少年は弟子になるのか、ならないのか?(1)
男はシアターと呼ばれる職業を生業としている。
シアターはもうすぐ生を終える人の元へ向かい、その人が選んだ相手に心から伝えたい一言を聞く。
依頼者がその一言を発するとき、思い浮かべた記憶や過去の映像を言葉と一緒に記録し、映像として残して相手に届けるのが仕事である。
AIなどにより技術革新が進んで実現できるようになった技術ではあるが
人の最期の一瞬に詰め込まれる情報を記録媒体上で処理するにはシアターの体にも大きな負担がある。
人が処理できる一般的な処理能力を超えているからである。
だからこそ、シアターは決められた試験やトレーニングに耐えた資格者でないと認められない。
そして、シアターの一生は短い。この物語は命を賭して駆け回る、そんな少し先にあるかもしれない未来かもしれない・・・
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「お世話になりまーす。教団から来ました、オルトといいます」
男は玄関前に立ち、インターフォンに話しかけていた。
すると、若い女性の声で
「はーい、お待ちしてました。玄関は開いていますのでおあがりください」と返事があった。
男は、女性の返答に合わせて玄関をまたぎ家の中に入っていった。
靴を脱いで、目の前に続く廊下をスタスタと歩いていく。
奥に向かうに連れて、生が薄れていく人間だけから伝わってくる匂いや空気が漏れ出ているように感じた。
廊下の途中で、先ほどの若い女性が現れた。二十代後半ほどの、疲れた表情を浮かべた女性だった。
「お疲れさまです。私、娘の美咲です。母がお世話になります」
美咲は深々と頭を下げた。オルトは軽く会釈を返し、彼女の後について奥の部屋へと向かった。
「母は昨日から意識が朦朧としていて...でも、あの人に伝えたいことがあるって、ずっと言っていたんです」
部屋のドアを開けると、薄暗い中にベッドが見えた。そこには七十代ほどの女性が横たわっている。顔色は青白く、呼吸は浅かった。しかし、その瞳にはまだ強い意志の光が宿っていた。
「お母さん、シアターの方が来てくださいました」
美咲の声に、老女は静かに首を動かした。
「あなたが...オルトさん?」
声は細く、かすれていたが、はっきりとした意思が込められていた。
「はい。私がオルトです。この度はご依頼いただき、ありがとうございます。」
オルトは優しく微笑みかけた。この瞬間が、彼にとって最も神聖な時間だった。人生の最後に託される想いを受け取る、その重責を改めて感じる。
「伝えたい相手は、どちらの方でしょうか」
「息子の...翔太です。もう二十年も会っていません」
老女の目に涙が浮かんだ。美咲も辛そうに顔を歪めた。
「お兄ちゃんとは...喧嘩別れしたままで」
オルトは静かに頷いた。家族の確執。それは彼が扱う案件の中でも特に多いものだった。死を前にして、人は必ず愛する人への想いを抱く。しかし、その相手との間に深い溝がある場合、その想いは複雑で痛みを伴うものになる。
「どのような言葉を伝えたいですか?ゆっくりでかまいません」
老女は目を閉じ、深く息を吸った。オルトは彼女の額に手を置き、記録装置を起動した。
微細な電気信号が彼の神経系を通り、脳内の特殊な領域が活性化していく。
「翔太...お母さんは...」
その瞬間、オルトの意識に鮮明な映像が流れ込んできた。まだ幼い少年が母親の手を握りながら歩いている光景、一緒に作った手作りの弁当、夜遅くまで勉強を見てあげる母親の姿。温かい記憶の断片が次々と押し寄せてくる。
しかし同時に、激しい痛みがオルトの脳を駆け抜けた。これほど深い愛情と後悔が混在した感情を処理するのは、彼の身体にも相当な負荷をかける。額に汗が浮かび、呼吸が荒くなってきた。
それでも、オルトは使命を果たさなければならない。この女性の最後の想いを、確実に息子に届けるために。