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第16話 ── 港が形を持つ日、新たな影


朝の海は、薄い金色の光をまとっていた。

滝の水煙が朝日を受けて虹を作り、そのすぐ横で、木材を組んだスロープが静かに濡れている。


アジムは港の入口に立ち、潮の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


(……一か月か)


あの戦いから、もう一か月が経った。

ソードザラシの咆哮が霧を震わせた日が、まるで遠い昔のように思える。


だが、港の光景は、その一か月がどれほど濃密だったかを雄弁に物語っていた。


滝から右へ三十メートルほどの位置にある崖のくぼみ。

そこを村人たちが削り、均し、幅三十メートル、奥行き三十メートルの平地を作り上げた。


その平地に、十隻の船が並んでいる。


船底が軋む音。

ワイヤーの擦れる音。

ドラグのカチカチという音。

滝の轟音。


それらが混ざり合い、港はまるで“生き物”のように呼吸していた。


「アジムー!」


階段を駆け下りてくる子どもの声がした。

オルガ村の子どもたちは、港ができてからというもの、毎朝ここへ遊びに来る。


「今日も船、いっぱいだよ!」


アジム

「そうだな。よくここまで増えたもんだ」


子ども

「アジムが作ったんでしょ?」


アジム

「……いや。作ったのは村のみんなだ」


子どもは首をかしげたが、すぐに笑って走り去った。


その背中を見送りながら、アジムは胸の奥に小さな痛みを覚えた。


(……俺は、何を作ったんだろうな)



■ 村の技術になったもの


「おーい! アジム!」


声のする方を見ると、漁師の男がワイヤーを肩に担いでいた。


「見てくれよ。 昨日、船を陸に上げたんだがな。 動滑車の組み方、もう俺らだけでできるようになったぞ」


アジム

「そうか。そりゃいい」


「ほら、見てろ」


男は若者たちに合図を送り、スロープの上に置かれた船にワイヤーを通し、ドラグを調整し始めた。


「そこ、もっと緩めろ! アジムが言ってただろ、力を逃がすんだ!」


「わかってるって! ほら、こうだろ!」


カチッ、カチッ、カチッ。


ドラグが鳴り、船がゆっくりと動き始める。


アジムはその光景を見つめながら、胸の奥に複雑な感情が湧くのを感じた。


(……俺が教えた技術が、 もう俺の手を離れていく)


誇らしい。

だが、少しだけ寂しい。


「アジム、これで合ってるか?」


若者が結び目を見せてくる。


アジム

「ああ。合ってる。 そのまま引け」


「よっしゃ!」


若者が笑い、仲間と作業を続ける。


アジムは手を出す必要がなかった。

いや、出す隙がなかった。


(……俺がいなくても、港は回る)


その事実が、胸の奥に静かに沈んでいく。



■ オルガ村という名前


「アジムさん!」


今度は年配の女が駆け寄ってきた。

手には木札を持っている。


「見てください。 村の名前、正式に決まりましたよ」


木札には、大きく「オルガ村」と刻まれていた。


アジム

「……いい名前だな」


「ええ。 芋虫鉄のおかげで生き延びた村ですからね。 “芋虫村”って呼ぶ子もいますけど…… まあ、それも愛称です」


アジム

「悪くない」


女は笑い、木札を掲げて港の入口に向かった。


(……オルガ村。 この港が、村の心臓になる)


アジムはそう思った。


■ ヨランの姿

港の奥で、片腕に包帯を巻いた男が網を干していた。


ヨランだ。


「ヨラン。無理するなよ」


ヨラン

「無理なんかしてねぇよ。 片腕でもできる仕事はある。それにあきらめてもいねぇ」


ヨランの目にはアジムへの気遣いだけではない。本気の目をしていた。


アジム

「……すまん」


ヨランは笑った。


「またそれか。 アジム、お前は謝りすぎだ」


アジム

「……俺は、あの時……」


ヨラン

「言うな。 あれは戦いだ。 俺は前に出たかった。 港が欲しかった。 それだけだ」


アジムは言葉を飲み込んだ。


ヨラン

「それに…… お前がいなきゃ、村は今頃どうなってた?」


アジム

「……」


ヨラン

「胸張れ。 お前は、村を救ったんだ」


アジムは視線を落とした。


(……俺は、救ったのか? それとも……壊したのか?)


胸の奥の痛みは、まだ消えなかった。



■ 港の課題


その時、港の奥で船が大きく揺れた。


「おい! 流されるぞ!」


滝の水流が強まり、港内の流れが乱れている。


アジム

「……やっぱり、ここは流れが強いな」


漁師

「そうなんだよ。 朝と夕方は特にひどい。 船がぶつかりそうになる」


アジム

「防波の仕組みが必要だな…… 岩を積むか…… 流れを逃がす溝を作るか……」


漁師

「アジム、頼む。 お前の知恵が必要だ」


アジムは頷いた。


(……まだ、やることはある)



■ 新たな影


夕暮れ。

アジムは港の端に立ち、沖合を見つめていた。


波は穏やかだ。

だが、その奥に──


黒い影があった。


ゆっくりと動き、すぐに消える。


アジム

「……また、来るのか?」


ソードザラシではない。

もっと小さい。

だが、確かに“何か”がいる。


アジム

「港ができたら…… 外の世界も動き出す」


風が吹き、滝の水煙が揺れた。


アジム

「……逃げない。 俺は、まだやれる」


港の灯りがともり、オルガ村の夜が始まった。


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