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第3話 ── 及び腰の神様と、芋虫みたいな何か

その夜、アジムは藁の寝床に横になり、天井をぼんやり眺めていた。


洞窟。

祠。

光る模様。

そして、やたらと取り乱していた土地神。


普通なら眠れなくなるところだが、不思議と頭は冴えなかった。


(……考えても、分からん)


分からないものは分からない。

それよりも、腹が減るとか、明日の仕事とか、そっちの方が現実的だ。


結局アジムは、そのまま眠りに落ちた。


翌朝。


「……体、軽いな」


起き上がって腕を回してみる。

昨日まであった鈍い痛みは、ほとんど残っていなかった。


(助かったとはいえ、都合よすぎる気もするが……)


だが、動けるならそれでいい。


戸口の外から、バルじいの声がする。


「おーい、生きとるかー」


「生きてます」


「なら飯じゃ」


相変わらず確認が雑だ。


朝食を食べながら、アジムは何気なく村外れの丘を見る。


(……今日も、行くんだろうな)


理由ははっきりしない。

だが、行かない方が落ち着かない。


結局、食後に立ち上がった。


「どこ行くんじゃ?」


「……散歩です」


「そうか。昼までには戻れ」


深く聞かれないのがありがたい。


洞窟は、昨日と同じ場所にあった。

入口の前で一度立ち止まり、息を整える。


「……失礼します」


誰にともなくそう言って、中に入った。


中は相変わらず静かだった。

苔の匂いと、水滴の音。


祠の前に立つ。


「……昨日は、その……」


少し言葉を選んでから言った。


「驚かせてしまったなら、すみません」


沈黙。


(……いない?)


そう思った瞬間。


『……いや、来るとは思っとった』


疲れ切った声が返ってきた。


「いるんですね」


『神じゃからな』


(神様の割に自己主張が弱い……)


『……昨日のことじゃが』


土地神の声は、歯切れが悪かった。


『あれは……わしの言い方が悪かった』


「言い方?」


『“神威”と言ったじゃろ』


「言ってましたね」


正直、そこが一番引っかかっていた。


アジムは腕を組み、はっきり言う。


「それ、違うと思います」


洞窟の空気が、わずかに張りつめた。


『……ほう』


「俺、神様じゃないですし。 そんな力、あるわけない」


至極まっとうな主張だった。


流れ者で、昨日までただの船乗り。

神と呼ばれる理由がない。


『……うむ』


土地神は、少し間を置いた。


『確かに、その通りじゃな』


(あっさり認めた)


『言葉が強すぎた』


祠の前の空気が、ふっと緩む。


『正しくは…… 神威そのものではない』


「じゃあ、何なんですか」


『……例えが難しいのう』


少し考えてから、土地神は言った。


『大神の血ではない。 生まれでもない』


(血筋じゃないのは助かる)


『例えるなら…… 大神の仕事に、偶然関わった者』


「……仕事?」


『うむ。 手伝った、通りがかった、 余波を浴びた……』


言葉を探すように続ける。


『そういう“縁”じゃ』


「……よく分からないですけど」


『それでよい』


即答だった。


『分からぬのが、自然じゃ』


少し間が空いた。

土地神は、話題を切り替えるように言った。


『おぬし』


「はい」


『土属性じゃのう』


「……え?」


唐突だった。


「属性って……魔法の、ですか?」


『うむ』


アジムは、足元の地面を見る。


「俺、魔法なんて使った覚えないんですが」


『じゃろうな』


なぜか納得した声。


『今のおぬしは、力が出ておるだけじゃ』


「……それ、違うんですか」


『まるで違う』


少しだけ、教師のような口調になる。


『出るのは、勝手に出る。 使うのは、意識してやる』


(雑だけど、分かりやすい……)


『よいか』


土地神が続ける。


『土魔法はな、

 命じるものではない』


「命令じゃない?」


『頼むものじゃ』


(神様、急に詩的だな……)


『土は、耳が良い』


アジムは半信半疑のまま、地面にしゃがみ込んだ。


『手を伸ばせ。触れろ』


言われた通り、土に手をつける。

冷たく、少し湿っている。


『してほしいことを、思え』


「声に出さなくても?」


『出してもよいが、迷うな』


(なるほど……)


アジムは、心の中で思った。


(……小さく、動いてみてくれ)


その瞬間だった。


土が、もぞりと動いた。


「……え?」


米粒ほどの土の塊が、芋虫のように身をくねらせる。


『……ほら』


土地神の声が、どこか引きつっていた。


「……これ、俺が?」


『そうじゃ』


即答だった。


『わしは、何もしておらん』


(神様、やたら即答だな……)


『おぬしの土魔法じゃ』


芋虫ゴーレムは、のろのろと前に進む。

正直、派手さはない。


「……地味ですね」


『言うな』


即座に返された。


「……これ、何ができるんですか」


『分からん』


「分からない?」


『使い手次第じゃ』


(丸投げだ……)


『土を運ぶかもしれん。 固めるかもしれん。 穴を掘るかもしれん』


「“かもしれん”ばっかりですね」


『わしも、初めて見る型じゃ』


(神様でも初見なんだな……)


洞窟を出ると、芋虫ゴーレムは、アジムの足元をついてくる。


「……ついてくるのか」


『おぬしの近くが、安定する』


土地神の声は、相変わらず及び腰だ。


『壊すな。 目立たせるな。 無理はするな』


「……分かりました」


理由は分からないが、素直に頷いた。

村に戻ると、バルじいが畑で作業していた。


「おーい、何を連れてきた」


「……動く土です」


足元で、芋虫ゴーレムがもぞっと動く。


バルじいは一瞬固まり、次に、にっと笑った。


「便利そうじゃな」


「……そうですかね」


「この村じゃ、 動くだけで役に立つ」


(基準が低い……)


だが、その言葉で思った。


(……ここなら、やっていける)


胸の奥で、小さな火が、確かに灯っていた。


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