第2話 ── 村外れの洞窟と、驚きすぎる神様
朝の空気は、少し冷たかった。
アジムは藁の寝床から起き上がり、伸びをした。
全身の痛みはまだ残っているが、昨日よりはだいぶマシだ。
(……生きてるだけで十分か)
そう思いながら床に足をつけた瞬間、足裏に“むずっ”とした感覚が走った。
(……ん?)
ただの土の床だ。
踏み固められ、ところどころに藁が混じっている。
特に変わったところはない。
(気のせい……だよな)
アジムは軽く首を振り、外へ出た。
外では、すでに村人たちが動き始めていた。
薪を割る音。
子どもたちの笑い声。
遠くから聞こえる、海鳥の鳴き声。
(……のどかだな)
昨日見たときは“貧しい村”という印象が強かったが、朝の光の中では、どこか温かい雰囲気があった。
「おーい、アジム!」
バルじいが手を振ってきた。
「今日は村の連中に紹介するけん、ついて来い」
「はい」
アジムは返事をしながら、ふと地面に目を落とした。
(……やっぱり、なんかむずむずするんだよな)
土の上を歩くたびに、足裏に微妙な違和感が残る。
痛いわけでも、気持ち悪いわけでもない。
ただ──“気になる”。
(まあ、寝不足か)
自分にそう言い聞かせ、バルじいの後を追った。
村の中央にある広場は、地面が踏み固められ、真ん中に大きな石が置かれていた。
その石の側面に、何かの模様が彫られている。
六つの点。
それを線で結んだ、星のような形。
(……六芒星?)
アジムは思わず足を止めた。
(いや、違うか……似てるだけか? でも……どこかで見たような……)
記憶の奥を探るが、はっきりしない。
バルじいが気づいて言った。
「ああ、それか。昔の漁師が暇つぶしに彫ったんじゃよ。 魔除けとか言われちょるけど、誰も気にしとらん」
「暇つぶしでこんな模様彫るんですか……?」
「漁師は暇なときはほんに暇なんじゃ」
アジムは苦笑した。
(……まあ、ただの模様か)
そう思いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
広場にはすでに村人たちが集まっていた。
「この人が海から来たんだって?」
「死んでると思ったのに、生きてたんだー!」
「おじいちゃんが抱きついて温めてたよね!」
「おい、最後のは言わんでええ!」
バルじいが慌てて子どもを追い払う。
アジムは苦笑しながら頭を下げた。
「ご迷惑をおかけします。働けるようになれば、必ず……」
「働く前にまず治せ治せ。おまえさん、まだフラフラじゃろ」
「そうですよ。昨日なんて、歩いてる途中でふらっとしてましたし」
「いや、それは……」
(……土のむずむずのせいとは言えないな)
村人たちはアジムを警戒しているわけではなく、どちらかというと“珍しいものを見る目”だった。
(……この村、ほんとに平和だな)
アジムはふと気づいた。
(……なんで、そっち行こうとしてるんだ、俺)
村外れの丘。
草がまばらになり、風が冷たくなる方向。
理由は分からない。
ただ、気づけば足が向いていた。
「……散歩、散歩」
自分に言い聞かせながら、丘を越える。
そこにあったのは、岩肌に口を開けた小さな洞窟だった。
「……あったな」
なぜか、来る前から「ある」と思っていた気がする。
入口で立ち止まり、周囲を確認する。
誰もいない。
「……失礼します」
誰にともなくそう言って、洞窟へ入った。
中はひんやりしていた。
苔の匂い。
水滴の音。
薄暗い空気。
数歩進むと、奥に小さな祠が見えた。
「……祠、だよな」
一歩、近づいた瞬間。
足元の土が、ふっと淡く光った。
「……?」
地面に浮かび上がる、線と線の重なり。
円の中に交差する直線。
整った形。
その中心に、六芒星。
派手ではない。
眩しくもない。
ただ、そこにある。
「……太陽みたいだな」
なぜそう思ったのかは分からない。
ただ一瞬、記憶の端に何かが引っかかった気がした。
(……気のせいか)
その直後だった。
『ウヒャアアアアッ!?』
洞窟に、場違いな悲鳴が響いた。
「うわっ!?」
『な、な、な、何じゃこれは!? 待て待て待て、落ち着けワシ!』
祠の前の空気が、ばさりと揺れる。
『……印は、ただの印じゃ…… 土が勝手に描いただけじゃ……』
(神様なのにセルフ確認してる……)
だが、次の言葉が続かない。
『……おかしい……』
声が低くなる。
『……知らん……』
「知らない?」
『神であれば、分かるものじゃ…… 大地に触れるものの気配は……』
沈黙。
『……じゃが、これは違う』
声が、わずかに震える。
『重い…… 深い…… わしの知る、どの神とも違う……』
(……それ、俺に言われても)
『名も知らん。 理も分からん。 じゃが……』
一拍。
『神威じゃ。 確かに、神の重さじゃ』
アジムは黙って聞いていた。
意味は分からない。
だが、
「面倒なことになった」
という予感だけは、はっきりした。
洞窟を出ると、外の光が眩しかった。
「……散歩にしては、濃かったな」
村の方を見ると、バルじいの家の煙がのんびり上がっている。
「まあ……今考えても仕方ないか」
肩をすくめ、村へ戻った。
胸の奥で、小さな火が、静かに灯っていた。




