第28話 ── 笑顔と走る神輿 ──
ポンポン丸が三隻に増え、村の生活にようやく余裕が生まれ始めた頃。
長老のバルじいが、俺の元へ相談にやってきた。
「アジム。そろそろ土地神様を、新しい社へお移りいただく時期じゃと思うんじゃ」
土地神様の祠は、かつての村があった場所からさらに奥。
波打ち際の狭い岩陰にある。
俺がこの島に流れ着いた、あの砂浜のさらに先だ。
しかし、そこへ向かうには、旧村があった、あの巨大なシャコが徘徊する砂浜を通らなければならない。
「大時化のたびに波に洗われるようでは、神様も落ち着かぬ。村を見渡せる高台に、立派な社を建てて差し上げたいんじゃ」
俺は二つ返事で引き受けた。
船造りで鍛えたトラス構造の技術を使い、高台に頑丈な社の土台を築く。
そして、いよいよ――遷座の日がやってきた。
ご神体は、古くから祀られている重厚な自然石だ。
これを、俺が魔法で組んだ鉄と木の頑丈な神輿に乗せ、村の男たち総出で担ぎ上げる。
「せーの、わっしょい!」
トマルたちの威勢のいい声が響く。
村中の人間が正装し、笛や太鼓を鳴らしながら、お祭り騒ぎで旧村の砂浜へと差し掛かった。
俺は水際を警戒し、リーネはいつでも風の壁を作れるよう杖を握りしめている。
シャコは体が重すぎて陸へは上がれないが、水際を歩く俺たちを、海中から狙ってくる可能性は高い。
砂浜の中ほどまで来たとき、波しぶきが爆発した。
「……来たぞ!」
俺の叫びと同時に、海中からあの忌々しい巨大シャコが姿を現した。
シャコは浅瀬で上半身を大きく持ち上げ、自慢の鎌を振り上げる。
「ひえっ、出たぁ!」
担ぎ手たちが一瞬怯む。
しかし、俺は今日のために用意していた奥の手を叫んだ。
「慌てるな! 予定通り、全員で全力疾走だ!」
神輿の底には、砂の上でも滑るように、魔法で極限まで摩擦を減らした鉄のソリを取り付けてある。
「担ぐな、引け! 走るんだ!」
男たちは担ぎ棒を握り直し、神輿を引いて砂の上を猛烈な勢いで滑らせ始めた。
シャコは水面を叩き、衝撃波を放って威嚇する。
「させません!」
リーネが杖を振るい、風の壁でシャコが跳ね上げた水を押し返した。
巨体ゆえに浜へは上がれず、水際でもがくシャコを尻目に、神輿は驚くべき速度で白砂の上を滑走していく。
「わっしょい! わっしょい!」
もはや、それはお祭りというより、命がけの競走だった。
シャコが怒り狂って波を立てるが、高台へと続く岩場まで来ればこっちのものだ。
俺は魔法で岩場の隙間に鉄の杭を打ち込み、そこへ太い鎖を渡して、シャコが万が一にも近づけないよう水際を封鎖した。
新しい社は、潮風を逃がす風通しの良い、鉄と木のハイブリッド建築だ。
ご神体の石を、俺が丹念に磨き上げた台座へ慎重に下ろす。
「……間に合ったな」
全員が肩で息をしながら、完成した社を見上げた。
そこからは、青い海と、港に並ぶ三隻のポンポン丸がよく見えた。
神様の目には、この新しい村の景色はどう映っているだろうか。
もちろん、俺たちの目には土地神様の姿は見えない。
けれど、社に石が鎮座した瞬間、ふわりと、どこからか花の香りのような、清涼な風が吹き抜けた。
「喜んでいらっしゃるわ、アジムさん」
リーネが晴れやかな笑顔でそう言った。
不思議と、村の誰もがそう確信していた。
あんなに必死に逃げ回ったはずなのに、皆の顔には恐怖ではなく、やり遂げた満足感の笑顔があった。
自分たちの手で神様を守り、新しい家へ案内したのだ。
信じている。
自分たちの歩みが、神様にも喜んでもらえていることを。
その日の夜、村は今までで一番大きな宴会に包まれた。
「シャコから逃げる神輿なんて、後にも先にもこれきりじゃな!」
バルじいが笑いながら酒を煽る。
「いやぁ、神様もあんなに速く動いたのは初めてでしょうね」
俺も笑いながら、リーネと杯を交わした。
隣ではトマルが、シャコに勝ったつもりで威勢よく踊っている。
不完全なポンポン丸。
まだ見ぬ回転推進の技術。
山積みの課題はあるけれど――
この笑顔がある限り、村はもっと良くなる。
俺は夜空の下、新しく建てた社の方をそっと見上げた。




