、ありがたいですわ」

「トマル」


アジムは振り返らずに声をかけた。


「接岸準備、頼む」

「おう!」


トマルが即座に走り出す。


ゴーリキとアステルも、それぞれ定位置へ。

港は、いつもの“仕事前”の空気に戻っていった。


――この時点では、誰も緊張していなかった。


検分団の船が接岸する。

下りてきたのは、三人。


王国の徽章を胸に下げた役人が二人。

そして、その後ろから――

妙に身なりの整った男が一人。


(……あいつが、主導か)


アジムは、視線だけで判断した。


歩き方。

周囲を見回す目線。

港ではなく、「数字」を見ている視線。


「オルガ村、検分団だ」


男が名乗る。


「私は主任検査官、フラウス。 本日は港湾設備、備蓄状況、および運用体制の確認に来た」


「ようこそ」


リーネが一歩前に出る。


「私はルーン商会代理、リーネ・ド・ルーン。 本港の管理責任者です」


丁寧な挨拶。

形式としては、問題ない。


だが――


フラウスは、リーネではなく、その背後の“鉄”を見ていた。


「……なるほど。 噂通り、随分と派手だ」


港櫓。 荷役橋。 鉄の爪。


「辺境にしては、過剰だな」


その一言で、アジムの中で、何かが噛み合った。


(ああ……こいつは、“測る側”じゃない)


(“難癖を付ける側”だ)


アジムは、一歩前に出た。

リーネより前。 検分団と、港の間に立つ位置。


「検分は、港からだな」


声は低い。だが、まだ冷たくはない。


「こちらへどうぞ。 まずは荷役動線を見せる」


「いや、先に書類を――」


「後だ」


フラウスの言葉を、遮る。

周囲が、一瞬静まった。


「現物を見てからの方が、早い」

「……それは、こちらが決めることだ」


フラウスの眉が動く。

するとアジムは、港櫓を見上げたまま言った。


「リーネ。 第三動線、開けてくれ」

「え?」


一瞬の間。

だが、リーネはすぐに頷いた。


「……承知しました」


合図と同時に、港櫓の内部で歯車が回る。

荷役橋のレールを、鉄の爪が走った。

空荷の状態で、船の甲板から櫓へ。


わずか数秒。


「……な」


検分団の一人が、声を漏らす。


「説明はいらないだろ」


アジムは、ようやくフラウスを見た。


「これが、全工程だ」

「……待て。安全基準は?運用マニュアルは?」


「ある」

「提出を――」

「後だ」


再び、遮る。

今度は、完全に。


「今は“見る番”だ」


フラウスの顔が、わずかに引き攣った。


「……貴様、立場を分かって――」

「分かってる」


アジムは、淡々と言う。


「だから線を引いた」

「線……?」

「ここから先は、“使えるかどうか”を見る場所だ」


港を指差す。


「使える。 だから、見る価値がある」

「使えないなら?」


フラウスが挑発するように問う。


アジムは即答した。


「時間の無駄だ」


沈黙。

潮の音だけが響く。


リーネは、少しだけ息を吐いた。


(……切り替えましたわね)


仲間に向ける顔ではない。

だが今のアジムは、港そのものだった。

機能で語り、感情を挟まない。


フラウスは、しばらく黙り込み――

やがて、視線を逸らした。


「……案内しろ」


声が、わずかに低くなっている。


「了解」


アジムはそれだけ言い、歩き出した。もう、振り返らない。

オルガ村の港は、今この瞬間から、「評価される側」ではなく、「選別する側」になったのだから。




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