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第13話 ── 崖の音が呼ぶもの、備える者たち


霧が濃い朝だった。

海は見えない。

ただ、どこか遠くで波が砕ける音だけが、白い世界の底から響いてくる。


アジムは崖の上に立ち、昨日の“咆哮”を思い返していた。

あの低い、地鳴りのような声。

崖を削った瞬間、まるで応えるように返ってきた音。


――あれは、偶然じゃない。


背後から足音がした。

振り返ると、トマル、セラン、ヨルン、そしてバルじいが立っていた。

その後ろには、村の者たちが十数人。

若者だけではない。

中年の漁師、木工を生業にしていた者、畑仕事の者、皆が険しい顔で集まっていた。


バルじいが口を開く。


「……アジム。昨日の“音”のこと、もう一度聞かせてくれんか」


アジムは頷き、崖の縁に手を置いた。


「崖を削った瞬間、返ってきました。 低い……地響きのような咆哮です。 あれは、僕たちの音に反応している」


村人たちがざわつく。


「音に……?」


「じゃあ、作業したら来るってことか」


「逆に言えば、作業してりゃ“囮”になるってことじゃな」


セランの言葉に、アジムは頷いた。


「はい。 崖で作業すれば、あれは必ずここへ向かいます。 今まで通りの作業で、誘導できます」


ヨルンが腕を組む。


「問題は……来たときにどうするか、だな」


バルじいが深く息を吐いた。


「逃げる必要は、もうない。 村は丘の上に移した。 生活圏は安全じゃ。 問題は……港づくりの邪魔をされることよ」


アジムは静かに言った。


「……戦いましょう。 “倒す”んじゃなく、“追い払う”。 そのための仕掛けを作ります」


村人たちの視線が集まる。

恐怖ではなく、覚悟の色が混じっていた。


■ 作戦会議──「釣るように戦う」


アジムは地面に棒で線を引き、図を描き始めた。


「まず、あれは音に反応する捕食者です。 弱った獲物の音を探している。 だから、崖で作業すれば必ず来る」


トマルが頷く。


「囮音は……今まで通りでいいんだな」


「はい。 問題は、来たときにどう受け止めるかです」


アジムは図に丸と線を描く。


「“動滑車”を使います。 船で荷物を吊り上げるときに使われていたものです。 力を半分にできます」


村人たちが身を乗り出す。


「半分……?」


「複数使えば、1/4、1/8にもできます。 ただし、その分、引く距離は増えます」


ヨルンが苦笑した。


「力は軽くなるが、仕事は増えるってことか」


「はい。でも、村の力を合わせればできます」


アジムはさらに図を描く。


「魔獣を“釣る”ように戦います。 浮きをつけて、浮力で弱らせる。 動滑車で力を分散する。

 ワイヤーでつなぎ、ドラムで巻き取る」


トマルが目を丸くした。


「……釣り、か」


「はい。 釣りと同じです。 逃がさず、弱らせて、引き寄せる」


バルじいがゆっくり頷いた。


「……よし。 やるぞ。 アジム、お前の知恵に乗る」


村人たちの表情が変わった。

恐怖が、覚悟に変わる瞬間だった。


■ 鋼のワイヤーづくり──「糸を束ねる」


アジムは芋虫鉄を地面に並べた。

必要な量を揃え、深く息を吸う。


「……くっつけ」


芋虫鉄が、ぬるりと動き、互いに吸い寄せられるように集まる。


「細くなれ……」


アジムがイメージを強く描くと、

鉄は細い糸状に伸びていく。


一本の太さは0.5ミリほど。

しかし、完全に均一にはならない。

わずかな凹凸が残る。


アジムは額に汗を浮かべながら、

200メートルの糸を10本作った。


「……これを束ねてください。

 僕は、均一に伸ばすのが限界です」


村人たちが糸を受け取り、

慎重に束ね始める。


「細ぇな……」


「でも、強いぞこれ」


「編んだら、もっと強くなる」


アジムは息を整えながら、次の糸を作る。


(……これが一番、集中力を使う)


糸を均一に伸ばす作業は、

魔力ではなく“イメージの精度”がすべてだった。


■ 鎖づくり──「支点を守るために」

翌日、アジムは鎖の制作に取りかかった。


糸よりは太く、精密さもいらない。

しかし、量が多い。


「……輪になれ」


芋虫鉄が丸く曲がり、輪を作る。


「つながれ」


輪と輪が連結し、鎖になっていく。


トマルが鎖を持ち上げる。


「おお……重ぇ。 でも、これなら支点が壊れん」


アジムは息を吐いた。


「鎖は……糸より楽です。 でも、量が多いので……時間がかかります」


バルじいが指示を飛ばす。


「よし、鎖は崖の奥に巻きつける。 支点は絶対に壊すなよ!」


村人たちが動き出す。


■ 動滑車づくり──「船の知恵を再現する」


三日目。

アジムは滑車の制作に取りかかった。


「輪になれ……軸を作れ……」


芋虫鉄が形を作る。

しかし、滑らかさは魔法では出せない。


「研磨は……お願いします。

 砂で磨いてください」


村人たちが滑車を砂で磨き、軸を滑らかにしていく。


「これで……回るぞ」


「おお、軽い!」


アジムは複合滑車の構造を説明する。


「これを二つ使えば、力は1/4になります。 三つなら1/8です」


村人たちが感嘆の声を上げる。


「すげぇ……」


「こんなもん、どうやって思いつくんだ」


アジムは静かに言った。


「船で……見ていました。 荷物を吊り上げるときに使っていたんです」


バルじいが笑った。


「なるほどのう。 海の知恵が、ここで生きるか」


■ 浮きづくり──「木工の知恵」


村人たちは木材を持ち寄り、巨大なシモリ浮きを作り始めた。


「こんなでかい浮き、初めて作るわ」


「でも、これなら魔獣も沈まんじゃろ」


「浮力で弱らせるんじゃな」


アジムは頷いた。


「はい。 浮きが抵抗になって、魔獣の体力を削ります」


木工の経験がある村人たちが中心となり、丸太を削り、組み合わせ、巨大な浮きを作り上げていく。


■ 試運転──「村人の綱引き」


夕方。

ワイヤー、滑車、鎖、浮き、ドラム。

すべてが揃った。


バルじいが声を張り上げる。


「よし! 試すぞ! 全員、ワイヤーを持て!」


村人たちが一列に並び、ワイヤーを握る。


アジムがドラムのラチェットを確認し、滑車の支点を見回す。


「……いきます!」


アジムが合図を出すと、村人たちが一斉に引いた。


「せーのっ!」


ワイヤーが軋む。

滑車が回る。

ドラムが回転し、

ラチェットがカチカチと鳴る。


地面が震えるほどの力が伝わる。


「おおおおお……!」


「いけるぞ……!」


「これなら……!」


アジムは胸の奥が熱くなるのを感じた。


(……これなら、戦える)


■ 覚悟──「明日、迎え撃つ」


夜。

霧が濃く、海は見えない。


しかし、

その向こうから――


「……ォォォォ……」


低い咆哮が響いた。


村人たちが顔を上げる。


トマル

「……来るな」


セラン

「明日、必ず来る」


ヨルン

「逃げんぞ」


バルじい

「明日、あいつを“釣り上げる”ぞ」


アジムは静かに頷いた。


「はい。 準備は……整いました」


霧の向こうで、

海がわずかに盛り上がった気がした。


明日、戦いが始まる。


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