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第22話 ── 初めての商船と、村に流れ込む銀の音


朝の空気は、少し湿っていた。


アジムが外に出た瞬間、村の方からざわざわとした声が聞こえてきた。


「おい、沖に……船じゃ!」


「旗が見えん!どこの国じゃろか!」


村人たちが海岸に集まり、指をさして騒いでいる。


アジムも視線を向けた。


(……商船か?)


帆は破れ、船体には補修の跡が目立つ。

武装らしいものは見当たらず、船員たちの動きもどこか疲れている。


バルじいが目を細めた。


「……ヴィントラントの商船じゃな。 あいつら、こんな端まで来るんか」


アジムは一瞬だけ眉を動かした。


(ヴィントラント……)


自分の出身国の名を聞くのは、久しぶりだった。


船はゆっくりと近づき、やがて大声が響いた。


「頼む! 水と食料を分けてくれ! 金は払う!」


その一言で、村人たちの空気が一変した。


「き、金……?」


「ほんとに金で払うんか……?」


ざわつきは興奮に変わり、誰もが落ち着かない。


アジムは前に出た。


「話を聞こう」


船から降りてきた船員の一人が、アジムを見るなり目を丸くした。


「おっ、兄ちゃん。 その喋り方……ヴィントラントの人か?」


「……昔、少しな」


軽く流すと、船員は「ああ、やっぱりな」と笑った。


「帝国との戦争で航路がめちゃくちゃでよ。 こっちは商売にならんのよ。この辺りは安全って聞いたんだが……」


「安全……ではないな」


アジムが言うと、船員は肩をすくめた。


「だよな! 噛み跡のデカい板が流れてきたぞ。 あれ、なんなんだ?」


「……さあな」


アジムは曖昧に笑った。


そのときだった。


「アジム、村の人たちが困ってます」


リーネが駆け寄ってきた。

村人たちが「値段をどうするか」で完全にテンパっている。


「干物……いくらで売ればええんじゃ……?」


「金は……まあ、持っちょるには持っちょるが、 使うことなんて滅多にないけんのう…… 商売なんて、したことないわい」


「バルじい、どうするんじゃ……!」


バルじいは頭を抱えていた。


「アジム、わしら、どうしたらええ……?」


アジムは苦笑した。


「俺も商売は詳しくない」


すると、リーネが一歩前に出た。


「まずは、向こうに値段を提示してもらいましょう。 そのうえで、少し調整するのが一般的です」


村人たちが一斉にリーネを見る。


「リーネちゃん、詳しいんか……?」


「少しだけです。 干物は保存が利きますから、海沿いでは価値が高いですよ。 藁縄は船の補修に使われますし、薬草はもっと高値になります」


「ほ、ほう……!」


村人たちは目を丸くした。


船長がリーネを見る。


「お嬢さん、商売慣れしてるな。 どこの国の人だい?」


「ローザンヌ皇国です」


「おお……あの大国の! そりゃ詳しいわけだ!」


リーネは控えめに微笑んだ。


「お役に立てたなら良かったです」


交渉はリーネが中心となって進んだ。


「干物はこの値段で。 藁縄はこちら。 薬草は……そうですね、少し高めで」


船長は気持ちよく頷いた。


「いいね! 買わせてもらうよ!」


村人たちが歓声を上げる。


「売れた……!」


「うちの村の干物が……金になった……!」


「リーネちゃん、すごいのう!」


リーネは少し照れたように微笑んだ。


アジムはその様子を見て、静かに息をついた。


(……この村は、まだやれる)


船の修理も頼まれたが、アジムは能力を見せずに手伝った。


「アジム、おまえ……船のこと詳しいのう」


「昔、少しな」


それだけで済ませた。


やがて商船は去り、村には小さな革袋が残った。


バルじいが、恐る恐るそれを開く。


中には、銀貨が数枚。


光を受けて、鈍く、しかし確かに輝いていた。


「……重いのう」


バルじいはそう呟き、革袋を両手で持ち直した。

見た目以上に、ずしりと手にくる重さだった。


「石みたいじゃ……」

「いや……石より冷たい……」


村人の一人が、そっと指先で銀貨に触れ、すぐに手を引っ込めた。


「……これ、使うてええんか……?」

「盗品やないんよな……?」


誰も笑わない。

誰もすぐに喜べない。


銀貨は、祝福よりも先に、責任の重さを村にもたらしていた。


バルじいの声が、わずかに震えた。


「村が……売ったんじゃな。 初めて……初めて、外に売った……」


アジムは海を見ながら答えた。


「奪った金じゃない。 働いて、渡して、受け取った金だ」


その言葉に、村人たちはようやく息をついた。


リーネが静かに言う。


「……これで、港は“場所”になります。 通るだけじゃない。 人が、立ち止まる場所に」


アジムは小さく笑った。


「そうだな」


バルじいは革袋の口を結び、胸に抱いた。


「……大事に使わにゃならんのう。 これは……村の金じゃ」


海風が吹き、銀貨が革袋の中で、かすかに触れ合って音を立てた。


その音は小さかったが、

確かに――

この村が“外の世界”と繋がった証だった。


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