第24話 ──響く不協和音と、月下の翼
その朝、アジムは耳を突き抜けるような、甲高い金属音で目を覚ました。
「カララララッ!」「チリンチリン!」
一度鳴り出すと、それは連鎖的に村の四方八方から響き渡る。
アジムが飛び起きて窓の外を見る。
そこには朝日を浴びてキラキラと輝く「鉄の鳴子」たちが、狂ったように踊っていた。
「……なんだ、魔獣か!?」
アジムが慌てて作業場を飛び出すと、そこには既に先客がいた。
だが、それは武器を構えた村人ではない。
頭を抱えてしゃがみ込むヴィントと、耳を塞いで真っ赤な顔をした村の女たちだった。
「アジム! この……この『お祭り騒ぎ』を今すぐ止めろ!」
ヴィントが怒鳴る。その足元を、一羽の小さな海鳥が暢気に横切った。
鳥が鳴子の糸をかすめるたびに、またしても「カランカラン!」と大音響が響く。
「性能が良すぎるのも考えものね……」
隣でリーネが、申し訳なさそうに苦笑いしていた。
アジムが昨日設置した鳴子は、ハサミガイの共鳴効果とアジムの純度の高い鉄。
そしてリーネの計算した反響理論が組み合わさった結果、野ウサギの足音はおろか、強い海風が吹いただけで村中に警報を鳴らす「超高感度センサー」と化していたのだ。
「悪い、すぐに調整する」
アジムは冷や汗をかきながら、魔法で糸の張力を緩め、特定の重さ──具体的には、トマル程度の人間がしっかり踏み込まない限り鳴らないように調整を施した。
だが、ヴィントたちは納得しなかった。
「本当にそれで大丈夫なのか? いざって時に、鳥は鳴らすが魔獣は通すなんてことにならねえだろうな?」
「……よし、だったら試してみよう」
アジムの提案で、急遽、村の防衛設備の「侵入テスト」が行われることになった。名付けて、「泥棒ごっこ大会」である。
ルールは簡単だ。村の入り口から広場にある「新造船の設計図」を盗み出せれば侵入側の勝ち。鳴子を鳴らしたり、アジムたちに見つかったりすれば負けだ。
「よーし、俺とセラン兄ちゃんで、アジムさんの鼻をあかしてやるぜ!」
トマルが鼻を鳴らし、狩人のセランも不敵に笑う。対する守備側は、村の地理を知り尽くしたバルじい、小柄で目が良いヨルン、そして鳴子の「モニター役」としてリーネが配置された。アジムは審判兼、魔法の微調整役だ。
「作戦開始!」
アジムの合図とともに、トマルとセランが森の影に消えた。
守備側の陣地である広場では、リーネが地面に描いた魔法陣をじっと見つめていた。アジムの鉄線から伝わる微細な振動を、彼女が視覚化しているのだ。
「……右、西の空堀付近に振動あり。これは……かなり重いですね」
「トマルの奴だな。あいつ、足音がでかいんだ」
バルじいがクククと笑いながら、竹箒を杖代わりにして立ち上がる。
一方、西の空堀では、トマルが絶望的な声を上げていた。
「なんだよこれ! 登れないぞ!」
アジムが昨日掘った空堀は、単なる溝ではなかった。
底が鋭いV字になっており、しかもアジムが魔法で練り上げた「微細な砂鉄混じりの粘土」が塗布されている。
一度足を踏み入れると、踏ん張れば踏ん張るほど足が滑り、まるで氷の上にいるかのように元の場所へ戻されてしまうのだ。
「トマル、騒ぐな。鳴子が鳴るぞ」
セランがたしなめるが、時すでに遅し。
「チリン……」
かすかな、だが確実な鈴の音が広場に届いた。
「ヨルン、西の土塁だ! あそこならお前の背丈で影に隠れられる!」
「うん、分かった!」
ヨルンは猫のような身軽さで、土塁の隙間に滑り込んだ。そこはアジムがトラス構造で作った「透ける塀」の裏側だ。
「見つけた!」
ヨルンの声が響く。土塁を這い上がろうとしていたトマルの顔面に、ヨルンが「捕獲用」の濡れた雑巾をペタリと貼り付けた。
「うわあ! 冷てえ!」
「トマル、脱落。次はセランだ」
アジムが告げる。セランは流石に慎重だった。
彼は鳴子の糸が、わざと「歩きやすい場所」を避けて配置されていることを見抜いていた。
「あえて藪の中を行くか……」
セランが草を分け、音を立てずに進む。だが、そこにはリーネの仕掛けた罠があった。
「セランさん、そこは『風の通り道』です」
リーネが呟く。
セランが草を分けた瞬間、風の入り方が変わる。
それによって糸に吊るされた「ハサミガイの殻」がわずかに共鳴したのだ。
「カラン……」
乾いた音が、静かな村に響く。
「そこじゃな」
背後からバルじいの声がした。
振り返ったセランの鼻先に、バルじいの杖が突きつけられる。
「……降参だ。まさか、風の音まで味方につけているとはな」
セランは両手を挙げ、感心したようにため息をついた。
テストの結果、村の防衛網は完璧であることが証明された。
村人たちは、自分たちの安眠が守られること、そして何より魔獣に対してもこれほど強力な「壁」ができたことに、心底安心したようだった。
「これなら、夜も枕を高くして寝られるな!」
ヴィントがアジムの肩を叩く。
騒音の苦情を言いに来た時とは別人のような、晴れやかな笑顔だった。
宴のような賑わいが落ち着き、村が夜の静寂に包まれる頃。
アジムとリーネは、月明かりの下で新造船の前に立っていた。
「……美しいわ」
リーネが吐息を漏らす。
そこにあるのは、これまでの「鉄を張り合わせた不恰好な塊」ではない。
無数の三角形が規則正しく並び、月光を反射して銀色に輝く。
まるで「巨大な魚の骨」のようなフレーム。
その隙間には、ヴィントが丁寧に削り出した、潮風に強い堅木がはめ込まれている。
アジムが指先で船体に触れる。
「明日、これを海に出す。リーネ、君の計算が正しければ……この船は、魔獣の波を斬って進むはずだ」
「はい。ただ頑丈なだけじゃありません。このトラス構造は、波の衝撃を受け流し、分散させます。言わば、海と戦うのではなく、海と対話する船」
アジムは、自分の魔法が単なる「破壊」や「防御」のためだけではなく、何かを「創り出す」ためにあることを、この船を見て初めて実感していた。
「バルじい……」
背後に人の気配を感じ、アジムが振り返る。
そこには、いつになく真剣な表情をしたバルじいが立っていた。
「アジム。お前を拾った時、お前の手は死人のように冷たかった。だが今のその手は、村中の希望を形にする、魔法の手じゃな」
「……じいさん」
(やめてくれ、俺の黒歴史だ)
目覚めたら干物のような爺さんに抱かれてていたなど。
「明日は、わしも乗るぞ。この『透ける船』が、どんな景色を海に見せてくれるのか、この目で見届けてやりたい」
バルじいはそう言うと、満足そうに自分の小屋へと戻っていった。
アジムは再び、完成間近の船を見上げた。
トラス構造のフレームの隙間から、夜空の星が透けて見える。
それはまるで、これから向かう未知の海への門出を祝う、窓のようにも見えた。
夜風が吹き、村のあちこちで新しく調整された鳴子が、チリン、と一回だけ、優しく歌うように鳴った。




