第30話 ── 招かれざる「眼」
馬の蹄が、乾いた土を蹴る音が止まった。
王国の紋章が刻まれた外套を翻し、徴税官ゴルドンは苦々しい表情で周囲を見渡す。
「……たしかに、このあたりだったはずだが」
半年前。
彼はこの地を訪れ、舌打ちと共に引き返している。
そのとき海沿いの砂浜にあったのは、嵐に叩き潰された、潮風に晒されて腐りゆく家々の残骸だけだった。
人の気配はなく、名もない廃墟。
徴収できる金も、食料も、価値もない。
だから彼は迷いなく台帳に書いたのだ。
――徴収不能。
そして、別の納税者を探しに内陸へと馬首を向けた。
だが。
街道の宿場で、妙な噂を耳にした。
――あの廃墟のあたりに、何かが住み着いた。
――夜な夜な火を焚き、鉄を喰らう怪異だ。
――いや、人だ。村ができているらしい。
(……金の匂いがする)
ゴルドンは唇を歪めた。
怪異だろうと構わない。
人が住めば生活があり、生活があれば税が取れる。
それが彼の信条だった。
そして今。
目の前に広がる光景は、彼の予想を遥かに超えていた。
「……なんだ、これは」
高台には、秩序があった。
粗末ながらも補強された家屋。
整えられた側溝。
理にかなった柵と、踏み固められた地面。
ゴルドンは馬を降り、土を踏みしめる。
半年前とは明らかに違う、重みのある感触。
(逃がさんぞ……これは“取れる村”だ)
「おい! 誰かいないのか!」
声を張り上げたその時、村の入り口から男が現れた。
無骨な顔立ち。
鍛え上げられた体。
旅人を見る目ではない。侵入者を見る目だ。
アジム。
その隣に、帳簿を抱えた銀髪の娘が静かに並ぶ。
リーネだ。
「……何か用か。ここはオルガ村だ」
アジムの声は低い。
だが、ゴルドンは鼻で笑った。
「オルガ村? そんな名は王国の台帳にはない。だが――」
視線が、背後の家屋、積まれた材木、村の奥へと卑しく泳ぐ。
「これだけの生活がある以上、王国民としての“義務”が生じる。 私は徴税官ゴルドンだ。この土地と資産の調査を行う」
アジムの拳が、無意識に握られた。
命がけで再建した場所。
一度は見捨てたはずの男が、今さら分け前を求めて現れた。
「……ここは俺たちがゼロから作り直した。王国の保護なんて受けていない」
「ほう?」
ゴルドンが口角を吊り上げる。
「王国の土の上に立ちながら、その言葉か? 反逆と取られても文句は言えんぞ?」
その時。
「……徴税官殿」
リーネが、一歩前へ出た。
怒りはない。
あるのは、冷えた理性だけ。
「当村は『未開拓地復興特例』に基づき、開墾から三年間は免税対象です」
「……特例、だと?」
ゴルドンの表情が、わずかに強張った。
「半年前、貴殿自らが『徴収不能』と判断した土地。 つまり、王国の管理から一度外れた廃墟です。
私たちはそこを新たに『オルガ村』として開拓しました」
風が吹き抜ける。
リーネの言葉は淡々としていたが、内容は鋭かった。
「……小賢しい」
ゴルドンは目を細める。
「だがな。特例には“正当な開拓”の証明が要る。 この材木、この建築。 どうやって運び込んだ? 盗品か? 密輸か?」
彼は勝ったと思っていた。
「それに――」
崖の縁へ、ちらりと視線を向ける。
「下の港も調査させてもらおう。 面白い噂を聞いている」
その瞬間。
アジムが一歩、前に出た。
足元で、芋虫鉄が微かにざわめく。
拳に、じわりと熱が溜まる。
「……下へ行くなら、案内が必要だ」
「ほう?」
「あそこは、余所者には危なすぎる」
アジムの目は、笑っていなかった。
遠く、港の方角から――
キィ……ギ……と、金属が擦れるような低い音が、風に混じって届いた。
「……いいだろう」
ゴルドンは満足げに頷く。
「その“オルガ村”の真価、見せてもらおうじゃないか」
平和な高台の風景は、ここで途切れる。
眼下には、王国の常識を拒む異形が待っていた。




