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第12話── 形になる前の形


朝の空気は、昨日よりもはっきりと冷えていた。

息を吐くと、白く曇る。


冬が近い。

考えるまでもなく、身体が先に理解してしまう。


それでも――村は動いていた。


「そっち、梁もう一本いるぞ!」

「釘ある! アジムのやつだ!」

「笑ってる場合じゃねぇぞ、手止めるな!」


怒鳴り声と笑い声が混ざり合い、奇妙な活気があった。


アジムは、少し離れた場所からそれを見ていた。


(……昨日より、確実に違う)


壊れた家はそのままだ。

船も網も戻っていない。

何一つ解決していない。


それでも、人の足取りは重くなかった。


理由は、ひとつしかない。


「やることが、決まった」


それだけで、人は前を向ける。



「港の話は、皆に伝えた」


バルじいはそれだけ言った。

長い説明はなかった。


「賛成も、不安もある。じゃが――止める者はおらん」


それで十分だった。


アジムは頷き、若者たちの待つ広場へ向かった。



崖の下。

昨日、岩を崩した場所。


腕の太いトマル。慎重なセラン。

不安を隠さないヨルン。


三人は、崖と海を交互に見ていた。


「……本当に、ここでやるんだな」

ヨルンの声は、まだ硬い。


「やるしかねぇだろ」

トマルが短く言う。


セランは地面を踏みしめた。

「沈まんのは、確かじゃ」


アジムは一歩前に出た。


「港は、まだ作りません」


三人が同時にこちらを見る。


「まず作るのは、“立てる場所”です」


アジムは、波の弱まったくぼみを指した。


「この三歩分。

 人が立って、作業できるだけの足場」


「……三歩?」

トマルが眉をひそめる。


「最初は、それでいいんです」


アジムの声は静かだった。


「完成形を作ろうとすると、崩れます。

 だから、形になる前の形を作る」


セランが、ふっと笑った。


「なるほどな。

 港じゃなくて、“始まり”か」



芋虫鉄を使い、岩を少しずつ削る。


削りすぎない。崩さない。

固い部分だけを残す。


地味な作業だった。


だが――


「……あれ?」


ヨルンが海を見た。


波が、妙に渦を巻いている。

昨日までとは、流れが違う。


「波が……集まってないか?」

セランが目を細める。


アジムの背中を、冷たいものが走った。


(……魔獣)


まだ姿は見えない。

だが、港づくりに反応している。


そのとき。


「ねぇ」


子どもの声がした。


振り返ると、仮住まいの影から、小さな子がこちらを見ていた。


「ここ、船が来るところ?」


アジムは、一瞬言葉に詰まった。


「……まだ、来ない」


正直に答えた。


子どもは少し考えてから、言った。


「でも、立てるんだよね。

 落ちないところ」


その一言が、胸に刺さった。


立てる場所。

落ちない場所。


(……それで、いいんだ)


アジムは、深く息を吸った。


「そうだ。ここは、落ちない」



その夜。


アジムは洞窟へ向かった。


祠の前に立つと、土地神の声が低く響く。


『……また、削ったな』


「はい。ほんの少しだけ」


『崩すのは簡単じゃ。

 形にするのは、骨が折れる』


「分かっています」


アジムは、迷いながらも言った。


「村を……移します。

 あなたも、一緒に来られませんか」


沈黙。


『……わしは土地に縛られとる』


やはり、と思った瞬間。


『じゃがな。

 “居場所”が形になれば、縁も動く』


「形……」


『三歩でも、よい。

 人が立つ場所は、神も立てる』


アジムは、拳を握った。


「……必ず、形にします」


『海の底が、ざわついとる』

『削るたび、呼ばれとるぞ』


警告だった。



村へ戻ると、灯りが増えていた。


鍬の音。木を削る音。笑い声。


まだ港はない。船も出ない。


だが――

沈まない三歩分の場所が、確かにそこにあった。


アジムは、荒れる海を見た。


(……次は、奪いに来る)


それでも、足場は残る。


形になる前の形が、

確かに、この村を支え始めていた。


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