第23話 ── 知恵の三角形と響く鈴音
今朝方、なにやら子供からの知らせを受けてバルじいと砂浜に出かけた。
さすがに砂浜にはシャコの魔獣がいるので、子供は親から怒られていた。
これが意外とうれしい知らせでもあった。
砂浜に打ち上げられていたのは、巨大な「ハサミガイ」の抜け殻だった。
大人の背丈ほどもあるその殻は、いくつもの節が複雑に噛み合い、内側は空洞になっている。
アジムはその前に屈み込み、節の継ぎ目をじっと見つめていた。
「アジム、こいつは使えるか?」
バルじいが、腰に手を当てて尋ねる。
「……ああ。すごいな、これは」
アジムが指先で殻の表面を弾くと、コン、と乾いた、しかし芯の通った音が響いた。
「殻の厚みは薄い。なのに、俺が全力で踏んでも壊れないはずだ」
「内側で細い骨組みが三角形に組み合わさっている……リーネが言っていたのと同じだ」
アジムの脳内で、これまでの試行錯誤が音を立てて繋がっていく。
これまでは「強く、頑丈に」と考え、鉄を太く、重くすることばかりを考えていた。
だが、この小さな貝(といっても人間サイズだが)は、最小限の素材で最大の強度を確保する「自然の魔法」を知っていたのだ。
「バルじい、これ、借りていくよ」
「おう、好きなだけ持っていけ。だが、あんまり根を詰めるなよ」
アジムはハサミガイの殻を軽々と担ぎ上げると、足早に作業場へと戻った。
作業場では、リーネがヴィントやセランたちと、村の防衛についての図面を広げていた。
「──ですから、村全体を壁で囲うのではなく、侵入経路を限定するんです」
リーネの声は、以前よりもずっと自信に満ちている。
村人たちも、彼女の「理論」が実際に役立つことを知り始めてから、熱心に耳を傾けるようになっていた。
「戻ったぞ」
アジムが巨大な殻をドスンと置くと、トマルが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「うわっ、でけえ! アジムさん、それで新しい盾でも作るのか?」
「いや、こいつは『先生』だ」
アジムはリーネに向かって頷いた。
「リーネ、お前の言っていた三角形……トラス構造だな。こいつの内側を見てくれ」
リーネが殻の内側を覗き込み、感嘆の声を漏らす。
「……素晴らしいわ。自然が作ったトラス構造……。これなら、船の自重を劇的に減らせます!」
「だろう? それと、これを使って村の『鳴子』も作り直したい」
会議は一気に活気づいた。
これまでの「防衛」といえば、夜通し松明を持って見張るという、体力的にも精神的にもきついものだった。
アジムはそこに、自分の魔法と村人の知恵を掛け合わせようとした。
「まず、村を囲む『空堀』を掘る。ヴィント、位置を指定してくれ」
「おうよ! 街道からの入り口と、西の森から続く獣道を断ち切るように掘ればいい。だがよ、あんな硬い地面を掘るにゃあ、村中の男を動員しても一ヶ月はかかるぞ?」
「俺の『芋虫』を使えば、少しは早くなるんじゃないか」
みんなを引きつれて村の外へと移動する。
アジムが地面に手を触れると、足元から一塊の芋虫が這い出してきた。
そのあとには凹んだ地面。しかも柔らかくなっていた。
「そうか、芋虫を出せばその分土が柔らかくなるのか」
ヴィントは感嘆し、周りにいるリーネたちも納得した。
土から取り出せる芋虫は少ないがそれでも土が柔らかくなれば、作業効率もだいぶ違う。
まだ村自体は小規模なので、アジムは500mほどその作業を繰り返すとあとは村の人たちに任せた。
取り出した芋虫たちは手ごろな太さの棒にして置いていった。
「……何度見ても、反則的だな」
ヴィントが呆れたように笑った。
そうして村人総出の作業は始まった。
皆で土を掘り返し「登りにくいV字の溝」を作っていく。
掘り返した土はそのまま内側に積み上げられ、約1か月後には立派な土塁となった。
「次は『鳴子』だ」
アジムはハサミガイの殻を細かく砕き、芋虫鉄で作った小さな鈴と組み合わせた。
それを細く、蜘蛛の糸のように引き伸ばした鉄線で繋ぎ、堀の外側に張り巡らせる。
「トマル、ちょっとそこを歩いてみてくれ」
「了解!」
トマルがわざと足を引きずって草むらに入った瞬間──。
カラララッ! カラリ!
村のあちこちに吊るされた「親鈴」が、澄んだ音を立てて鳴り響いた。
「おっ、すごい! どこで何かが動いたか、音の高さでわかるぞ!」
トマルがはしゃいで何度も糸を揺らす。
「これなら、寝ずの見張りも最小限で済むな。セラン、これなら罠への誘導も楽だろう?」 「ああ。音が鳴った場所へ向かえばいいだけだからな。……アジム、お前、本当に『海に拾われた』だけなのか? 軍隊の工兵だったんじゃないか?」
セランの冗談に、村人たちがドッと沸いた。
夕暮れ時、堀と土塁はまだだが、鳴子の設置を終えた一同は、一応の安堵を得た。
最後に村を守る「塀」の設計に移った。
「アジムさん、塀も鉄で作るんですか?」
ヨルンが少し不安そうに尋ねる。
「あんまりいかつい壁だと、村が牢屋みたいに見えちゃうよ」
「その通りだ」
アジムは図面に基づき、芋虫たちを動かした。
出来上がったのは、巨大な鉄の板ではない。
細い鉄の棒が、無数の三角形を形作りながら編み上げられた、まるでレース細工のような「透ける塀」だった。
「わあ……綺麗」
リーネが思わず吐息をつく。
トラス構造によって組み上げられたその塀は、向こう側の景色を遮らない。
それでいて、ヴィントが大きな斧を叩きつけても、カーンと小気味よい音を立てて弾き返すほどの強度を持っていた。
「これなら視界も通るし、威圧感もない。ヴィント、この隙間に木材をはめ込めば、冬の防風壁にもなるだろう?」
「へへっ、腕が鳴るぜ。アジム、お前の魔法は最高の下地だ。あとの仕上げは大工の仕事よ」
村人たちが口々に理想の「改造計画」を語り合う。
「ここに花を植えよう」
「ここは荷車が通りやすいように広げよう」
それは恐怖による防衛ではなく、自分たちの村をより良くしようという、希望に満ちた相談だった。
夜、作業場の灯りの中で、アジムとリーネは二人で新造船の最終図面に向き合っていた。
昼間、村の塀で作った「トラス構造」の確信が、二人の目を輝かせていた。
「リーネ。これならいける」
「はい。この骨組みなら、従来の三割の重さで、倍の衝撃に耐えられます。……アジムさん、私たちは新しい時代の船を作ろうとしているのかもしれません」
「……俺はただ、バルじいたちを安全に海へ出したいだけだ。だが、君の知恵がなければ、一生重い鉄の塊を作っていただろうな」
アジムの言葉に、リーネは少し照れくさそうに笑う。
それから真剣な顔で図面の一点を指差した。
「アジムさん、ここに芋虫の『関節』を持たせられませんか? 波の動きに合わせて、船体そのものがしなるように……」
「しなる船か。……面白い。やってみよう」
村は今、かつてないほど強固に、そして温かく守られていた。
アジムは、自分の指先から生まれる鉄の芋虫たちが、どこか誇らしげにうねっているのを感じながら、深夜まで魔法を練り続けた。
新造船「トラス・イモムシ号(仮)」の進水まで、あとわずか。
アジムの心には、初めてこの島に流れ着いた時のような不安ではなく、水平線の先を見てみたいという、かつて持っていたはずの「船乗り」の情熱が再燃していた。




