第27話 ── 響け、八つの心臓 ──
月明かりが作業場を青白く照らす中、俺、アジムは机の上に置かれた「鉄の塊」を睨みつけていた。
それは、昼間に大失敗を演じた魔導熱循環機関――通称『ポンポン機関』の一号試作機だ。
「……あーあ、ダメだな。全然足りない」
俺は深くため息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。
仕組みは至って単純だ。
芋虫鉄を編み上げて作った頑丈なパイプを、薪を燃やすかまどの中に通す。
そこに海水を送り込み、加熱。
発生した蒸気の膨張圧で、残りの水を一気に後方へ噴射する。
パイプ内が冷えれば再び水を吸い込み、サイクルを繰り返す。
――『なべぶた』の原理そのものだ。
これなら精密なバルブも、複雑なピストンもいらない。
鉄を自在に操れる魔法なら、効率的なパイプ構造を「形」として固定できる。
これこそが、村の誰もが扱える普及型船の心臓になるはずだった。
だが、 現実はそう甘くはなかった。
三トンを超える船体に、この『一号機』を搭載してみた。
しかし、現れたのは無情な現実だった。
パイプから威勢よく水は噴き出すものの、船体はわずかに震えるだけ。
進むどころか、潮の流れに乗るか、横風一つで押し戻される始末だ。
「アジムさん。……また、行き詰まっていますね?」
リーネが、夜食の干し肉と温かいスープを持って入ってきた。
彼女は俺の横に座り、俺が書きなぐった図面を覗き込む。
「形状や水の吸い込みは完璧です。でも、やっぱり『力』が足りないんでしょうか」
「ああ。熱効率の問題じゃない。絶対的な『推力』が足りないんだ」
「バルじいには『音が威勢いいだけだ』って笑われちまったよ。今のままじゃ、時速数キロ……大人の歩く速さにも届かない」
俺は頭をかいた。
普及型を目指すなら、村人でも、ある程度の性能が求められる。
今の出力では、ただの『浮かぶかまど』だ。
「……一基がダメなら、二基。二基がダメなら、三基だ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
そうだ。なにも心臓は一つである必要はない。
一機の出力が小さいなら、並べて「数」で出せばいい。
「リーネ、手伝ってくれ。改良するぞ」
そこから、俺たちの不眠不休の作業が始まった。
まず一基だったエンジンを二基に増やした。
……まだ足りない。 三基、四基……。
四基並べてようやく、手漕ぎのボート程度の速度が出た。
それでも人の歩く速度、約四ノット(時速七キロ強)に届くかどうかだ。
これでは重い荷物を積んだら最後、海の上で立ち往生するのが目に見えている。
「アジムさん、これ以上増やすと薪をくべるスペースがありません」
「なら、トラスフレームを延長して、左右に四基ずつ、合計八基を連結する!」
俺は魔法を酷使し、芋虫鉄を編み上げていった。
単に並めるだけじゃない。
ただ同時に噴射させたのでは、船体が激しくガタついて水の抵抗が増えるだけだ。
俺は八つのチャンバー(加熱室)を、一つの周期として管理できるように調整した。
第一ユニットが噴射するとき、第二ユニットは吸水し、第三ユニットは加熱する……。
いわば、八つの竈の点火タイミングを調整するような作業だ。
「リーネ、それぞれのユニットの熱循環が『リズム』を刻むように、風で空気を送り込んでくれ。
四拍子だ。ドシュッ、ドシュッ、ポン、ポン……という一定の拍子を崩さないように!」
後で考えれば酷な注文をしたと反省した。
「わかりました! やってみます!」
翌朝。
港には、もはや当初の予定を大きく上回る、異形の普及型一号機――『ポンポン丸』が姿を現した。
十メートルを超える細長い船体の両脇に、合計八つのかまどが並んでいる。 ヴィントやバルじいたちが集まってくる。
「おいおいアジム、かまどが八つも並んでるじゃねえか。船が重くなるだけじゃねえのか?」
ヴィントの正当なツッコミに、俺は苦笑いしながら答える。
「重さは鉄のトラス構造でギリギリまで軽量化しました。その分、浮力は木製の外板で確保しています。見ててください、今度は止まりませんよ」
トマルたちが薪をくべ、八つの燃焼室に次々と火が入る。
やがて、船尾のパイプから、重厚な音が響き始めた。
――ドシュッ! ドシュッ! ポン、ポンポンポンポン……!
八つの心臓が刻む四拍子のリズム。
不連続だった衝撃が、一つの力強い『流れ』に変わる。
船体がグンと前に押し出された。
「……動いた! 歩くより速いぞ! 走ってるみたいだ!」
トマルが叫ぶ。
だが、俺はまだ満足していなかった。
八基をフル稼働させても、速度はようやく四ノット。
海流の強い場所や、向かい風を考えれば、これ単体ではまだ心もとない。
「バルじい! 帆を上げてくれ! エンジンだけじゃ足りない!」
「おう、心得た! やはり最後は風の力よな!」
バルじいが手際よく帆を張ると、風を受けた船体がさらに加速した。
帆走による自然の推進力。
そして、ポンポン機関による強制的な機動力。
この二つが組み合わさることで、ようやく『普及型』として実用的な性能に達した。
風が死んだ時でも、八つの心臓があれば港へ帰れる。
風がある時は、その力を借りて燃料を節約できる。
それが、今の俺にできる精一杯の『現実的な設計』だった。
「なるほどな。これなら、沖の漁場まで安心して行けるぜ。アジム、いい仕事じゃ」
バルじいが舵を握り、満足げに目を細める。 村人たちがポンポン丸の周りで歓声を上げ、初航行を祝っている。
だが、俺は激しく振動し、熱を吐出し続ける機関を見つめて、一人静かに誓っていた。
(……これじゃダメだ。これ以上は、数を増やしても効率が落ちるだけだ)
今のシステムは、薪を燃やして水を直接吐出す、試作品だ。
この方法ではまだ無駄が、無駄のままだ。
力の半分以上がただの熱として海に捨てられている。
次に俺がやるべきことは、決まっている。
蒸気の圧力を逃がさないための、精密な開閉部品。
そして、その圧力を閉じ込めて往復運動に変える部品。
最終的には、その動きを回転へと変換する仕組みづくり。
「アジムさん。……また、難しい顔をして。まずは今日の成功を喜びましょう?」
リーネが隣で笑い、温かいお茶を差し出してくれる。
俺は自分の不甲斐なさに苦笑しつつ、彼女からお茶を受け取った。
「ああ、そうだな。……でも、次はもっと静かで、もっと速いヤツを作るよ。俺たちの本当の船は、まだこれからだ」
八つの心臓が刻む、不器用な四拍子の鼓動。
それは、この島が本当の意味で「理(物理)」の世界へと漕ぎ出した、産声のような音だった。
俺の技術開発は、ここから加速する。




