第31話 ── 鉄の爪、金を生む
高台の村から、崖に沿って続く細い下り道。
徴税官ゴルドンは、先を行くアジムの背中を、値踏みするような目で眺めていた。
(口数の少ない職人風の男に、やたら頭の回る娘……。だが、この村をここまで再建するには、必ず“種”がある)
ゴルドンの経験上、急激な復興の裏には、略奪か禁制品、あるいは隠された利権が眠っている。
それを見つけ、握り潰す。
それこそが、彼の徴税官人生を支えてきたやり方だった。
「……おい。ずいぶん急な崖だな」
嫌味ったらしく声をかける。
「こんな場所で、どうやって材木を揚げた? 人力だと言うなら、私はその嘘を笑ってやるが」
その瞬間だった。
崖の角を曲がり、眼下の岸壁が視界いっぱいに広がる。
「――な……っ?」
ゴルドンの足が、ぴたりと止まった。
そこにあったのは、王国のどの建築様式にも当てはまらない“異形”。
岸壁を跨ぐように立つ、四本の銀色の脚。
幾重にも組まれた格子が重さを分散し、絶壁に食らいつくようにそびえ立っている。
夕日に照らされたその姿は、巨大な檻か、あるいは崖に張り付く鉄の獣の腕のようだった。
「……なんだ、あれは」
思わず漏れた声には、侮蔑よりも先に、困惑が滲んでいた。
「『鉄の爪』だ。俺たちが作った、ただの荷揚げ機だよ」
アジムの淡々とした答えに、ゴルドンの指が震えながら突きつけられる。
「ただの、だと!? これほどの鉄を、これほどの高さで――許可なく建てるなど、軍事法に触れかねん! 反逆と見なされても文句は言えんぞ!」
怒声。
だがその奥で、別の感情が頭をもたげていた。
(……兵器? 違う。これは――)
使えそうだ。
それも、恐ろしいほどに。
「……徴税官殿、少し落ち着いてください」
背後から、リーネが静かに割って入った。
その声には、焦りも怒りもない。
「軍事用などではありません。これは、ただの物流設備です」
彼女は岸壁の下を見下ろす。
「トマル。ちょうどいい。例のやつを」
「おう!」
船上で待機していたトマルが手を振る。
鉄の爪のフックに、巨大な石材の束が吊り下げられた。
「……見ていろ」
アジムが短く言う。
キリキリキリ……。
金属が軋む音とともに、ワイヤーが巻き取られ始めた。
次の瞬間。
巨大な石材が――浮いた。
「……っ!?」
音もなく、まるで重さを忘れたかのように、垂直に。
「魔法……? いや、これほどの質量を……!」
石材は崖の縁を越え、そのまま横へと滑る。
ヨランが制動をかけ、ガコン、と重い音。
石材は正確に、荷台の上へと収まった。
数十人で一日かかる作業が、数十秒。
ゴルドンは、言葉を失っていた。
(……違う。これは武器じゃない)
胸の奥で、何かがカチリと音を立てる。
(金だ。富を生み出す装置だ)
「……徴税官殿」
リーネが、彼の横に並ぶ。
「もし、これを接収すれば。
この村は止まります。
つまり、貴殿が将来得るはずの“税”も、ここで終わる」
ゴルドンの喉が鳴った。
「ですが――」
リーネは続ける。
「これを『正当な開拓の成果』として報告すれば。 貴殿は、王国北端に新たな港を拓いた功績者になります」
沈黙。
彼女は、追い払おうとしているのではない。
餌を、差し出している。
「……私が、報告を?」
「ええ。特例期間が終われば、ここには莫大な物流税が発生します。
それを最初に見つけた官吏――それが、貴殿です」
アジムは黙って聞いていた。
(……殴る方が、ずっと楽だ)
だが、それでは村が守れない。
ゴルドンは、台帳を取り出し、一度書いた「徴収不能」の頁を破り捨てた。
「……よかろう。 これは漁具の一種として届け出ておこう」
そして、指を突きつける。
「だが、特例が終わった最初の査定は、私が行う。 それまでに――村を、豊かにしておけ」
背中を向け、去っていく。
「……帰ったのか?」
トマルの声に、アジムは短く答えた。
「ああ。ひとまずな」
鉄の支柱に手を触れる。
冷たい感触。
牙ではなく、利で縛る。
それは、職人だった彼にとって、初めて知る戦い方だった。
「味方にするつもりか?」
「まさか」
リーネは微笑む。
「保証が欲しかっただけです。 使えなくなれば、切ります」
便利さが、外の世界を呼び寄せる。
そして、その外の世界を、逆に縛りつける。
鉄の爪は、もうただの道具ではなかった。




