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第18話 ── 異国の秘書官


朝の海は、昨日よりも少しだけ穏やかに見えた。

だが、それは気のせいだとアジムは知っている。

波は相変わらず港の土台にぶつかり、船を揺らし続けていた。


「よし、今日から本格的にやるぞ!」


バルじいの声が響く。

村人たちが石を運び、ロープを張り、芋虫鉄を準備している。

昨日の混乱が嘘のように、港には活気が戻っていた。


アジムは海を見つめ、短く指示を出す。


「滝の横から海へ二十メートル。 芋虫鉄で線を引く。 その上に石を積む」


「任せろ!」


若者たちが声を上げる。

その勢いに、アジムは少しだけ胸が軽くなった。


(……まずは形にする。 それができれば、港は“内側”になる)


芋虫鉄を海に沈めると、生き物のようにゆっくりと海底へ伸びていく。

だが、波に揺られ、思った方向に進まない。


「おいアジム! こっちに曲がってきたぞ!」


「ロープを引け! ……そうだ、そのまま!」


ロープを引く村人、魔力で微調整するアジム、波に逆らう芋虫鉄。


海の中では、何も思い通りにならない。

それでも、少しずつ線が描かれていく。


バルじいが笑った。


「海の中じゃ、芋虫鉄も気まぐれじゃのう」


「……でも、これしかない」


アジムは息を整え、次の指示を出した。



村の家の一つで、リーネがゆっくりと目を開けた。


薄暗い天井。潮の匂い。布団の温もり。


「気がついたのね!」


看病していた村の女性が声を上げる。


リーネはぼんやりと周囲を見回し、かすれた声で言った。


「……ここ……どこ……?」


そこへアジムが入ってきた。


「オルガ村だ。 あなたは難破船から助けられた」


リーネはしばらく黙っていた。

何かを思い出そうとしているようだった。


そして、短く言った。


「……あらし……つよくて…… ふね……ゆれて…… きがついたら……ここ……」


アジムは頷いた。


「無理に思い出さなくていい。 今は休め」


リーネは目を閉じ、

小さく息を吐いた。



昼過ぎ。

アジムは難破船から回収した備品を整理していた。


濡れた帳簿。破れた船荷の札。

使えるかどうか分からない工具。


「……読めるところだけでも写しておくか」


そう呟いた時、背後から弱々しい声がした。


「……その……つけかた…… すぐ……ずれる……」


アジムは振り返った。


リーネが、壁に手をつきながら立っていた。


「大丈夫か? まだ寝ていた方が――」


「……かして……」


アジムは帳簿を渡した。


リーネは震える手でページをめくり、濡れた数字を見つめる。


「……これ……ちがう…… こう……かく……」


彼女は指で示しながら、

簡潔に、しかし迷いなく言った。


「……わたし……リーネ・ルーン。 “ルーン商会”……ひしょ…… しごと……ぜんぶ……してた……」


アジムは驚いた。


「商会の……秘書官?」


リーネは小さく頷く。


「……ちいさくない…… でも……おおきくもない…… わたし……かお……ひろい……

 しごと……しってる……」


アジムは思わず息を呑んだ。


(……この村に、こんな人材が来るなんて)


リーネは帳簿を閉じ、アジムを見上げた。


「……てつだう…… ここ……いきる……ため……」


アジムは静かに頷いた。


「助かる。 港ができれば、商会の知識は必ず役に立つ」


リーネは少しだけ微笑んだ。



夕方。

防波堤づくりは順調とは言えないが、確実に前へ進んでいた。


芋虫鉄の土台が海底に伸び、村人たちが石を積み始めている。


「アジム! こっちは終わったぞ!」


「よし、次は右だ!」


バルじいが笑う。


「港らしくなってきたのう」


アジムは汗を拭いながら海を見た。


(……この村は強くなる。 リーネの知恵も、きっと力になる)


波はまだ荒い。

だが、村人たちの動きは迷いがない。



日が沈みかけた頃、アジムはひとり海を眺めていた。


波は静かだが、その向こうには“外の世界”が広がっている。


リーネの言葉が胸に残る。


「……きがついたら……ここ……」


彼女は何も知らない。

嵐の中で何が起きたのか、仲間がどうなったのか。


だが、それでいい。今は生きている。

それだけで十分だ。


アジムは拳を握った。


(……港を作る。 ここから先は、もう逃げられない)


潮風が吹き抜け、海はゆっくりと揺れていた。



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