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第37話 ── 鋼の港櫓(こうろ)と、空を往く道


アルビオン号が水平線の向こうへ消えてから、数日が経った。


港は、相変わらず騒がしい。

いや──以前とは違う種類の騒がしさだった。


木槌の音。鉄を叩く低い響き。

滑車が回る、規則正しい軋み。


それらが重なり合い、オルガ村の港は、まるで一つの巨大な生き物のように脈打っていた。


「……アジムさん、これ、本当に全部使うんですの?」


岸壁に山と積まれた鉄材を前に、リーネが思わず声を上げる。


会長から「貸付」という名目でもぎ取った鉄。

そして、アジム自身が精錬した純度の高い鉄。


辺境の漁村には、明らかに過剰な量だった。


「使う。全部だ」


アジムは短く答え、岩盤の前に立った。


「港を“使える場所”にするには、倉庫や爪だけじゃ足りない。 港と村を、一本の線で繋ぐ」


「……線?」


トマルが首を傾げた、その直後だった。


アジムが地面に手を当てる。

芋虫鉄が震え、岩盤に打ち込まれた巨大な杭が、音を立てて姿を現した。


「うおっ……!?」

「なんだ、あれ……」


地面から突き出したのは、港の最奥に据えられた、一本の巨大な基礎柱。


「ここが起点だ。 港湾管理棟──港櫓を建てる」


港湾管理棟、組み上がる


「……おいおい、大将。 これ、家じゃねえぞ」


ヴィントが唸る。


鉄と石を組み合わせた構造体は、あっという間に人の背丈を超え、二階、三階と積み上がっていった。

梁が噛み合い、ボルトが締まり、岩盤に固定されていく。


「宿だ。倉庫だ。事務所だ。 全部まとめて、ここに集める」

「まとめるって……」

「荷物も、人も、情報もだ」


アジムの声は淡々としているが、やっていることは異常だった。


四階建ての鉄と石の建物が、港の最奥で完成しつつある。


二階には、リーネがこだわった港務事務所。

大きな窓から、港全体が一望できる。


「……これ、見てください」


屋上に上がったリーネが、思わず声を弾ませた。


「高さが……村の丘と、ぴったり合ってますわ!」


振り返ると、確かに。

港櫓の屋上と、村のある丘の平地が、ほぼ同じ高さにある。


「偶然じゃない」


アジムが言った。


「だから、繋ぐ」


空を往く道。 屋上から、丘へ。

鉄の梁が延び、トラス構造の橋が組まれていく。


「おい……まさか」


トマルが息を呑む。


「港から、直接、村に?」


「ああ」


アジムは頷いた。


「坂道を使わない。 上げる荷物は、全部ここを通す」


完成した橋の上を、試しに木箱が運ばれていく。


港櫓の屋上を経由し、

そのまま、丘の中央倉庫へ。


「……はは」


トマルが乾いた笑いを漏らした。


「今まで、何往復してたんだろうな、俺たち」

「導線を分けるんだ」


アジムは橋を見下ろしながら言った。


「上げるもの、下ろすものを混ぜると港は詰まる」


誰に教わったわけでもない言葉。

だが、全員が納得してしまう説得力があった。


荷役橋という答え。


「……でも大将」


トマルが海側を指差す。


「船ってのは揺れるぞ。 こんな鉄の橋、ぶつけたら折れるんじゃ……」


アジムは首を振った。


「固定しない。載せるだけだ」


港櫓の四階から、海へ突き出した鉄の橋。


その先端には、関節とローラーを備えた“渡り板”が取り付けられていた。


「上下の揺れは、ここで吸収する。 左右は、遊びを持たせる」


 試しに、小舟が接岸する。


 船が揺れても、橋は、しなやかに追従した。


「……おお」


思わず、感嘆の声が漏れる。

さらに、その橋の中央を走るレール。

 

そこを、鉄の爪が滑る。

船の甲板から荷を掴み、

そのまま、港櫓の内部へ。


「……これなら」


 ゴーリキが唸る。


「何十人分の仕事だ?」

「数人で足りる」


 アジムは淡々と答えた。


「会長の言う“48時間以内の荷役完遂”。 物理的には、もう満たしてる」


夕暮れ。


港櫓の窓に灯りが入り、

荷役橋が、夕陽を反射して鈍く光る。


「……本当に、要塞ですわね」


リーネが息を吐いた。


「ええ。 でも、まだ“心臓”ができただけです」


「水と、食料ですわね」


「そうだ」


アジムは港を見渡す。


「これから、ここは“鉄を生み、鉄を運ぶ場所”になる」


護衛官たちが、新しく用意された部屋を覗き込み、静かに息を呑んでいた。


「……ようやく、床で寝られるな」


「港全体が見渡せます。 守りやすい……」


鋼と理で組み上げられた港。


それは、誰にも止められない流れとなって、オルガ村を次の段階へ押し上げていた。


夜の帳が下りる頃、港櫓の灯りは、遠く海の上からでもはっきりと見えた。


──オルガ村は今、世界に向けて「開いた」のだった。



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